真なる敵
───血が止まらない。介錯エンチャントは言うならば死の呪い。確実にエムナの肉体を蝕み死へと向かっていた。ありえないことだった。なぜこんなことに、なぜ突如現れた女に殺されることになるのか。エムナからすれば意味がまるで分からなかった。突如湧いた女に……。
「突如湧いた……そ、そうか、そういうことか……く、くく……俺としたことが……!」
エムナは自嘲気味に笑い出す。気づいた。気づいてしまった。敵の策に、敵の狙いに、敵の思惑に!死ぬ、死んでしまう。その前に伝えなくてはならない。
頼れるのはノイマン?いや無理だ、奴は有能だが此度は相手が悪い。未だにブシドーを解析できていないのだ、相当に複雑怪奇な世界体系システムなのだろう!だからこそ、それが!敵の思惑だったのだ!
ならば一つ、答えは一つ!残された希望はそこにしかない!
「宗十郎!貴様に託す!同じブシドーの貴様ならば!奴らの思惑も打ち破るはずだ!!」
響き渡る断末魔。そして息絶える。絶命。完全に生命活動を停止したのだった。
───エムナと幽斎が武を競い合う中、この広いオルヴェリンでぶつかり合う力と力がもう一つ。ヤグドールとジークフリートである。
「さぁヤグドールとやら!俺は恐れはしない!!お前がその力で民草を虐げるのならば!俺は何度でも立ちはだかろう!!受けよ!!我が聖剣バルムンクを!!」
聖剣は光り輝きヤグドールへと叩きつける!その莫大な魔力は確かにヤグドールに確実な損傷を与えていた!
「う、うぅぅぅ……どうしてぇ……どうして私がこんなことにぃ……ひぃ!」
アリスはノイマンに半ば無理やり連れて行かれ、ヤグドールの起動に立ち会った。逃げ出したかったが、怖くてできなかった。それが致命的ミスだったのだ。
「そう嘆くなアリスくん!こいつは一人で制御するのは困難なのだ!」
メインオペレーター席に座るノイマンは叫ぶ。愚痴のように呟いてたのに地獄耳だ。
───この戦いが生きて帰れたら絶対に転職しよう、絶対にこんな仕事は辞めよう。お父さんお母さんごめんなさい。アリスはもう限界なのです。
「アリスくん!目の前右列から三段目の赤いボタンを押すのだ!」
「は、はいぃぃ……いやだぁ……帰りたいよぉ……」
指を震わせながら恐る恐るスイッチを押す。瞬間、閃光。光で視界が埋め尽くされた。
「ぐッ!?なんだこれは───ッ!!」
予備動作一切なしに放たれる閃光。ドール砲と比べると威力は劣る。だがその奇襲性はまるで違う!真正面からその拡散閃光砲の直撃を食らったのだ!光が辺りを埋め尽くす。あっけない幕切れだった。
「あぁぁぁ!目が!目がぁぁぁ!!」
アリスは目を抑えてのたうち回っていた!当然である!閃光など全然知らないからだ!
「どうしたアリスくん!対ショック防護装備をつけなかったのか!?安全確認はきちんとしないと駄目だろう!?」
ノイマンは操作を中断し、アリスに駆け寄る。そんな話は全然聞いていない。天才の私に任せれば大丈夫だと勝手に席に座らせたのだ。
「うぅぅぅぅぅ……辞めてやるぅ……」
「おっと、トドメの一撃をしないとな」
忘れたかのようにノイマンはスイッチを押す。トドメの一撃とは即ち先程の攻撃の追撃。
即ちまた閃光がアリスの無防備な目を襲うのだった。ジークフリートへの一撃だったのだが、アリスにもトドメの一撃になった。発射された場所は大爆発を引き起こした。
大爆発に揺れる室内。思わずバランスを崩すノイマンとアリス。しかし今のアリスは一時的に視力が消失しているため、受け身もとれずまともに身体をぶつける!
「あぐっ!うぐぅ!もういやだぁ!死にたくないよぉ!お父さんお母さぁぁん!」
「落ち着くんだアリスくん!終わった!終わったんだ!我々の……勝利だ!!」
泣きわめくアリスを元気づけるかのように背中をさすりながらノイマンはそう伝えた。
「ほ、本当ですかぁ……本当に……?絶対に終わったんですか?」
「そう言われると世界に絶対はない。と、なると終わってないというのが正確だな!」
絶対に辞めてやる。アリスはそう固く決意した。
ノイマンは計器の記録を見る。空間断裂反応。これは……。大爆発によりヤグドールはジークフリートに勝利したはずだった。だが爆煙が晴れたというのに、その姿はどこにもない。完全に消し去ってしまったのだろうか。
「そ、それじゃあ私はこれで失礼しますねぇ~……」
アリスが恐る恐る立ち去ろうとした時だった。計器反応が異常上昇!空間に巨大な歪が生じている!最早それは目視で判断できるレベルであった!オルヴェリン上空に紫電が走る!空間がひび割れているのだ!そしてその空間の歪から、亜空間から巨大な存在が姿を現す!
「アリスくん!伏せろ!!」
地震、オルヴェリン全土を揺るがす大振動。警報が鳴り響く、かつてない存在、かつてないエネルギーに計測器は異常値を叩き続けているのだ。
ノイマンは目を疑った。先程倒したはずのジークフリートが、突然空からまた現れたのだ。それも此度は先程のものとはまるで違う。その肉体が淡く輝き、その姿はまるで神々しい。あれが、ジークフリートの真なる姿だというのならば……。
「くっ……くくく……はーっはっはっはっ!!アリスくんアリスくんアリスくん!!席に戻るんだ!!ここからが本番だ!!」
あまりにも予想以上!規格外!ノイマンは興奮を隠しきれない。あれはまさしく大英雄!人類の最終到達点!これが人類の果て、叡智の結晶であるのだと!
ジークフリートの肉体は既に人の身ではない。ファフニールを倒すために、ジークフリートは神竜の力を求めた。助力は断られたのだが、全ての無辜なる人々の平和のため、ただ君臨し何もしない神など不要。そう考えジークフリートは神竜を殺害し、その力を得ることになる。
その肉体は完全無欠、不滅の肉体。あらゆる悪意から身を守り、あらゆる災厄を祓う神罰の力。そして神の力は、人の想いを抱くほど、強くなっていった。感じる。皆の思いだけではない、世界の希望を。星の悲鳴が聞こえるのだ!この戦いに勝利せよと!
「聞けヤグドールとやら!我が聖剣の眩く煌めきを受けるが良い!受けろ、束ねし決意、力に変えたこの一撃をッッ!!」
ヤグドールの胴体が光りだす。先程と同じものだ。破壊の光、ドール砲が発射される!
しかし輝きを増し続ける聖剣バルムンクはドール砲を弾く!先程とは比べ物にならない高密度な魔力反応を示し続け、更にその力は上昇している!先程とは段違いだった。
「素晴らしい……エムナさん……あなたはここまで読んでいたのですか?ならば……!」
ノイマンは操縦盤を操作する。その速度はとてつもない早さであっという間にプログラムが組み込まれていく。
「聞こえますかジークフリートとやら、私の名はノイマン!異郷者ノイマン!」
「ノイマン……?どうした!命乞いでもするというのか!」
「今はその問答が惜しい!これから私はこの兵器を一時的に無力化します!抑えられる時間はおそらく数秒!その間に、あなたの全力を叩き込むのです!今ならばできるはずだ!」
ノイマンがプログラムコードをその場で書いたのは、その策を絶対に知られないため。通常ならば不可能である早さをノイマンは可能とする。即席の妨害プログラム。ヤグドールの動きを停止させるのだ。
「さぁリビルド!コンパイル!」
コードが完成し、スイッチを押そうとしたときだった。腕を何者かに掴まれている。馬鹿な、ここには誰もいないはず……アリスくん以外。
「駄目ですよぉノイマンさぁん、そんなことしたらぁ、死んじゃうじゃないですかぁ」
ノイマンの想像どおり、それはアリスであった。しかし、その目は完全に正気を失っていた。よだれを垂らし、信じられぬ力でノイマンを掴んでいる。
「水よ、この者の意識を封じろ」
無詠唱水属性魔法。対象の生命反応を一時的にロストさせる高位魔法。
「効きませぇん……ねぇノイマンさん……裏切る気だったんですかぁ?いつからぁ?」
干渉直前で魔法が無力化された。魔法そのものを彼女は否定したのだ。そして信じられない力で押し倒される。操作パネルが遠のく。あとはボタンを押すだけだというのに。
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