雨の降る街
消えることのない業火。燃え広がる炎。灼き尽くすような大気。この世の地獄となったオルヴェリン。だがそれと同時にハンゾーは印を結ぶ。
「水遁!電子雨!」
大火災など関係ない。いかなる状況にも対応するのが忍者の本懐なのだ。
印を結ぶともに流れるのは電流。空気の絶縁を破壊し稲妻となりてハンゾーを中心に雷神の如く迸る!
更にハンゾーが手にしたニンジャブレードは炸裂。ナノマシンが周囲に飛散し大気中に拡散していくのだ。ナノマシンはハンゾーの放つ電流を介して結合していき、空気中の水分子をイオン化させ粒子増幅。瞬く間に雨雲が発生し、そして豪雨となりてオルヴェリンに降り注ぐ。
本来ならばナパーム弾が引き起こした火災は降雨程度では消火しきれない。だが、此度の雨はハンゾーの忍術によるもの。通常の道理では計り知れない。その豪雨の威力や凄まじく、ナパーム弾が起こした火災などものともしなかった。
「宗十郎!某、上空の爆撃機を撃墜する故、ここを離れる!お主らは先に行け!」
「承った!だが急げ、おそらくは第二波、第三波と来るぞ!」
ハンゾーは跳躍した。遥か上空!爆撃機の方角へ。
ざぁざぁと降り注ぎ続ける豪雨。視界は悪い。焼け焦げた住宅地が広がる。幽斎は部隊の分散を指示した。大勢でいても的になるだけ。ここから先はゲリラ的に動く。
「部隊の編成は任せる。今、重要なのは時間だ。膠着状態になれば補給路のないこちらに勝ちの目はない」
本作戦は電撃作戦。オルヴェリン側は潤沢な補給物資があるため籠城することは問題ない。しかし、こちらは住宅区画を占拠しただけ。兵站の差で負ける。故に敵が体勢を立て直す前に倒す必要がある。そして幽斎にとって不本意だが命令しなくてはならないことがある。
「ただし……うぅ~、ただしシュウ、カーチェは別だ。お前たちは二人でチームを組んで中央へ向かえ。それが敵全体の撹乱にも繋がり、我々の勝利にも繋がる」
「二人……?師匠は来ないのですか?」
「儂はここを離れるわけにはいかんだろう!指揮官が遊撃部隊に参加するかばかっ!」
「確かに……ではこの戦では師匠と此度でお別れですか……」
幽斎は指揮官として軍隊を指揮しなくてはならない。宗十郎たちが中央に乗り込み玉座を手にしたら終わり。幽斎の仕事はそれまで亜人たちを率いて、この都市を占領することである。それはとても大事な仕事だ。
「……別れることはつらいですが、必ずまた再会しましょう。拙者は師匠の名誉汚さぬ戦いをすることを誓います。そして無事全てが終われば……また共に修行をしましょうぞ!」
「!……あぁ!あぁ!!勿論だシュウ!!敵は底しれぬ相手、ブシドーとしてこのようなことを言うのは些か間違いかもしれないけども……必ず生きて再会するぞ!」
師弟の絆、固く誓い合う。そして宗十郎たちは立ち去っていった。連合軍とは別に、敵全体の注意を引き付けながら目指すはオルヴェリン中央庁へと!
都市の中を駆け巡る二つの影。宗十郎とカーチェである。カーチェは宗十郎のような高速移動はできないため、宗十郎に抱えられる形で移動している。都市構造を熟知しているのは彼女のみ。故に遊撃部隊として必須なのだ。カーチェの的確なガイドが着実にオルヴェリン中央庁へと案内していた。
雨の音が鳴り響く。灰色の空から雨粒が落ちてくる。街は水たまりに映る光を探し、いつの間にか宗十郎たちの足音と雨音。それだけか続いていた。
降り注ぐ雨は視界を遮りうっすらとしか先が見えない。
「…………!」
故に最初は置物かと思っていた。人型の置物。あまりにも巨大で、人間にしては不釣り合いだったからだ。
だがそれは間違いだった。それは動き出す。まず連想したのは巨人族。ありえないことだった。そんな存在がオルヴェリンにいるとは聞いたことがない。だが現にそこにいる。片手でサムライブレードを構え迎え撃つ。振り下ろされるその一迅の刃はかまいたちの如く鋭さを纏っていた。
「なに!?」
サムライブレードは弾かれる。凄まじい膂力。恐ろしい怪力だった。地面に二人は転がる。
カーチェは目の色を変える。片手とはいえ宗十郎が膂力で負ける相手、場合によっては加勢しなくてはならない。こんなところで止まるわけにはいかないというのに。
雨の中、目を凝らし巨人が何者なのかカーチェは見た。自分の知らない異郷者で間違いはない。こんな巨人など存在自体を知らないからだ。
「───え」
絶句した。言葉を失った。カーチェは唖然とし、頭の中は真っ白となった。目の前に振り下ろされた、巨人の剣にすら気が付かないほどに。
呆然としていたカーチェの腕を宗十郎は掴み引っ張る。衝撃音。カーチェのいた場所は粉砕されていた。
「ああ、ああ、見つけたぞ、見つけたぞ宗十郎!この時をずっと待っていた!見ていてカーチェ様!今、今今貴方を解放してあげます!そこの卑劣な異郷者の洗脳からお救いさせてあげます!!」
彼女の名はリノン。オルヴェリン中央庁に務め、カーチェを慕い、そして宗十郎がオルヴェリンから逃亡する際に立ちはだかり、あえなくカーチェと共に逃げ去る様子を瓦礫の下でただ無力に眺めていた女騎士である。
その姿は見る影もなかった。肉体は肥大化し、一.五メートル程度であった彼女の身長は今や三メートルにまで伸びている。
筋肉もそれに応じて膨れ上がり、血管が脈動しているのだ。その肥大化した肉体にはかつての女性らしさは何一つ見受けられず、継ぎ接ぎのように部位の所々には縫い目が見えて、凄惨の人体改造の跡がわかる。
唯一、頭部だけは元の面影を残した女性の顔が見受けられるが、それがより一層悍ましく残酷な姿を際立たせる。最早人間ではない。悍ましい研究の成れの果てだった。
「お主……あの時の女騎士か?なんだそれは……それは……」
宗十郎も困惑を隠しきれない様子だった。このような存在を見たことがなかったからだ。悪意の塊。どうすればここまで残酷になれるのか、理解ができない。
「カーチェ様!私は私は!力を手に入れました!見ていてください!貴方を苦しめるこの男は!私が今ここで殺しますから!!」
その巨体に似つかしくない動き。大地が爆ぜた。一直線に宗十郎に向けて突き進む。しかし宗十郎、これに恐れず構え迎え撃つ。動揺こそはしてもブシドーが遅れをとることなどありえないのだから。
「私が……私が悪いのか……?お前がそんなことになったのは、私が……」
その一撃には最早騎士の誇りは皆無であった。膂力に任せただけの一撃。だがその膂力は圧倒的で、宗十郎ですら抑えきれぬほどだった。だが……だがしかし!
「何をしているカーチェ!先に行け!今、ここでお前が止まれば全ては水疱!!」
既にわかりきっていた。リノンはもう戻れない。不退転の改造。だが、だがしかし!
「オルヴェリン中央区は区画整理が十分にされている、近道回り道などない!道案内はもう不要!宗十郎!今、ここで彼女を……終わらせる!!」
自分のするべきことは立ち止まることではない。先に、先に進まなくてはならない。だがしかし、どうして目の前で苦しんでいる仲間を見捨てることができようか。
改めてリノンの姿を見る。面影は最早、頭部しかない。一体誰が、こんなことを。
「はぁ……はぁ……!宗十郎……!カーチェ様に集る蛆虫異郷者……!殺す殺す殺す、殺してやる!」
通常の精神状態ではない。宗十郎は確信した。当然のことだ。これだけの肉体改造をしておいて、平然といられる筈がない。正気など既に喪失しており、ただそれでもカーチェに対しての思いと宗十郎に対する憎悪が自我を保っているのだ。
「哀れとは言わぬ。それがお前の選択した果てならば。だが拙者にも退けぬ理由がある。いざ尋常に……参る!」
サムライブレードを握りしめる。前口上は不要。元よりそれを敵は許してくれなかった。カーチェを無視し宗十郎へと突っ込み、ただひたすらに乱暴に剣を叩きつける。そこに人間らしさは皆無。まるで猛獣の類である。
「それがお主が欲した力だというのならば……ブシドーを舐め過ぎだ!まだあの時、騎士として立ちふさがった時の方が強敵地味ていたぞ!!」
力任せの太刀筋など簡単に見切れる。これは介錯である。魔道に落ちた哀れなものへの。剛剣が振り下ろされる。容易い太刀筋だった。躱して、振り下ろしきった瞬間を狙い……。
「ぬぅ!?」
信じられぬ挙動だった。振り下ろされた剣は地面に叩きつけられ、そしてゼロコンマ、時間差なく、振り上げる。
ありえぬ剣術。体重、重力を乗せられないその動きでは敵を斬ることも困難。しかし、信じられない膂力がそれを必殺の一撃へと変貌させる。サムライブレードとぶつかりあい、弾け飛ぶ火花。膂力だけでブシドーと張り合っているのだ。
「まるで猪よ!その力!大したものではあるが、心も技もない!心技体!三位一体こそが武の正道と知れ!」
再度振り下ろされた剣を躱し、宗十郎はそのまま切り返す。剛剣ではなく冴えわたる剣技こそが彼が修めた剣技。
リノンの腹部から血飛沫が巻き散らかされる。手応えありと見た。
「……いや、これは何だ。それは一体、何なのだ」
振り向きざまに残心。その一連の所作の中で、見慣れぬものを見た。血飛沫。目の前で流しているのは青白い液体。血飛沫では……ない。
腹部、宗十郎が切りつけた部分。苦しみながら青白い液体がボトボトと流れ落ちている。それは蠢いていた。まるで、まるで蟲のように。
宗十郎はブシドーサーチを行った。この奇妙な存在を知るために。
「……!うっ、ぐっ……!ぬぅぅぅ!!」
嘔吐感。目眩。気持ち悪さ。サーチした瞬間、そんな不快な感情が脳内を駆け巡った。
なんだこれは、なんなんだこれは。
理解できず口元を抑える。そこに影。リノンが青白い液体を垂らしながら、近づいていた。
「しま───」
轟音。叩きつけられる。圧倒的膂力をもって激震が響き渡る。完全に意識の範囲外だった。意味不明の存在に、心ここにあらずだったのだ。
防御は最低限。本能的に展開していたブシドーで絶命は免れた。だが頭部へのダメージが深刻。脳震盪により意識が集中しない。そこに追撃の返しの刃が迫るのだ。
こうなっては是非もない。全身全霊でブシドーを集中させ防御態勢。受け止めることを覚悟した宗十郎だったが、その返しの一撃は大きく外れる。バランスを崩し、リノンは転倒したのだ。
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