金色の騎士
───そして深夜。宗十郎は檻に手を当てる。そしてブシドーを流し込むと檻は瞬く間に自壊した。本来この檻は物理的耐久性は勿論、魔術的耐性も付与されているのだが、ブシドーなる未知の力には適応していない。
しかし牢が破壊された瞬間、警報音が鳴り響いた。脱走者の警報である。看守たちは深夜ということもあってか人数は少なく、また士気も低い。そんな中、突然の警報音に背筋を伸ばし反射的に警戒するが、事態を把握しきれていなかった。
監視カメラの類はない。一つずつ牢を確認しなくてはならないため、手分けして看守たちは各牢に確認に向かった。宗十郎の牢に向かった不幸な看守は二名。
配属されたばかりで夜勤を押し付けられた新人と、生真面目なベテラン看守。新人は率先して先頭を歩いていた。
階段を降りて手に持った懐中電灯を牢へ照らそうとした瞬間であった。
「…………!?」
そこで意識は途絶える。彼らの死角に宗十郎は潜んでいたのだ。顎に一撃掌底。脳は揺らされ脳震盪を引き起こし、意識は夢の果てへと飛ばされる。
「き、貴様!!」
片方のベテラン看守は宗十郎の姿を確認した瞬間、狼狽えることなく冷静に武器の警棒を手にとる。だが全ては遅かった。既に零距離。武器を構えるという予備動作を起こすのは失敗だったのだ。この場から逃げるべきであった。
「その対応は見事。だが遅い」
一瞬にして距離を詰められ、腹部に一撃。看守はうめき声をあげてもがく。そして先程同様に顎に一撃。新人看守同様に意識は消失した。
「すまぬな。罪なきことは承知だが、それは拙者も同様。この服、借りるぞ」
看守の服を奪い、宗十郎は変装する。そして走り去った。目指すは刑務所出口である。
幸いなことに、まだ脱獄には気づかれていないのか外の様子は静かだった。刑務所から都市の外へ行くには街の横断が不可欠。脱獄が発覚したとしても伝令兵のタイムラグを考慮すると……十分に脱出の勝算はある。脚に力を入れ、街へと駆け出す。
「いたぞ!あそこだ!!」
前方に衛兵たち。街の警備にあたっていたのか、運悪く見つかってしまった。そう思っていた。数にして三名、問題なく処理できると判断したが、脚を止める。矢が飛んできたのだ。見回すと囲まれていた。
「馬鹿な……伝令が早すぎる」
宗十郎は困惑した。しかしその疑問はすぐに解決する。衛兵の一人が板切れのものを耳に当てて連絡をとっている。あれは……カーチェに手渡された遠隔連絡装置の一種。即ち、この世界において伝令兵などという存在は不要なのだ。異変が起き次第、すぐに連絡連携をとれる体制。恐るべしはそれが忍術を極めた忍者ではなく、誰もが平等に扱えるという点。
感じる。更に軍隊が集まってくることに。動けるオルヴェリンの軍隊を可能な限り動員させるつもりなのか。乱れ雨のように放たれる矢の数々。オルヴェリン軍は……確実に自分を殺すつもりで来ていると確信した。
「ちっ……どうなっている……地の利がないとはいえ……!」
逃げた先、そこには重装騎士たちが待ち構えていた。数十名。かつて相手にした忍者軍団と比べれば雀の涙ではある。
「徒手空拳でどこまで可能かは分からぬが……いいだろう!いざ参らん!!」
カラテスタイルの構えをとり、宗十郎は騎士たちに向けて走り出した。だがその拳は届かず。まるで落雷に打たれたかのような衝撃が宗十郎の身に走る。
「な……に……?」
街中、敵はあらゆる死角を利用し宗十郎を狙っていた。だが弓や種子島の類には警戒していた。射線に入らぬよう障害物を使っていた。だが此度は違う。突如現れた力。稲妻が宗十郎を襲ったのだ。雷撃は宗十郎の神経を引き裂き、身動きを奪う。
「魔法を知らないというのは本当のようだな」
気づくと重装騎士が目の前にいた。
「───不覚!」
騎士の持つ大槌が宗十郎に直撃する。メキメキと音を立てて宗十郎の肉、骨を砕く。
雷撃は神経を貫く一撃。不意に喰らえば守りは解かれ隙となる。それはブシドーとて同じこと。そんな完全無防備の状態で渾身の一撃を食らったのだ。
骨は軋み、臓腑は深刻な負傷を負った。すぐさまブシドーを駆け巡らせ治療する。だが目の前の敵とも戦わなくてはならない。治療に専念するわけにもいかないのだ。
「観念しろ異郷者、オルヴェリンにあらぬ疑いをかけ破滅へと誘うなど、騎士として許すわけにはならない」
重曹騎士は使命感に燃えていた。眼前の敵は祖国を蔑む外道。彼の正義が許さなかった。
「ブシドーは嘘をつかぬ!虚偽方便で誤魔化し生きるなど、ブシドーとして最も恥ずべき生き様よ!拙者たちは聞いたのだ、無辜なる民草の嘆きを!」
宗十郎は吠える。ただ事実を訴える。断じて嘘偽りのない事実を。だがその言葉は届かない、届かないのだ。
「まだ戯言を言うか!せめて死ぬ前に白状したらどうだ!そして詫びよ!我々への侮辱を、偽りの報告で国を滅びへと誘おうとしたことを!!」
「断る!!」
詭弁を使うつもりは宗十郎にはまったくなかった。己が言葉、信じてもらえないのならば仕方のないこと。だが、それでも自分を裏切ることは決して許されない。
「例え命果てようとも!!ブシドーの誇りにかけて拙者は嘘偽りを申さぬ!!己の矜持、人生を否定しない!!それは死よりも耐え難き苦痛であり、屈辱なのだ!!」
そう、それこそがブシドー!自分の人生に嘘をつくようなことは、彼らにとっては最も忌むべきことなのだ!
「ならば死ね!!」
そうはいかぬ───そう身を翻し駆け抜けようとした瞬間、炸裂音。更に宗十郎に見慣れぬ一撃が入る。
「がっ……!?」
奥に控えていた騎士の構えた槍状の兵器。種子島の一種だった。可搬型大砲の類。その銃口は宗十郎に向けられている。
腹部が爆発した。砲弾が直撃したのだ。口から血反吐が溢れる。肋骨が折れて肺に突き刺さった。胸に手を当て呼吸を整える。得体の知れない魔法という技術。そしてまだ見ぬオルヴェリン独自の兵器武装!宗十郎は無知であった。この国の武装、兵法、あらゆることについて……!
「……南無三!!」
巨大な剣と斧を持った騎士が気づくと射程距離にいた。振り下ろされる一撃。間に合わぬ。素手では到底敵わぬ。見誤ったのだ、この国の武力、暴力を。
宗十郎は目を瞑り唱える。せめて我が魂は、かの地へと。死してなおも、主君の傍にいることを祈った。
───ガキンッ!!
苛烈な金属音。金属と金属が衝突する音である。本来であるならば宗十郎の首を切り落とす騎士の刃は、あらぬ方向へと吹き飛ばされ、地面に突き刺さる。宗十郎は薄ら目を開ける。何が起きたのか分からなかった。何故まだ自分は生きているのか皆目見当もつかなかった。
「らしくないではないか宗十郎。敵を前にして目を瞑るなど。それがお前の言うブシドーというやつなのか?」
見慣れた鎧姿であった。稲穂畑を彷彿させる風に揺れる黄金の長髪。しかしながらその姿は威風堂々の佇まい。右手に握られた騎士剣は両側の重騎士が振り下ろした武器を容易く弾き飛ばしたのだ。
その姿は見覚えがあった。忘れるはずがないのだ。カーチェ・フルブライト。宗十郎がこの世界で初めて出会った、紛れもない戦士である。
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