旧き神

 「あれはヤグドール。このオルヴェリンの……神とでも言おうか?まずは見せしめだ。我々に歯向かう愚かな連中への。更地になるが仕方あるまい」


 ヤグドールの中心にエネルギーが集っていく。一目で分かった。あれは砲撃の準備だ。言うならばドール砲である。照準は……亜人連合軍の拠点に使っていた村と、亜人たちが住まう原始林である。


 同時刻、宗十郎とカーチェも見ていた。あの巨大兵器を。そしてそこに集う莫大なエネルギーを。立ち向かうことに恐怖感はない。だが巨大すぎる。巨大な一撃を相殺するにはそれなりの規模の一撃が必要。範囲が広すぎて、相殺しきれないのだ。どうすれば良い……!誰もがそう思っていた。


 「お前たちは俺とノイマンを同時に止めるべきだった。だがそれは叶わない。ハンゾーよ、お前の連合軍での動きは見事だったが、所詮は小手先。圧倒的力にはむりょ……」


 エムナは信じられないものを見た。

 あり得ない姿を見た。

 全力で蹴飛ばした筈だった。

 確実に全身複雑骨折、内臓破裂、大量出血。致死量の傷を与えていたはずだった。

 だが、そこには黒髪の女が、住居の瓦礫から出てきたのだ。血を流している。ダメージはあるようだ。

 いや……普通、立つことすらままならないというか意識があること自体おかしいのだが。


 「おま……」


 思わず溢れ出す言葉。エムナに生まれた僅かな隙。

 その時だった。地面になにやら紋様が浮かび上がる。これは魔法陣。いつの間に誰が書いたというのか。


 「空間連結、異次元裏繋ぎ」


 振り向くとハンゾー。今の一瞬の隙をついて魔法陣を展開した。

 何のためか、エムナは瞬時に状況を推測するが、彼らの世界はあまりにも意味不明すぎて想像がつかなかった。

 同時にドール砲は放たれる。狙いは亜人たちの故郷。帰る場所。無慈悲な一撃が放たれる瞬間だった!


 巨大な魔法陣が空中に出現する。そしてその中から放たれる巨大な閃光。

 ドール砲にも引けをとらない一撃が、魔法陣から発射された。

 あれはハンゾーの忍術か?いや違う!そんなことができるなら最初からエムナに使っていた!


 「いきなり……!こんなところに喚び出してこれとは人使いがあらいハンゾー!!」


 その男が持つ聖剣から放たれる光はドール砲とぶつかり対消滅。彼が大地に降りた時、オルヴェリンの街は大きく揺れる。それは決して恐怖の象徴ではない。想い力と変えて巨悪を討つ。その勇猛果敢な姿、人々の思い背負い今ここに立つ英雄。あれは、あれは……!


 「俺の名はジークフリート!無辜なる民を救いに、異郷よりやってきた戦士である!!」

 「ここで俺の知らぬ異郷者だとぉッ!?」


 そう、エムナでさえ計算外の事態。突如出現した大英雄の援軍であった!


 「敵を騙すにはまず味方から……でござる!あの巨大兵器がお主らの切り札だというのならば、この事態は想定しておらぬでござろう!」


 想定できるわけがない。エムナはジークフリートと名乗った男を一瞥する。

 見るだけで分かった。あの男は規格外の存在。あれは、自分と同じ存在だ。

 だがその規格外の気配はオルヴェリンに接近してくるものならば、容易く感知できた。いくらでも防衛策はあった。こんな……こんな……突然に空から現れるなど誰が想定できるというのだ。


 「貴様……!」


 ボロボロのハンゾーの胸ぐらをエムナは掴み持ち上げる。


 「覚えておくが良い!お主らがいかなる力を以て戦場をひっくり返そうとも、我らがブシドーと忍者の矜持の前では無意味!何もかもが思い通りに行くと思うなッ!」


 策が完全に上手く言ったハンゾーはエムナにそう言い放つ。忍者とは即ち、このためにいるものだと。


 「もう良い」


 引きちぎられる。ハンゾーの肉体はエムナの異常な力によって、ただ無慈悲に、まるで虫けらのように引きちぎられ分断された。そしてそれをエムナはゴミのように投げ捨てる。


 「ハンゾー!」


 幽斎はハンゾーだったものに駆け寄る。


 「俺が間違いだった。面白い男故に生かしてきた結果がこれだ。奇怪な異世界からの来訪者。計算外のことばかりする。慈悲は終わりだ」


 ジークフリートを見据える。


 ───強力な相手だが倒せぬわけではない。ヤグドールと共に戦えば撃退可能だろう。あれではまだ、まだ足りないのだ。


 「ほそ……かわの令嬢よ……」


 駆けつけた幽斎にハンゾーは死力を尽くし声を絞り出す。


 「な、まだ息があるのか」


 エムナは驚嘆した。なぜまだ生きているのだと……。

 虫の息だが確かに生きている。彼らの世界の人間は本当に人間なのか疑わしかった。意味の分からない感情にエムナの頭は満たされる。


 「喋るな。応急処置を施せばまだ目はある」


 それは慰めではない。事実だった。それが分かってしまうエムナは、目の前の存在がいよいよ分からなくなってきた。


 「いいや……治療よりも……優先事項が……あの男を……斃さなくては……ゴフッ!」


 血を吐き出し苦しそうにもだえる。命かけて伝えなくてはならなかったのだ。


 「ご令嬢……お主の一撃しかとみた……ブシドーの一撃……このままでは某もお主も殺される……ならば……武家の娘として……一花咲かせるのだ……!」


 ハンゾーは気を失った。彼の体力が限界を迎えたのだ。


 「別れは済んだか女。安心しろ、お前は殺さない……今はな。まずはあの異郷者を止める。そして次は宗十郎だ。やはりあの世界の人間は放置できない」


 ハンゾーが見せた様々な奇術はこの世界において奇跡にも等しいものだった。制御するにしてはあまりにも不特定要素が多すぎる。ただ力が強いのではなく、先が読めない。

 故に危険だとエムナは考えたのだ。


 「シュウを……?」


 名指しで呼ばれる愛弟子の名前に、幽斎は改めて問いかける。確認するかのように。


 「シュウ?宗十郎と親しいのか女よ、諦めるのだな。あれは生かさん。この手で殺す」


 目の前の黒い男は圧倒的な実力を有している。

 だがしかし今、この男は幽斎にとって聞き捨てならないことを言った。

 愛弟子を、シュウを殺すと言ったのだ。

 それは彼女にとって許されない。断じて許されないことだ。剣を手に取る。その行動が意味することは一つ。


 「戦うか女。ならば確実に殺す。その身体ねじ切り死肉を撒き散らす」


 圧倒的覇気、殺意。次は全力で殺す。嘘偽りない言葉だった。実力差は明白。このエムナという男は、間違いなく細川幽斎が今まで出会ったどの敵よりも強いだろう。

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