思いがけぬ増援

 カーチェは頭悩ませていた。亜人たちはもう完全に結婚式ムードである。フェアリーたちは嬉々として花の飾りつけをし、エルフたちはドレスを見繕っている。ドワーフたちは急ごしらえで式場の準備を始め、コボルトたちは苦手分野ながらもドワーフたちの力仕事を手伝っていた。


 「う、うーん……困りました。このままだとユウさんに皆殺しにされるかもです」


 ゴブリンたちに限ってはリンデの指示で待機しているが、まるで意味がなかった。リンデとて愚かではない。対峙した時の、幽斎の殺気は感じていた。だがそれでも亜人のためにはあそこで行動を移さなくてはならないと、決意を固めていたのだ。

 しかし話は変わる。このままでは間違いなく幽斎は亜人たち最悪の敵となるだろう。ブシドーの掟とは……そこまで重たいものなのだろうか。


 「まったく宗十郎も罪な男よ。折角の異世界、運命的に細川の女と出会えたのだ。愛の言葉でも伝えればいいものを……中途半端な態度を取るから妬かれるのだ」


 ハンゾーは先刻の出来事をまるで笑い話のように語っていた。


 ───同じ世界からの宗十郎の宿敵だったらしいハンゾーはまるで頼りにならない。というか未だに幽斎のことを誤解している。呆れて何も言えない。


 「ハンゾーさん……でしたっけ?あの細川の女っていうのは……」

 「ハンゾーよ!そこにいたか!」


 リンデはそんな彼を見て、せめて誤解を解くべきだと話しかけるが遮られる。宗十郎が幽斎との話を終えて戻ってきたのだ。


 「お主……先程の戦いから見て、どれだけの数なら問題ない?」


 そして意味深なことを彼はハンゾーに尋ねる。


 「うむ、数よりも質だ。あの程度の代物、本家種子島部隊に比べれば遠く及ばぬ」


 宗十郎のいた世界にも種子島はあった。それでもサムライブレードが使われたのは、攻略法があるからだ。ブシドーは銃器を恐れない。無論、本家種子島部隊……即ち銃術をブシドーと融合させ昇華させた織田や島津が使うとなると別。だがオルヴェリンの先ほどの部隊からは、かような脅威はなかった。


 「ならば妙案がある。ハンゾーよ、お主ならば」


 その妙案を説明しようと宗十郎は口を開きかける。それと同時だった。


 「お、おい見ろよあれ!」


 亜人の一人が空を見上げた。空から何者かが舞い降りてくる。空気が震える。複数人……いや、この気配は人なのだろうか。


 「随分と殊勝だな。良いぞ。その態度、例え同盟を結んだとしても立場を弁えている」


 皆が騒ぎ出す。知らない少女とそれに付き添う従者たちが立っていた。いや、あの角と尻尾。僅かに見える牙。何よりも、ただそこにいるだけで溢れ出ている神気。

 亜人たちは結婚式のことなどすっかり忘れ、全員が跪く。異郷者たちを除き。


 「む、どうしたのだ。皆の者たち。あの少女は何なのだ?」

 「良いから跪け!あれは、あれは竜種!先程といい、どうしてこんなところに……」


 竜種……ドラゴン。宗十郎はピンときた。フェンが秘密裏に同盟を結んでいた連中。フェンが亡くなった今、それを知るものは宗十郎しかいない。


 「なるほど、お主らがフェンの言っていたドラゴンとやらか。しかし何故そのような姿を?戦場で見たのとまるで違う」

 「なんだお前は?余を見下すなど無礼であるぞ。噂の異郷者とやらならば、その無知に免じて……跪き頭を垂れてこの足を舐め、忠誠を誓うならば許してやらんこともないぞ?」

 「断る」


 カーチェは血の気が引いた。あまりにもまずいのだ。相手はドラゴン!この世界の神そのもの!そんな相手に不遜な態度をとっては……。

 パチン!指を鳴らす音がした。そして巨大な火柱。宗十郎がいた場所に豪炎が立ち昇る。


 「愚かな者よ。寛大な余でも二度は許さぬぞ?その浅はかな考えを冥府で……えぇ?」


 骨すら焼き尽くす豪炎。火柱が消え、残るは灰のはずだった。はずなのだ。だが宗十郎は平然と立っていた。衣服すら燃えていない。


 「ドラゴンとやら、今は余暇を楽しむ時ではない。熱波サウナはまた次の機会で……」


 パチン!パチン!火柱!火柱!宗十郎が言い終える前に火柱が立ち昇る!完全に殺す気満々で放たれた炎はあらゆる生物を燃やし尽くすのだ!大地は溶けて赤く灼けている!

 竜種の少女の腕が掴まれる。炎の中から伸びた手。宗十郎であった。思わず少女は「ひっ」と狼狽える。


 「だからサウナは後にしろと言っているだろう。拙者、そこまでサウナをしたそうな顔つきをしていたか?師匠の按摩で疲れはとれているはずなのだが」

 「さ、サウナって何なのじゃ、異郷者ァ……」

 「サウナとはマッサージのようなものだ。此度の熱波サウナ、軽めの熱波だった故、拙者には心地よいが、サウナ好きには少し不満げではあるだろうな」


 ファフニールと戦ったときのことを思い出す。どうやらドラゴンとはサウナに特化した種族であるというのは宗十郎の経験からして再認識したのだ。しかし、そんな意図はまるでなかった竜種の少女は身体を震わせていた。


 「マッサージ……?余の……余の……豪炎が……マッサージ……」


 少女はがくりと膝を落とす。瞬間、周囲の人々が同時に倒れた。意識を失ったようだった。だが宗十郎とハンゾーはまるで気にもかけていない。


 「何をした」


 宗十郎は声色を変え少女を睨みつける。


 「そう……だよね……どうせ余なんか……ダメダメだよね……無理なんだよぉ……おじいちゃん死んじゃったし……やだよぉ……。うっ……えぐっ……」


 泣いていた。涙をボロボロと流し、少女は泣いているのだ!流石に想定外の事態で宗十郎はポカンとした!


 「オホン!宗十郎氏。此度、意識を奪ったのは我々です。その……リリアン様のこのような姿を見せたくないので……」


 リリアンと呼ばれた少女に従者たちは声をかけている。慰めているのだ。そんな様子を唖然としながら眺める。宗十郎は外見で判断せず一人の同盟者として接しようと思っていたというのに、まさか外見通りの精神年齢とは思わなかったのだ。


 「ぐすっ……うん……だよね……おいお前!火の精霊なら先に言うが良い!精霊たちはそういう悪戯は好くと聞いているが、限度があるわ!無知は罪なんだぞ!」

 「いや拙者は人間だ。見て分からぬか?」

 「もうやだよぉぉぉ……わたし帰るぅ……こいつと話したくないぃぃ……」


 火の精霊ならば火炎吐息が無傷なのも道理。そう説き伏せられて気を取り直したリリアンだったが、あえなく撃沈。従者たちの一人が焦った様子で宗十郎に近寄り、耳打ちをした。


 「熱に耐性あるのは分かったから、空気を読んでくれ。我々の代表はまだ幼いんだ!お前のその傍若無人な態度でリリアン様がグレたらどうしてくれるんだ!いい大人なんだろ!?良いか?適当におだててあげてくれって、コボルトとの協定なら分かってるから」


 青筋を立てて迫真の表情で訴える従者に宗十郎は思わず同意する。

 宗十郎も己が非を認める。相手に敬意を払ってこその同盟。頑なな態度では駄目なのだと。

 そうこうしているとリリアンはまた気を取り直し立ち上がる。ただし、今度は自信に満ち溢れた表情だった。


 「……ふふ、おいお前!なんだなんだ、そういうことだったのか。どうして先に言わない!いや、確かに余も非はある。王である余が頭に入れていなかったなど……」

 「…………そうだ。分かってもらえて何より。ところで何と言われたのだ」


 リリアンは満面の笑みを浮かべていた。しかしその笑みはどこか含みがあるような笑みで……宗十郎のブシドーセンスが嫌な予感を告げる。

 確認をしたかった。一体、どういった理屈で機嫌を直したのか。


 「え……?我々ドラゴンの祝福と忠誠を誓い、肉体さえも捧げた下僕で、その肉体は人のようで竜種と同じように……特に我々の種族に敬意を払っているからか炎に対してめっぽう強い身体になった元人間の従者だって聞いたけど違うの……?」

 「下僕……?従者……?拙者が……殿以外の相手のだと……?」


 後ろで従者たちがバツサインを送ったり、ペコペコと頭を下げている。宗十郎は頭を冷やした。主従関係とは心と心、通じたもの同士であるということ。即ち、ここでリリアンの話に合わせることは決して殿への裏切りではない!そう考えたのだ。


 「い、いやぁ気づいてもらえて何より。こちらこそ申し訳ない。リリアン様が拙者に気づいてくれないのが、些かショックで候……」


 引きつった笑みを浮かべ話を合わせた!これが大人ということかと胸に刻みながら!


 「……!ふふ、ふふ……そうじゃ!確かに下僕を忘れるなど無礼だった!宗十郎だな。もう二度と忘れぬぞ、そなたの態度と力は既に聞いている。気に入った。手を出すと良い」


 上機嫌になったリリアンに促されるがままに宗十郎は手を出す。ままごとをしている気分だった。出した手をリリアンが触れる。

 そして一瞬の痛み。何事かと思ったが一瞬故に気にはならなかった。しかし手を見ると何かの紋様が刻まれている。訝しげにその紋様を見る宗十郎にピンとした様子でリリアンは言葉を続けた。


 「余の直属騎士の称号である!誇りにせよ?何せそなたが一番目であるのだからな」


 これ石鹸で落ちるのだろうか。そんなことを思いながら宗十郎は紋様を見つめる。そんな様子を自分の騎士になることに感銘を受けていると勘違いして、リリアンは嬉しそうに笑みを浮かべ宗十郎を見ていた。

 従者たちは内心、焦っていた。そもそも下僕というのが、リリアンを慰めるためのその場限りの嘘。つまりリリアンは無関係の男を直属騎士として選んでしまったのだ。

 加えて直属騎士とは単に護衛するだけではない。常に傍にいるということは、将来彼女が婚姻を結ぶに当たっての候補となるのだ。いわば婚約の証と言っても良い。ましてや栄誉ある一番目の騎士……。この意味は非常に大きく、ドラゴンの多くは最初に見初めた相手と一生を添い遂げることが多い。


 「そうだ、話を戻すがリリアンとやら。まず報告だ。お主らが同盟を結んだコボルトのフェンであるが……戦死した。彼は最後まで戦い抜いた、立派な男であった」

 「む、いきなり呼び捨て。いや……良いかな。直属の騎士なんだもの」


 うんうんと一人納得する様子でリリアンは頷く。


 「同盟の話ならば、問題はない。宗十郎……そなたは余の直属騎士なのだ、今更同盟などと水臭いことを言うな。我々は家族同然なのじゃ」

 「そういってもらえるとありがたい。ところで……皆の意識はいつ戻るのだ?改めて皆に紹介をしなくては」


 ドラゴンの従者によって一時的に意識を失った人たち。確かにそのとおりだとリリアンは答え従者に命じた。何事もなかったかのように、眠りから覚めるように人々は起き上がる。


 「んん……はっ!すいませんドラゴン様!なんて無礼な真似を……!」


 ドラゴンの前で眠りこける。無礼な振る舞いをしてしまったことに、皆が頭を深く下げる。


 「とりあえず誤解を解くのが大事だなリリアン?」


 先程と同じ光景に苦笑いをしながら、ドラゴンとコボルトの同盟について話をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る