不当逮捕

 ───死に瀕することはブシドーにとってはよくあることであった。合戦で何本もの矢を貫かれた時、鍔迫り合いで身体中から血を吹き出しながらも、気力だけで立ち上がり戦い続けた時。そんな時、決まって多くのブシドーは見るのだ。

 彼岸の景色。だがしかし、此度の臨死体験……違和感はある。いつもならば見える彼岸。三途の川。黄泉の世界がうつらない。ただただ虚無、深淵の闇に宗十郎はいた。このまま肉体が、魂が闇に溶けていく感覚。


 しかし、今ここで死ぬわけにはいかないことは明白である。約束したのだ。散りゆく肉体、魂を鼓舞し、何が何でも死んでたまるかと、ブシドーにあるまじき生き汚さを見せてでも、生にしがみつくのだ。

 そして見えた。闇の中に一筋の光が。泥沼に浸かったような重い身体を動かし、ゆっくりと、だが確実に光へと進む。光は少しずつ大きくなっていき、手を伸ばせば今にも届きそうな───。

 

 「シュウ!起きろ!シュウ!!」


 瞼を開くとそこは白い部屋。そして涙を流し自身に訴える女性。手を握りしめられていた。恐らくここは診療所、腹部の傷が限界を超えて失神したのだろう。傷は浅かったが呪いのようなものがあったようだ。

 死の呪いか。ヨミヒラツカの巨人。さながらそれは死を纏う招き人か。ブシドーによる手当がなければ致命的だった。手当をしたのは巧みなるブシドーの手腕である。

 そして初めて、宗十郎は手を握っていたのが師である幽斎であったことに気がつく。幽斎ならば、この高練度な治療を施すことは道理である。


 「すみませぬ師匠……手間をかけました」

 「まったく……心配させるなバカ弟子が」


 幽斎とリンデはあの黒球には巻き込まれなかった。宗十郎とカーチェが呑み込まれた瞬間に閉じてしまったのだ。

 その場で亜人王に問い詰めると、あれは強力な魔法と魔法がぶつかり合うことで稀に生じる空間断絶だという。だが強い意思さえあれば必ず戻ってこれると聞き、こうしてオルヴェリンで待っていたのだ。宗十郎を信じて。


 遅れて医師がやってきた。まるでゾンビを見たかのように驚きの表情を浮かべていたが、すぐに平静さを取り戻し傷口の診察を始めた。


 「ま、まさか一日で抜糸まで終えるとは、本当に私たちと同じ人間なんですか?」


 無事回復した宗十郎は、退院のために荷物をまとめ始める。医師は軽く引いた表情でその様子を見ていた。


 「かたじけない。しかし先生。少なくとも拙者らは同じ血の通った人間です。傷の縫合は助かりました。もし先生の治療がなくては、拙者は失血死していたかもしれませぬ」


 深々と頭を下げる宗十郎に医師は釈然としない様子だった。

 診療所から外に出ようとするが違和感に気がつく。外の様子が何やら騒がしい。静かなのだ。本来であれば街の人々の喧騒が聞こえるというのに、そこには何もなかった。


 「どうかしたのですか、宗十郎さん。まだ忘れ物でも?」


 診療所出入り口前で止まる宗十郎一行に奇妙さを感じた医師は近づき声をかける。だが宗十郎は何も答えない。ただ外に意識を全集中していた。


 「ああ、傷が痛むからドアを開けるのに抵抗があるのですか」


 そう言って医師はドアに手をかけて開ける。瞬間であった。無数の矢が医師の胴体、頭部を貫く。医師は何が起きたのかも理解できずそのまま倒れ込む。即死したのだ。


 「どうやら取り囲まれているようだぞシュウ」


 幽斎は既にブシドーにより周囲探知を終えていた。敵意を持つものが数十名。軍隊である。医師は軍隊の一斉射撃により殺害されたのだ。


 「ならば籠城でしょうか。いずれ鎮圧の為にオルヴェリンの騎士がやってくる筈」


 至極真っ当な意見であった。もっともそんな楽観的な思惑はすぐに打ち砕かれる。


 「異郷者、千刃宗十郎よ!出てくるが良い!貴様には叛逆容疑がかかっている!」


 叫び声だ。軍隊の代表者が叫んだのだ。彼らはオルヴェリンの騎士たちであった。そしてあろうことか宗十郎に叛逆罪がかけられているというのだ。


 「何かの間違いではないか!拙者は叛逆など考えてはおらぬぞ!!」

 「ならば出てくるが良い!自らの無実を証明せよ!!」


 宗十郎は外に出る。瞬間矢が飛んできたが、大した攻撃ではない、目視で躱した。


 「シュウ……どうする気なんだ……?」

 「投降します。謂れのない罪で戦うのはブシドーの本懐に非ず。師匠はリンデを連れてこの場から逃げ去ってください。どちらかといえば、彼女の方が捕まるとややこしいでしょう。奴らの目的は、拙者だけのようである模様」


 宗十郎はサムライブレードを幽斎に渡す。幽斎は黙って受け取り、頷いてリンデを連れて消えた。


 「見よ!拙者は丸腰!抵抗の意思はない!」


 両手をあげて騎士たちに己の意思を訴える。宗十郎は大人しくオルヴェリン騎士団に連行されるのであった。


 ───馬車に乗せられ数刻。何も説明の無いまま宗十郎は大衆の目のした、尋問の如き質問を受けていた。


 「被告!異郷者、千刃宗十郎よ!貴様はこの街にあらぬ噂を流し、混乱に陥れ街の崩壊を企てていた容疑がかかっている!真であるか!!」


 これは裁判。宗十郎が連れて行かれた先は連合裁判場。異例の早さで宗十郎は裁判にかけられていたのだ。無論、弁護士などいない。


 「何のことか。拙者はこの街のことなど何とも思ってはいない。繁栄も滅ぶかも……その行く末に微塵も興味はありませぬ。まったくもって謂われのない疑義でありまする」


 群衆はざわめき出す。まるで興味がないという宗十郎の態度に。これが叛逆の容疑がかかった男のとる態度なのか……。そんな印象を受けたのだ。


 「静粛に。この街にはまるで興味がないと。しかしそれは不思議ですね。ならば何故、貴方は騎士という立場を拝領したのですか?興味がないのであれば断れば良いだけのこと」

 「拙者の目的は元の世界に戻ること。そのためには生活基盤がほしかった。そんな時、舞い降りてきたのが騎士という役職で候。いずれはその役職、返還する手筈であった」


 宗十郎の毅然とした物言いに裁判官は口を閉ざす。その様子に検察官が叫んだ。


 「裁判官!話が外れています!此度の裁判はオルヴェリン叛逆の容疑!検察側は確たる証人の召喚を希望します!!」


 裁判官が許可すると証人は暗がりから現れる。その姿が現れた時、群衆は騒ぎ出した。当然である。その証人とは五代表の秘書官、オズワルドであるのだから。


 「裁判官、被告の宗十郎はあろうことかこのオルヴェリンが民草を拉致し人体実験を繰り返しているという虚偽の報告を流布しています。これは神聖五星騎士カーチェ殿からも報告を受けており極めて悪質な行為です」


 群衆の騒ぎはピークに達した。そのような非人道的行為が許されるはずがないのだ。


 「被告。証人の言う事は本当ですか?」裁判官の冷たい目が宗十郎に向いた。

 「事実だ。拙者達はヨミヒラツカで聞いたのだ。人体実験の犠牲者たちから……」


 ブシドーは嘘をつけない。宗十郎はありのまま、事実を告げる。しかしその態度が裁判官の逆鱗に触れた!


 「恥を知りなさい!!よりにもよっておとぎ話のヨミヒラツカですと!!?よくもそんな恥知らずな大嘘をつけたものです!!!」


 裁判官は青筋を立てて木槌をカンカンと叩く。心証は最早最悪としか言いようがない。


 「判決を言い渡します!被告は死刑!火あぶりの刑とします!!早く連れていきなさい、その恥知らずの罪人を!!」


 宗十郎は裁判官に、群衆に真実を訴えるが誰もが聞く耳を持たなかった。オルヴェリンがそのようなことをするはずがないという一点張りだった。


 「よし、大人しくしろよ異郷者!」


 兵に押し込まれるように牢に入れられる。牢は独房、自分一人しかいない。やることは唯一つ。脱獄である。宗十郎がここまで大人しくしていたのは騒ぎを大きくしたくないということ。加えて、今まで世話になった義理というのもある。自分の言葉を信じようが信じまいが関係はあまりない。伝えた時点で義理は果たしたと宗十郎は判断したのだ。あとは夜遅くまで大人しくする。決行は今夜、丑の刻。大人しくいるつもりは毛頭にないのだ。

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