師匠の苦悩

 カーチェは仮設本部を設立しエルフたちから現在の戦力を確認しており、どのようにして攻め入るか軍略を練っていた。各亜人にも連絡し亜人連合軍を作るのだ。


 「カーチェ氏は軍略の知はあるのか?」

 「知らん、だが騎士とはそれなりの知識はあるのではないか?」


 宗十郎と幽斎、ハンゾーはすることが無いので大人しく仮宿に集まっている。元の世界では殺し合いをした関係ではあるが、そこはブシドーと忍者。争いの理由なければ刃交わすことはない。クレバーなのだ。何より久方ぶりの同郷同士の集いなのだから。


 「ふむ……であるならば此度の戦は厳しいな。諜報していた時に聞いたのだが、オルヴェリンには大層な軍師がいるとか」


 軍師の存在は戦争には不可欠である。当然オルヴェリンにもそのような役職者はいるのだが、亜人連合軍にはそのような者はいない。


 「軍師か。確かに軍師抜きでは戦も厳しい。謀略諜報の類はハンゾーがいるこちらに分があるが……軍略、計略、策略を生業にしているものは確かにいない……ただその点は考えがある」


 考え、というほどでもなかった。

 宗十郎の師である細川幽斎は軍略家としても知られている。無論、その真骨頂は戰場での戦いにあるのだが、並の軍師には劣らぬ類まれなき才覚があるのも事実。

 故に彼、もとい彼女を軍師に据えれば問題はないと宗十郎は考えているのだ。


 「ふむ、ではその考えとやらはあとで聞くとして。お主は随分と某を買っているのだな」

 「……?武芸はともかく、謀略諜報でお主が引けをとることがあるのか?」


 当然のように宗十郎は言い放ち、ハンゾーは目を丸くする。驚き隠せなかった。当たり前のように自分を評価している宗十郎に。


 「ありえぬな。そうとも某こそはトクガワのマスターニンジャ。トクガワの名に誓い、引けをとることなどありえぬ」


 故にハンゾーはその信頼を真っ向から受け止めた。それが彼の矜持であるのだから。


 「その意気や良し」


 その言葉を聞き、宗十郎は笑みを浮かべ答える。二人の間にわだかまりなどない。共に戦う戦友といがみ合う理由などないのだ。


 和やかに会話する宗十郎とハンゾー。それをただじっと幽斎は見ていた。その視線に気がついたのかハンゾーはハッとして咳払いをした。


 「これは失礼した。某がここに来たのは、宗十郎。お主と今一度こうして話をしたかっただけのこと。安心したぞ。異世界に来ても、変わり無いようでな。それだけだ。恋人との逢瀬を邪魔するつもりはない。失礼する」

 「え、いや違うってハンゾーとやら!ちょっと!!」


 幽斎は突然声を上げてハンゾーを引き留めようとするが、ハンゾーは「照れなさんな」と笑いながらあっという間に立ち去っていった。恐るべしは忍者の引き際の早さである。


 「そういえば、師匠の説明をハンゾーにしてはいませんでした。拙者と師匠……細川家の関係は知ってるはずですし、大方細川家の令嬢と勘違いしたのでしょう。師匠の今のブシドーは肉体が変質したからなのか、元のと若干異なっておりますし」


 つまり、細川幽斎の弟子であるならば細川家の女と婚姻を結ぶことになってもおかしくはないという話である。実際、ブシドー社会では師や主君の家系の者と婚約することは不思議ではないどころか、それが一般的なのである。


 「むぅ、それはそうなのだが……随分と平静ではないか?」

 「……?事実ではありませんか」


 ───そのとおりだ。言われてみるとそのとおりなのだが、どうもモヤモヤする。

 幽斎は言いようのない感情はともかくとして本題に入った。


 「シュウよ、覚えているか?亜人王との立ち会いのことを……」

 「はい。あの時は怒りに我を忘れ無様な姿をお見せしました。罰は受けるつもりです」

 「いやいや、そうではなくて……ほらぁ……その……あれ……よ」


 もじもじと頬を染めながら幽斎は歯切れの悪い言葉をつぶやく。宗十郎には何のことか想像がつかない。師匠の思いを汲み取れない未熟な自分をただひたすら恥じた。宗十郎は地面に頭を叩きつけた。


 「申し訳ありませぬ師匠!拙者!師匠との関係に間が空きすぎたためか、何が言いたいのかわかりませぬ!無礼であることは承知です、どうか具体的に言ってください!」


 額から血を流し真剣な眼差しで宗十郎は幽斎を見つめる。幽斎は思わず目をそらした。


 「し、師匠!?何故目を背けるのですか!!?」


 その行動が幽斎自身理解できず、ハッとする。困惑しながら宗十郎に向き直る。


 「い、いやすまぬ、他意はないのだ。それでその、言いたいことというのは……ど、ど…『ドキドキ☆ユウちゃんマル秘プロマイドシリーズ』のことなんだけど」


 赤面しながら幽斎は答えた。宗十郎は意味が分からなかった。しばらく沈黙が続く。宗十郎はブシドーブレインを総動員させて、出た情報を整理し推測した。おそらく怒気怒気云々というのは何らかの固有名詞。そして師匠は亜人王との戦いについて話をしている。あの時、見せた固有名詞に通じるものは異次元へと繋げた黒点、亜人王とカーチェの技……そして。


 「あ!これですか師匠!!」


 懐から幽斎の際どい写真を取り出す。写真の中の幽斎はセクシーポーズを決めて扇情的な表情を浮かべていた。


 「そう!それそれ!とりあえず渡してくれない?」


 笑顔を浮かべる幽斎に、宗十郎は迷いなく渡した。そして幽斎は渡された写真をブシドーで燃やし尽くした。情熱的なブシドーは炎すら超える熱量で相手を燃やし尽くすのだ。


 「師匠……お怒り痛み入ります……」「他にないよね」


 師の気持ち察し宗十郎は悔やみの言葉をあげるが、間髪入れずに真顔で幽斎は宗十郎に迫る。


 「師匠は決してこのようなことしないのは勿論わかっています。全ては亜人王の企て。このような娼婦まがいな、下品な振る舞いなどありえません。拙者はわかっていますとも!」


 そんな幽斎の態度に、宗十郎は弁明する。敬愛すべき師匠がそのようなことをするはずがないと、自分は全て理解していると伝えたかったのだ。


 「ほ・か・に・もってないよね?」


 だが、言葉を間違っているようだった。

 宗十郎は血の気が引いた。これは本気で怒っている目だ。例え容姿は女体となろうとも、その魂はブシドーを通して伝わる。修行時代に度々見せた、本気で怒っているときの態度である。同時に懐かしくも感じた。あれはいつの日だったろうか、自分が師匠に良いところを見せようと山の主に───。


 「シュウ、あたしは他にないかって聞いてるんだけど?」


 いつの間に肩を掴まれていた。ギリギリと万力のように掴まれて骨が軋み始めている。姿変わろうと達人ブシドー。その気であれば宗十郎の肉体など容易く飴細工のように砕くことも可能であろう。そしてその表情は笑顔を浮かべてはいてこそ、宗十郎の過去回想を打ち切るほどの、過去類にないほどの気迫であった。命の危険を感じる程度には。


 「ないです」


 宗十郎の頭は極めてロジカルであった!とにかく短く、そして確実に伝わる言葉を選び、師匠に答えたのだ!肩にかかる力は和らいでいく。


 「シュウ、まずは誤解を解かなくてはならない。これは強制されたものではないのだ」


 驚愕の事実だった!宗十郎の頭の中は真っ白になる。亜人王に強制されたわけではない……ということは別に黒幕がいるということだからだ。


 「なるほど……失礼しました。拙者としたことが真の敵を見失っていたということですね。それで、このような売女のような振る舞いを師匠に強制させた鬼畜外道は誰ですか」


 パンっ!平手打ちが宗十郎に入る。幽斎が無言で宗十郎を叩きつけたのだ。宗十郎は何をされたのかすら理解できない目で幽斎を見つめていた。


 「先程から、娼婦だの下品だの売女だの……。お前には人の心がないのか!」

 「え……いや……し、師匠?拙者はその……え……なんで……?」


 意味がわからなかった。宗十郎のいた世界で先程、幽斎に焼かれた写真の数々は下品低俗低劣極まりないものであったからだ!

 嫁入り前の娘があそこまで肌を露出するなどありえぬことだ。故に宗十郎は完全に困惑していた。それらを教えたのは紛れもない師である幽斎。そんな師に矛盾した言葉を叩きつけられているからだ!


 「良いか、世の中には自己表現の一つとしてこういったことを選択するものもいる。そう、お前には教えきれなかった雅さだ。だというのにお前は何だ。そういった者たちを理解しようとせず、差別するような発言を繰り返し、侮辱する。これのどこにブシドーがある」


 稲妻に打たれたような感覚だった。確かにそのとおりである。世の中には言葉では説明しきれない事情というものが数多く存在する。だというのに、自分は一般的価値観でレッテル貼りをして……差別をしていた。人の職業、考え方の数々を!

 宗十郎は項垂れる。


 ───なんということか。師匠にぶたれるのは当然であった。ここまでされても、結局気が付かず、言葉で説明されようやく答えを得るなど、未熟な童そのもの。


 ちなみに、これは幽斎の弁明!どうにかして正当化しようとしているだけである!センシティブな問題を半ば無理矢理に理論手繰り寄せて、何とか愛弟子の理解を得ようと目論んでいるに過ぎないのだ!卑怯、小狡いとは言わせない!これは正当な主張であり、事実としてその主張は間違いでもないからだ!


 そんな幽斎の狙いを知らず宗十郎は無言でサムライブレードを取り出す。


 「腹を斬ります。数々の拙者の無礼、生き恥。どうか命をもってして謝罪します」


 宗十郎にとって師匠である幽斎の言葉は全て。真実なのだ。取り返しのつかないことをしてしまったと速やかに認め、詫びの心を見せなくてはならない。

 だがその腕は動かない。否、動かせないのだ。幽斎にその腕を掴まれたからだ。微動だにできない。体格は宗十郎のが上だというのに、これがブシドーの為せる技だと惚れ惚れしながらも、幽斎に困惑の眼差しを向けた。何故、謝罪をさせてくれないのかと。自分の命にはその価値もないということなのかと。


 「バカ弟子が。お前がしたことはあくまで儂にのみ。儂とお前は家族のようなもの。家族の無礼を死をもって償わせる奴がどこにいる?」

 「し、師匠……!」


 その慈悲深い答えに宗十郎は涙を流す。万死に値する無礼を許してくれる器の広さに感動千万だった!


 「そういうことなので、シュウよ。亜人王に対する怒りは間違っているとわかったな?」

 「はい……。ん?ですが師匠、結局あの写真はどういう意図で……?いや、というか今の言い回しだと師匠は好きで……?」

 「シュウ!!」

 「は、はい!!」


 幽斎は大声をあげる。珍しい振る舞いに宗十郎は背筋を伸ばし返事をした。緊張が走る。そんな宗十郎に優しく幽斎は肩に手を乗せる。


 「ブシドーとは果てしない旅の道筋だ……良いな?」

 「……?」


 宗十郎は幽斎の言葉の意味がわからなかったが、こう考える。『師匠のことだ。恐らくは大海原よりも深い意味を秘めているに違いない』そう解釈し黙って頷いた。


 「ち、ちなみに全部見ていないんだが、シュウ的にはどれが一番刺さったのだ……?」


 それはそれとして、幽斎自身もよく分からない感情で宗十郎に尋ねる。


 「刺さる……?成る程そうですね、紺色の下着地味たものに白い身体のラインが浮き出るような服を着て球体の物体に乗っかり、白い棒状のものを食べている写真が」

 「ふむふむ、なるほど?」

 「一番怒りを感じましたね。今も思い出すだけで腹の虫が収まりませぬ。洗脳されていたとはいえ、師匠にあのような……行為をさせるなど」


 幽斎はため息をついた。そんな様子に慌てたように宗十郎は取り繕う。


 「い、いえ師匠!これは今の拙者の限界でして!師匠の言う通り、そういった表現にも理解できるよう考えを改めますとも!ただその、そんな簡単にはいかないというか……!」

 「え、いやシュウはこのままで良いって。それが魅力なんだし?」


 そういって部屋から立ち去っていった。一人残された宗十郎は今日の師匠は意味がわからなさすぎて理解できず、ただ唖然としていたのだった。

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