不和
「え、そうなのか?他の者たちと比べて友好的に見えたが……」
神妙な顔でリンデは伝えるがカーチェはいまいちピンとこなかった。
「友好的……物は言いようだな。不穏な気配……それは俺も感じた。友好的というよりあれは……」
「美味しそうな食事を前にした子供ですか?」
リンデの言葉に宗十郎はピンと来た。確かにそのとおりだと。
「フェアリーは人を喰らうのか……?」
「いいえ、問題は彼らの生殖方法なのです。彼らはですね、他の動物に卵を植え付けるんです。そしてその相手に好んで人間を選ぶんですよ」
空気が凍る。流石に想定外の話だったのか、沈黙。咄嗟に言葉が出なかった。
「……人というより虫だなそれは……」
ようやく振り絞るように出た感想。それは辛辣な一言であった。しかしあながち間違ってはいない。フェアリーはいつのまにかそこにいたというのだ。突如湧いてきた存在。人型の生き物と定義づけていることから亜人の仲間入りを果たしたに過ぎない。
「し、しかしそれはお前たちゴブリンも同じではないか!何の違いがある!」
「ゴブリンにはちゃんと社会があり、しきたりがあります。私が代表である限りは盟約は守るつもりです。ですがフェアリーには社会構造がありません。遊びの延長。今日来たルルさんも代表ごっこのつもりでしょう。それに先程の会議でのルルさんの視線、宗十郎で確信に至りました。あれは獲物を狙う目です」
カーチェは頭を悩ませる。折角連合軍が結成したというのに、そんな火種があるなど思いもよらなかった。
「何を悩む必要があるカーチェ。このようなもの答えは一つだ。もとより肚に一物抱えるものなどいて当然。将の器とは、そのような一癖二癖ある者たちをいかに使うかだ。聞けばフェアリーとやらは人間に対してのみ執心の模様。ならば扱いはこの上なく簡単である」
連合軍とはつまるところそういうもの。一致団結などは理想である。大事なのは敵を倒すことに限るのだ。
「この程度で怯んでいては、あの五代表と渡り合うなど夢物語ということか……」
宗十郎の言葉にカーチェは決意する。文化の違いというのは仕方のないもの。連合とはその違いをどれだけ受け入れるかにある。むしろフェアリーの目的がはっきりした分、御しやすいとも捉えられる。
他の亜人たちにも思惑がある。フェアリーと違い隠しているだけで。
故に、こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ───。
オルヴェリン近郊の集落へはエルフの手引きもありスムーズにことが進んだ。亜人たちは資材を運び、簡易な壕と壁を作りはじめた。またドワーフとエルフは何かを相談しながら集落の中央で工事を始めている。
「おー見つけた見つけた、人間!ちょっと来い!」
兵の状態を確認しているところに声をかけられる。特徴的な犬の顔。忘れるはずもない。
「お主は確か……コボルトのフェンか……どうかしたのか」
「どうしたもあるかよ!先陣を切るとか言ってたのに全然じゃねぇか!」
「まずは拠点作りが大事だからな、オルヴェリンは十中八九、俺たちの動きに気づいている。故に今は使える人材を投入し、拠点を作る。案ずるな。いずれ嫌でも初陣が来る」
まずオルヴェリン攻略に必要不可欠なのは城壁の破壊である。周囲を城壁で囲われており侵入を拒むその要塞に風穴を開けるのは並大抵のことではない。大砲の類などはとうに試したことがあるらしいが、結局無駄に終わったという。
城壁は極めて堅固というのもあるが、強力な魔法陣も展開されていた。破壊するのにエルフたちが集団で唱える大魔法も考えられたが、一撃で多くのオルヴェリンの人々を殺してしまう可能性が高い。
カーチェが望むのは解放であり虐殺ではない。ただの市民に被害が出るのは望ましくない。
故にいかにしてあの城壁を攻略するか、知恵を捻っているのだ。
「しかしフェンよ、カーチェが言っていたのだが人語を介する亜人は珍しいと聞く。何故そうも達者なのだ」
率直な疑問だった。宗十郎の疑問にフェンは鼻をヒクつかせ答える。
「エルフとドワーフはなんだかんだで人間と交流してンだよ。フェアリーは……説明いるか?んで俺たちだが、ぶっちゃけ人語は話せんのは俺だけだね」
「それは部族の代表としての教養……というやつか」
「プハッ!なわけねーじゃん。俺たちの代表決めはシンプル。一番つえーヤツよ。俺が話せるのは何だかんだで人間を尊敬はしているからだ。奴らの戦いに対する情熱はすげぇよ。嫌いだけど、そこはマジ尊敬。だから人語を覚えてより理解しようとしてるってことよ」
コボルトの価値観はシンプル。弱肉強食。故に人間の、飽くことなき探究心。戦いの歴史は彼らにとって敬意の対象でもあるのだ。
宗十郎は感嘆とした。ブシドーである我々と思いもよらぬ共通点。敵にも敬意を払い学びとする。それはブシドーの本懐。
外見は毛むくじゃらだと言うのに、その本質は理知的で、冷静であった。
「拙者はお主を誤解していたようだ。しかし、ならばなおのこと無謀にも突撃を提案したのか解せぬ」
フェンがただの単細胞でないことが分かった今、なおさら会議での思慮の欠けた発言が宗十郎には疑問だった。とても理知的な者の発言ではなかったからだ。
「連合軍を考えてたのはお前たちだけじゃねーってことだよ。安心しな人間?向こうは了承済みだ。ビビるぜ?んで俺様に感謝するぜ!仲間に引き入れて正解だったとな……!」
それはまだ見ぬ味方がいるということ。フェンの言葉に宗十郎は「ほう」と思わず答える。
「同盟軍がいると?面白い。話から察するにオルヴェリンの兵力を理解した上で、それをひっくり返すほどの強力な味方ということか」
得意げにフェンは胸を張る。
ならばこれ以上は言うことはない。宗十郎はフェンの秘策にこれ以上は追求せず、彼らとの世間話に興じることとした。
集落の前線基地化は夜通し行われた。カンカンという音がやむことはない。この時、人間と亜人たちは間違いなく心を一つに歩んでいた。
───そして朝。
すっかり様変わりした集落。簡易ではあるが城壁も築き上げられ、簡単には攻められないだろう。
更にエルフとドワーフが中央に設置していたもの。井戸であった。水が湧き出ている。わずか一日で彼らは作り上げたのだ。水源のなかったこの街で。
勿論、井戸水を飲用水として使うのも重要であるがエルフやドワーフにとってはそれ以上の意味があった。
まずエルフであるが、井戸水を宙に浮かばせている。井戸水とは地下水脈から汲み上げたもの。古代の水である。故に……水魔法の媒体としてこの上なく優秀なのだ。
そしてドワーフは汲み上げた水を早速、自分たちの工房に持っていっている。金属加工に水は大量に必要とされる。それもただの水ではない、清潔な水でなければ良い鉄はつくれないのだ。普段はいがみ合っていたが、お互い欲するもののために、協力しあったということだ。
「なんだ奴ら、仲良いではないか。お互いがお互い不足点を補い合う良き相棒になれるぞあれは、なぜ仲が悪いのだ?」
そんな様子を宗十郎が眺めているとリンデは答える。
「お互いがお互いを補い合いすぎるからです。要するに自分が持っていないものを何もかもできるから妬ましいのですよ」
妬み。それは宗十郎の世界でもよくあったことである。人を狂わせる感情の一つ。人間らしさとも言えるが決して良い結果にはならない。
宗十郎は敢えて口には出さなかった。『ならばオルヴェリンの人たちと亜人たちとの間の確執に妬みはないのか』と。
リンデはゴブリンである。その生態は他種族を襲い生殖、繁栄するもの。聞けば野蛮に聞こえるが逆の見方もできる。それはいかなる種族とも愛し合うことが可能であるということだ。
愛に満ちた種族。だというのに、何故襲うという手段がまるで、当然のことのように蔓延しているのか。疑念であった。カーチェはオルヴェリンの人々は為政者の良いように差別、搾取されていると主張している。
だがゴブリンの例一つとっても、何かこの世界にいる亜人含む人々の生態はおかしいのだ。矛盾、不合理性に満ちている。つまるところ……。
───この不可思議な社会構造は意図的に何者かが仕組んでいるのではないか?
そんな考えが、よぎった。
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