異郷者

 「宗十郎どの……でよろしかったか?」


 途方に暮れていた宗十郎にふと一人の女性が話しかける。


 「何奴!貴様、間者かあるいはそれに通じるものか!?」


 振り返るとそこには確かに女性が一人立っていた。鎧を身につけており腰には剣を携えている。戦士であることは明白だった。


 「あぁ、すいません。名乗り遅れました。私の名前はカーチェ・フルブライト。カーチェとお呼びください。此の度は村の救助にご協力くださりありがとうございます」


 カーチェと名乗る女性は変わった名乗り口上をあげた。異人の名であった。名前だけではない。その髪の色は金色で目の色は異なる。

 宗十郎は聞き慣れぬ口上に少し気遅れたが平静を取り戻す。


 「ほう、なるほど!お主は南蛮のものであったか、ブシドーに国の違いなし!お主の口上、とくと受け止めた!では応えよう、我こそは千刃宗十郎!いざ尋常に勝負!」


 サムライブレードを再び抜き構える。だがカーチェは腰の剣には触れようとしない。


 「臆したかカーチェ!さぁ剣を抜け!貴様の剣は飾りであるか!力を示せ!!」

 「いえ……私は戦う気はありません宗十郎どの。それはこの村の人たち全員がそうです。誰かと勘違いをしているのでしょうか。私たちは貴方と敵対する意思はありません」


 村人たちは敵ではなかった。では万を超える軍勢、あの戦場はどこへ消えたのか。恐るべしはハンゾーの忍術。まるで世界が煙に巻かれたようだと宗十郎は感服する。


 「失礼した。此度の無礼どうか許してほしい。本来であればハラキリで詫びたい所存ではあるが、拙者、殿を護るという使命があるが故、それはかないませぬ」

 「いえ、分かってもらえれば良いのです。ですが良かった。話が比較的通じる相手で」


 カーチェの言葉には含みがあった。まるで自分以外にも似たようなものがいる言いぶり。


 「カーチェどの、今の言い方は───」


 宗十郎が問いかけようとしたとき、気配を感じた。何かが近寄ってくるような感覚はなかった。宗十郎のブシドーはそこまで未熟ではない。


 「そこから先は俺が話そう。異郷者よ」


 気配一つ感じさせず、男は現れた。宗十郎にとっては未知な存在。ブシドーの気配探知をかいくぐった目の前の男が奇妙で仕方なかった。


 「何奴!名を名乗れ!!」


 宗十郎は警戒心を露わにする。忍者を遥かに超えるその隠密能力は侮りがたいものがあるからだ。


 「俺の名前はヒュロス・ヘルクレイデス。お前と同じ異郷者だ」


 ヒュロス。奇妙な男だった。その佇まいからは戦士の気配を感じさせない。しかしその不気味な気配は本能的に、ブシドーセンスが宗十郎を訴えていた。

 この男は、できると。


 「異郷者とは、理外の者たち。この世界は異郷者たちにより侵略を受けている。かつての英雄は、この世界を救うために異次元の存在の力を借りることにした。世界は英雄の手により救われたが……異次元からまた別の、よからぬものを喚び出してしまったのだ」


 それこそが異郷者。聞き慣れぬ言葉だが、宗十郎は静かに耳を傾ける。


 「ふざけるな!ヒュロス!貴様もその侵略者たち……支配者たちの一人であろう!知っているぞ!自分の言いなりにならない王国一つ滅ぼしたことを!」


 カーチェは叫んだ。彼女は知っている。奴の暴虐な振る舞いを。


 「仕方ないだろう?外敵と戦うためにはより強く有能なものが指揮しなくてはならない。だというのに、あの国は俺の申し出を断ったのだ。であるならば滅ぼすしかない」


 カーチェはヒュロスの身勝手な態度に歯ぎしりをする。だが手は出せない。相手がいかに強大か理解しているからだ。


 「さて宗十郎と言ったか。見たところ言葉は通じる様子。俺が来たのはお前をスカウトに来たのだ。さぁ共に来い。侵略者たちを滅ぼそうぞ」


 ヒュロスは手を差し出す。同盟を結ぼうというのだ。


 「断る。拙者には関係なかろう。拙者が為すべきことは一つ!殿が無事に帰ること。児戯に付き合う暇などない。参謀ごっこがしたいのであれば、暇な童でも集めればよかろう」


 参謀ごっこ。その言い方にカーチェは思わず吹き出す。


 「ほ、ほう……俺の知略計略に満ち溢れる計画が参謀ごっこ……だと?なるほど余程、下等な世界から来たようだ。高尚な考えに理解が追いつかず思考停止とは蛮族そのもの」

 「阿呆が、優秀な参謀家とは、簡潔に的確に確実に勝利に導くもの。だがお主はどうだ?小難しい話をし、言うことを聞かない相手は暴力でねじ伏せる。癇癪をする童そのもの。失せよ、童を斬る剣をブシドーは持ち合わせてはござらん」


 カーチェはついに我慢をこらえきれず笑い出した。それを見てヒュロスは紅潮し、殺気立つ。


 「殺してやるよ蛮族。地獄で後悔しろ、貴様の軽薄な発言と、その低能さに」


 ヒュロスの周囲が歪む。同時に彼の身体が大地から離れ空に浮かぶ。彼の世界では空間を操る技が発達していた。その世界では当たり前のような力ではあるが、この世界では極めて高位な魔法に位置する。

 これこそが彼の"力"。この世界には存在し得ない、理外の力である。

 宗十郎はサムライブレードを抜く。ブシドーは童は斬らぬ。だが童とはあくまで戦場に出ない者のことを指す。武器を持ち、命のやり取りを覚悟し、戦いの場についた時点で、童など関係はないのだ。


 「良かろうヒュロス。我が剣技、我がブシドーをその身に刻みつけるが良い!」


 ヒュロスから放たれる強大なエネルギー、原理を宗十郎は理解できない。だが千を超える忍者たちと比べれば、まるで春のそよ風。ブシドーにとっては日常茶飯事なのだ!


 「剣技、だと?見込み違いか。たかが剣技で我が秘術を突破するなど」


 ヒュロスは鼻で笑う。剣技である以上、そこには物理法則しか介入の余地はない。異郷者の強みは理外の力。だが、宗十郎にはそれがないと見たのだ。


 「ふんっ……!」


 放たれる空気砲。それを宗十郎は"掴んだ"。虚空を掴んだのだ。そしてその力に乗り込み、一瞬にして間合いを詰める。何も驚くことはない。ブシドーならば誰もができること。空を掴めずとして、何がブシドーか、何が戦士か。


 ヒュロスは目を見張り困惑する。自分の秘術を容易く突破した目の前の男に。そして理解が出来なかった。自分は今、空中を浮遊している。この蛮族の武器からして接近戦を得意とするのは明白。だと言うのに、何故か眼前にいる。明らかに宙を駆けているのだ。


 「貴様……ッ!よもや俺と同じ術を!?」

 「貴様の術など知るかッ!!」


 理の外。この世界は別次元の者たちが来ている。自分も含めて、理解の出来ない理を使いこなすものがいる。目の前の男もまたそうであった。

 ブシドーステップ。大気中にブシドーを利用して足場とするブシドーの基本技。空中戦など、当然のようにこなす彼らの戦場を、ヒュロスは知らなかった。


 「辞世の句を読むが良いヒュロス、ブシドー両断が繰り出す前に」

 「な、なにを───」


 瞬間、縦一文字に一筋の輝線が走る。一刀両断。ヒュロスがその言葉を絞り切る前に、宗十郎の技により、真っ二つに切り裂かれ絶命した。残心。


 「他愛もない相手よ。トクガワのブシドーの方がまだやり手であった」


 驕りではない。事実として彼は先ほど相手したハンゾー。彼の方が遥かにヒュロスよりも上だった。


 「すごい!こうも圧倒するなんて!宗十郎どの!貴方ならばこの世界の希望に……」


 こともなげにヒュロスを圧倒した宗十郎にカーチェは歓喜する。彼女は求めていた。この世界における頼りになる仲間を。


 「くどい!拙者にとって今の使命は殿の無事を確保すること!それ以外は全てが些事!」

 「う……それでは何か当てがあるのですか?その……殿とやらを助けるのに……」


 宗十郎にとって耳が痛い話だった。確かにそのとおりである。これがハンゾーの忍術の仕業かすら分からない。現状の打破の見当がつかないのだ。


 「どうでしょうか、この世界のために戦ってくれとは言いません。ですが殿を助けるまで、私たちの頼み事を聞いてもらえないでしょうか。勿論生活の支援も致します」


 生活の保障。それはどの世界でも共通する魅力である。


 「それは……願ってもいない申し出だったかもしれない!」


 宗十郎は今、何をすればいいのか分からない。彼の目的である主君を救う前に、自分がここで野垂れ死んでしまえば、全ては水の泡だと考えたのだ。


 「承った。カーチェ殿の言葉は確かに事実。世話になろう!」


 よってカーチェの申し出を受け入れることにした。


 ───どうか殿、無事でいてほしい。拙者が不甲斐ないばかりに、しんがりを務めきれなかった。千の忍者を食い止めはしたものの、万の軍勢は健在。どうか逃げ続けてくだされ。


 遠い遠い、遥か遠い故郷を思いながら、宗十郎はカーチェに案内され、街へと向かった。

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