武士道

 ───エムナドールは困惑していた。モニターの先の市民たちの態度に。あれだけの恐怖を与えたというのに、決して折れることはなく、それどころか目の前の男を応援している。

 それだけではない。精神論ではない。確かに宗十郎に力が宿り始めている。それはブシドーとはまったく別の力。そして逆に、自分の力が失ってきていることに。


 『それが俺の本質だからだ。俺の理は不滅。人々が救いを求める限り、たとえ肉体が消滅しようとも、何度でも現れ導き続ける。』


 エムナの言葉を思い出した。奴の力の源泉は人の願いそのもの。人の願いを実現するための存在。エムナの力を得たからこそ分かる。僅かだが、しかし確実に!宗十郎の肉体のエムナの力の断片が宿っていることに!

 自分の力が失われているのは、他でもない。人類が自分を必要とせず、そして宗十郎に願いを託しているからだ!


 「莫迦な!莫迦な莫迦な!わからないのか!?一時の感情で全てを決めるな!我は約束するのだ永遠の安寧を!安らぎを!」

 「違う!お主の与えるのは安寧などでは決してない!誰かに強制される安寧など……誰も求めていないのだ!!」


 ───懐かしい痛みだった。神経を焼き切るような痛み。師匠が言っていたのはこのことだったのか。千刃のブシドーは自分の身体を傷つける猛毒だと知らなかった。

 ずっと隠していたのだろう。分かる。千刃の血筋であるというのに千刃のブシドーを身体が受け付けない。だが同時に千刃の血筋だからこそ千刃のブシドーが最も適している。矛盾した体質。

 いいや、つまるところブシドーとしての才能がないということ。それを知ってしまうと、絶望してしまうが故に……師匠は嘘をつき続けていたのだ。

 得意でもない、誰よりも師匠自身が嫌う嘘を自分のために。力は満ち溢れているが、これではまるで足りない。あの怪物に届かせるには、やはりブシドーが必要。それも出し惜しみなし。自分のできる最高のブシドーを……!


 視界にヒビが入る。頬に温かいものが伝う。涙ではない。血涙だ。眼球の毛細血管が次々と千切れ出血してきているのだ。心臓はありえないくらいに高鳴り、脳は脈動する。身体全てが悲鳴をあげ、これ以上は駄目だとブレーキをかける。


 「その身体……貴様既に死に体ではないか!なぜそこまでする!今ならば間に合う!お前にはないのか!守りたいもの、失いたくないもの……。私はその全てを……!」

 「与えられるものではない!安寧とは、安らぎとは自らの手で掴み取るものだ!その過程で多くの人々に支えられ助けられ……そしてまた誰かを助け、そうして人は繋がり続けるものだ!一方的にただ与えられるだけの人生など……虚無でしかないッ!!」


 サムライブレードにブシドーが注入される。ブシドーに混じり人々の思いが乗せられたそれはブシドーとは異なる挙動。サムライブレードの周囲に黒き紫電が纏われる。

 まるで導かれるがままに宗十郎は構える。自然体であった。


 「違う……違う違う違う!私がやってきたことは間違いではない!このために、このために悪魔にも魂を売ったというのにこんなの……!」


 それは無名の太刀。今この場限りの技。人々の想いを受け止めて、宗十郎はその想いを力と変えてサムライブレードに全身全霊を集中!

 想いは力、エネルギー体となりて、光の渦がエムナドールを襲う。

 それは、エムナドールが見たどの力よりも強い力だった。エムナのような荒々しさではない。力強いが、同時に慈悲深く……。ただ純粋な人々の願いが詰まっていた。


 「やめろ、やめろやめろ宗十郎ぉぉぉぉぉぉォォオッッ!!」


 獣の咆哮。幾千、幾万、悠久の時を込めた怨嗟、憎悪の叫び。断末魔であった。

 気がつくと目の前には、サムライブレードを振り下ろした宗十郎がいた。動きがまるで捉えられなかった。瞬間移動に等しい凄まじき一刀両断である。肩から腰にかけての一文字。切り傷がブシドーが発光している。それはただの斬撃に非ず。因果を断つ、魔を祓う剣であった。


 「さらばエムナドール。お主の願いは正しきものかもしれぬ。ただ……その手段は間違っていた」


 納刀。そして残心。少し遅れて、光はエムナドールを包み込み爆発四散した。


 ───空に浮かぶ神殿は崩れ始める。既に満身創痍。身体中が悲鳴をあげ、視界は狂っている。意識を保つのがやっとで膝をつく。


 「ここまで……か。父上、殿……拙者はブシドーとして立派に戦えたでしょうか」


 武士道と云うは死ぬことと見つけたり。

 それは決して死を肯定する言葉ではない。何がために生き、何がために貫き、そして己が信念をただ精一杯、死にものぐるいに貫き通すこと。誉れある生き方としての結果としての死。いずれ訪れるであろう死に至るまでの道。それこそが武士道なのだ。

 今、宗十郎は確かに、自分の信念に従い、そして誉れある戦いの末に果てようとしていた。空を仰ぐ。昏き天蓋。星が散らばる。


 「そして師匠……申し訳ありませぬ。拙者は……拙者はここで……」


 地面に倒れる。地面が冷たく気持ちよかった。この感覚は知っている。全てが楽になっていく。自分が死んでいく、少しずつ感覚が失っていく。


 「大したものだ。ブシドーの輝き、その力。なるほど、そんな世界だからこそ、俺のいない世界だったのだな」


 声がした。知っている声だった。


 「エム……ナ……!」

 「動くな。無理をすると死ぬぞ。貴様のおかげだ宗十郎。エムナドールを完全に殺したおかげで、一時的ではあるが俺は今、僅かに力が戻っている。だが、それだけだ」


 身体の痛みが消えていく。治療してくれているのだ。エムナの力によって。


 「俺の理は不滅。人々が願い求める限り、それに応え続ける。だが今の俺に力はほとんどない。人は……俺を不要とし始めたのだ」

 「エムナ……!?貴様、身体が!!」


 立ち上がりエムナの姿を見た宗十郎は驚愕した。かつての神々しさすら感じさせる天性の肉体は最早、面影がない。枯れ木のような肌、そして少しずつ欠けていく肉体。


 「そんな顔をするな。これは望ましいことなのだ。誰かに願い求めるのではなく、自らの手で切り拓く。それこそが人の美しさ。本質。誰のものでもない、己の人生を己で見つけること。この世界の人々はそれを見つけたのだ。ならば、これほど喜ばしいことはない」


 僅かに残ったエムナの力を使い、宗十郎に防護魔法を展開する。全力とは程遠い華奢なものだが、この高さからの落下には十分耐えられるはずだ。


 「宗十郎……皆を、この世界の人々を頼んだぞ」


 それは、エムナが見せた今までの態度からは想像できない満面の笑みだった。恐ろしい異郷者の姿はそこにはない。ただ、全ての人類を最後まで愛し続けた一人の男だった。同時に大きな衝撃。空中の神殿に大きな亀裂が走り、足元は崩れ去った。宗十郎は叫ぶ。エムナに対して手を伸ばす。だが届かず。完全に力を失ったエムナの肉体は、過酷な環境変化に耐えきれず、少しずつ塵へと散っていく。

 人々は見上げる。突如出現した巨大な塔と、その最上部に位置する神殿。それが大きく崩れていく様子を。瓦礫はまるで流れ星のように大地に降り注ぐ。そのほとんどが降り注ぐ途中に燃え尽きていった。そんな中、一つの小さな小さな流れ星だけ燃え尽きることなく、大地へと流れ落ちるのだった。

 一つの時代が終わる。その瞬間を人々は複雑な想いで、眺め続けていたのだった。

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