プロローグ

 オルヴェリンと亜人連合軍の戦いからしばらくが経った。今、テープカットが行われ拍手が巻き起こる。永久発電装置の竣工式であった。街に突如出現した謎の塔。ノイマンはそれを軌道エレベータと呼んだ。

 最上部は崩れたが、その塔は健在。ノイマン曰く理論上あり得ない奇跡の上で成り立っていると興奮気味に語っていた。更に彼が興奮するもう一つの理由が、そんな大規模建造物ならば、オルヴェリンの人々を養ってなをもあり余るエネルギーを獲得できる装置が作れるというのだ。そして今、それが完成したというわけだ。


 「久々の大仕事であったが……いやいや素晴らしい仕事だった!人類の夢!無限のエネルギー!五代表どの。貴方の残した遺産はこれから多くの人々を助けますぞ」


 式の参加者に対して如何に素晴らしい発明か意気揚々とノイマンは語る。

 変わった日常といえばその多くの人々には亜人たちも含まれること。式には亜人たちも混ざって拍手をし、発電装置を興味深そうに見ている。

 カーチェは今もギルドで依頼を受けて人々の為に働いている。そこには人と亜人の差もなかった。それは騎士としてではなく、フリーの冒険者として。彼女は此度の戦争の代表者。騎士のままではいられないと自ら辞任したのだ。式には亜人の代表であるリンデも参加していた。式が終わり、カーチェとリンデの二人は約束の場所に向かう。


 「しかしジークフリートさんは引き留めなくて良かったんですか?」


 平和になったオルヴェリンの街を歩きながらリンデはそう尋ねた。


 「彼が入れば確かに市民の悩みをよりよく聞けるとは思うが、異郷者だからな……無理に引き留められないし、この世界のことはなるべくこの世界の人たちが解決するべきだ」


 そんな話をしながら、辿り着いた場所は宗十郎の家。厳密には与えられた家。鍵を使い中に入る。室内は静かで誰もいない。


 「そんなに時間が経ってないのに……何というか凄く懐かしい気がしますね」

 「……そうだな。思えば宗十郎と出会ってから波乱の毎日だった。だからだろう、一日一日が新鮮で……決して忘れない、忘れるはずがない大切な思い出だ」


 あの村で、ゴブリンに襲われた村で突如遭遇した異郷者。それから流れるようにこの家を与えられて……それから色々なことがあった。

 ゴソゴソと室内を漁る。探しものは……見つかった。

 長蛇の列であった。たくさんの人々が並んでいる。その先に見えるのは劇場。オルヴェリンが運営する劇場である。

 カーチェらは、そんな大勢の人々に面食らいながらも、関係者専用入り口から劇場の中へと向かう。入り口では入念なボディチェックを受けた。何でもここ最近は過激なファンも増えてきたので念のためだという。

 ……仮に"彼女"を襲っても返り討ちにあうだけではないかと思いながら。そう此度の演目はアイドルである幽斎のコンサートである。事態が落ち着き、また彼女はアイドル活動を再開したのだ。

 楽屋の扉を開ける。彼女らは頼まれた忘れ物を届けにきたのだ。


 「あ、おつ~。ごめんね下働きみたいなことさせちゃって。皆、忙しくて信頼できる人があなた達くらいしかいないから……」


 幽斎はメイクを受けながら申し訳無さそうに答える。


 「気にしないでくれユウさん。今でこそ立場がまるで違うが、かつてはともに旅をして、戦った仲。今も思い出すよ、短かったが何よりも濃密な、何ものにもかえられない、かけがえのない日々」

 「あれから随分と時間が経ったもんね……」


 三人は物思いにふける。少しの間の沈黙。気まずい空気が流れた。

 コンコンとノック音がした。カーチェは返事をして扉を開ける。


 「かたじけない、両手が塞がっている故……師匠、贈呈品はここに置いて置きます」

 「ぷっ……す、すまない宗十郎、しかしなんだその格好は」


 両手にたくさんのプレゼント。幽斎に送られたものだった。それを宗十郎は代わりに受け取り持ってきたのだ。その格好はスーツ姿。昔の姿からはまるで想像できない。


 「む、に、似合わぬか?仕方ないであろう。まねぇじゃあというのをするには、どうもこの世界での仕事着でなくてはならないと聞いている。流石にブシドー装束では場違いというもの。郷に入れば郷に従うというやつだ」


 照れくさそうに、宗十郎は自分の衣装がおかしくないか見回す。なぜ彼がこのようなことをすることになったのか、それを説明するために時間は少し遡る───。



 オルヴェリンと亜人連合軍の戦いのあと、宗十郎は一躍有名人となっていた。神経はズタズタになり病院に入院している間も、新しいオルヴェリンの中心にすえるべきだという声もあった。だがその名声を全て断った。此度の出来事は一人で成し遂げたものではない。故に祭り上げるようなことはやめてほしいということだった。

 それでも彼を慕う声はあったが、それも一時のこと。時間が経つにつれ、宗十郎の名前は人々から忘れ去られていった。そして退院が近づいた日。カーチェや亜人連合軍に関わったものたち、ノイマン、多くの人が見舞いに来て、彼を勧誘する。


 「何をやるのか決まらぬのか?」


 病院の屋上で宗十郎は師匠に相談をしていた。多くの人々に声をかけられているが、どれも今ひとつ乗り気ではない。というのも一つの大きな目標を成し遂げたが故に、次の目標を見失ってしまっているのだ。


 「どれも魅力的だとは思います。ですが……どうもピンとこなくて」

 「は?リンデと婚姻を結び家庭を作ることがみ、魅力的だというのか!?」


 幽斎の口調が変わる。失言だった。

 そういえばリンデからはそんな話であった。他にも竜族の巣に来いだの、オルヴェリンのフリーギルドに所属して欲しいだの、改めて騎士としてきて欲しいだの……。様々だ。


 「い、いや流石にリンデの話は……。ともかく皆、いい人ばかりで」

 「ふむ……簡単なことだシュウ。お前は多くの人々を、虐げられている人々を救いたいのだろう。よく見るのだ、この街を」


 街は今も復興が続いている。その中にはヤグドールの後遺症に苦しむ人も大勢いた。


 「我々には我々にしか出来ぬことをするのだ。今、彼らに必要なのは心の救済。そしてヤグドールとかいう奇天烈な存在からの解放だ」

 「なるほど……。しかしヤグドールから受けた傷は深くそして広いです。拙者ら二人ではとてもとても……一体どれだけの時間がかかることか」

 「案ずるな。多くの人々を同時に、心もヤグドールから受けた傷も癒やす術はある」

 「!……さすが師匠です。してそれは一体……?」


 宗十郎の問いかけに幽斎は得意げな表情を浮かべ答えた。


 「アイドル活動を再開するのだ」


 こうして幽斎はアイドル活動を再開し、宗十郎はマネージャーとしてつくこととなった。


 「いや、しかし意味がわからないな。何度聞いても。ユウさんに騙されているんじゃないか?大方、宗十郎を手元に置いておきたいとか……」

 「愚弄するか、カーチェ!師匠がそのような浅はかな考えなわけなかろう。そもそも師匠が他者を出し抜いてまで俺を必要とするなど自惚れも良いところ!そうですよね師匠!」


 宗十郎のその言葉に一瞬の沈黙。半分図星であった!それ故に笑顔でごまかしているが冷や汗を幽斎は垂らす!愛弟子の怪訝な表情が心を傷ませる。


 「ふ、ふっ……バカを言うな。カーチェも見たであろうブシドーにより、人々の心蝕む病魔が浄化されたのを。儂はこうして大勢の人々が集まる場所を敢えて作ることにより、より多くの人々を救うという効率的な手段をとったにすぎん」

 「なるほど流石師匠!よもやこのことを見通して最初からアイドル活動を……?」

 「!……そうそうそれそれ!分かってるじゃん!!」


 実際のところ幽斎がアイドル活動を再開してから街での犯罪や不満は減ってきている。言い訳のような振る舞いだが事実として効果が出ているので何とも言えないのだ。


 「まぁ……わかったよ。しかし宗十郎、依頼もたまっている。未だにオルヴェリンへの脅威は残っている。お前と私でなくては出来ないような難しい仕事もな」


 ビラ紙を渡される。そこにはハーピィのような魔獣討伐や、連続怪奇事件の解決……どれも並大抵のことではなさそうだ。


 「む……確かに今の仕事は別に俺でなくとも間に合うのが多い。ふむ……予定を見ても今日のコンサートが終われば余裕はあるし……師匠?」


 気がつくと幽斎がアイドル衣装からいつもの服に着替えていた。早着替えである!


 「シュウよ、修行はまだ終わりではない。そんなことをしている余裕はない。今すぐ二人で山籠りを……」

 「し、師匠!?アイドル活動で人々を救うという大義はどうしたのですか!!?」

 「うぐっ!ぐぅぅぅ……!」


 苦虫を噛みしめるかのように苦悶の表情を浮かべる。そこにタイミングの悪いことにスタッフがやってきた!そろそろ本番が始まるというのだ!


 「師匠、冗談はともかくとして今は師匠を待っているものがたくさん待っています。拙者、ここで応援しています故!」

 「わかった……わかったよ!だがシュウ!いいやカーチェ!お前たち絶対にここから立ち去るなよ!その依頼とやら!儂も参加する、嫌とは言わせぬぞ!」


 指を差しながらそう宣言する幽斎。リンデはムッとしているが、カーチェからすると願ってもいない提案だった。しかし彼女の多忙さは知っている。


 「しかしユウさん、アイドル活動があるのでは……」

 「四六時中するわけでもない!アイドル片手間にクエスト消化!絶対に引かんぞ!」


 そして仕切りの奥に向かい数秒でアイドル衣装に着替え直す。とてつもなく早着替えだ!


 「シュウ、そのモニターで儂の勇姿を見ておくこと!くれぐれも余所見をするなよ?」

 「勿論ですとも!ご武運を祈っています師匠!!」


 コンサートが始まった。先程とはまた人が変わったかのようにかわいらしい声と仕草で観客を沸かせている。


 「やはり師匠は凄い、このような過酷な労働を自ら課すとは。ブシドーの鏡。ストイック精神であるな」

 「いやまぁ確かにストイックなのは認めますけどねぇ……」


 モニターをじっと見つめる宗十郎に愚痴るようにリンデは呟いた。

 劇場の賑わいは外まで響き渡る。その様子を遠くで眺めている者たちがいた。


 「大したものだ、ブシドーというのは。結局俺の出番など必要なかった。この街はもう大丈夫だろう。少なくとも彼らがいる限り」


 ジークフリートは呟く。元の世界で英雄……勇者として呼ばれ、生き続けてきた彼は、この世界でもまた人の助けになろうと思っていたが、その必要はもうなかった。

 ここからの物語は英雄が関わるものではない。オルヴェリンの人たちはきっと、これから強く生きて行くだろう。この熾烈極まりない戦いの果てに、多くの人々が傷ついたが、それもきっと長い歴史の中での一時の出来事。

 ジークフリートは荷物を持ち、オルヴェリンに背を向け歩き出す。さらばだオルヴェリン。お前たちの物語を、俺はいつまでも忘れない───。

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関ヶ原の残影、死してなお異世界を翔ける ―誓いの刃胸に秘め武士道貫く異界譚― @WhiteMoca222

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