第7話
◇
「なあ、いつになったら分かるんだよ」
「もう‥‥やめっ‥‥あぁっ」
「俺に逆らった挙句、トラブルに巻き込まれやがって。また同じようなことを繰り返すようなら、永遠にここに閉じ込めてやろうか?」
永遠に思えるほどの長い時間、何度も何度も抱かれ、意識を手放しても強制的に引き戻されていた体は、とうに限界を迎えて悲鳴を上げていた。
与えられ続けた強烈な快楽によって、思考はドロドロに溶かされまともに機能してはいない。
教え込ませるように、刻み込むように、壊してしまうように激しく抱かれる。
「こんな傷を負いやがって、手加減してもらえると思うなよ」
女に蹴られたりお腹は青黒く変色している。
眉間に皺を寄せた時雨が、その箇所に指を這わした。
それだけで引き裂かれるような痛みが走る。
踏みつけられた腕も骨折は辛うじてしていないもの、腫れ上がっていた。
それを考慮してかは知らないが、時雨の機嫌を損ねるようなことをした時は決まってベットに拘束される両腕は、片手だけだった。
「お前、分かっててやっただろ?」
「何‥っ‥を」
「挑発したことだ。あいつらがカタギじゃねぇのは一目瞭然なはずだ。それに気付かないほど馬鹿じゃないだろ」
図星を突かれて押し黙る。
怒りを含んだその鋭い眼差しから逃れたくて目を逸らそうとしたが。
「誤魔化せると思ってんのか、あぁ?」
地を這うような低い声に、醸し出す殺気を間近に浴びて、恐怖のあまり涙が溢れる。
「お前には生への執着がねぇ。〝死んでもいい〟って思考が常に頭ん中にあるんだよ。だから、〝普通〟なら身の危険を察知して避けようとするようなことを進んでやる」
〝生への執着〟
その言葉に既視感を覚えた。
「そんな‥こと‥ないっーー」
「嘘吐くな。意図的にやったんだろうが」
「死にたい‥なんて、思ってない」
「んなことは聞いてねぇんだよ」
「私はっーー」
「ごちゃごちゃウルセェんだよ。忘れたんなら思い出させてやる」
「やぁあっーー」
とうに限界を迎えた体に追い打ちをかけるように、腰を持ち上げられて最奥を突かれた。
絶頂に達すると同時に、一瞬だけ意識が鮮明になると、あの時の記憶が思い起こされる。
私はあの時、何を思っていた?
無名が自分と重なって見過ごせなくて、それでーー。
無名が侮辱されたことが許せなくて、あの女に一言言ってやらないと気が済まなかった。
体を撃ち抜かれる光景が頭を過っても、気付かないふりをした。
ーーそうだ、時雨の言う通り私には生への執着がない。
死にたいとは思っていないが、生きたいとも思ってない。
言ってしまえば、どうでもいいんだ。
私にとって、自分の命の尊さなど気に入らない女への罵倒をすることにも劣る。
「それが分かってるから尚更外に出せねぇんだよ。誰が進んで死ににいくようなやつを野放しにするか」
それを、時雨に見抜かれていたんだ。
「お前は俺のものなんだよ。だから、お前の命も俺のものだ。勝手に捨てることは許さない」
〝どうしてあんたにそんなことを決められないといけないの?〟とか〝一体何様なのよ〟とか、いつもなら暴言の一つでも言ってやるところだが、生憎そんな気力は残ってはいなかった。
今の私にできることといえば、与えられる快楽に鳴くことだけ。
「大学が始まるまで十分に時間がある。それまでに解放するかはお前の態度次第だ」
こうなってしまったら、大人しく懐柔されたフリをするのが賢明だと経験上学んでいる。
そうするように、いつの間にか体に教え込まされていた。
私には心なんてものはない。
生まれてきてから、負の感情だけを一心に向けられてきた。
その度に、心が死んでいくのを感じていた。
人から与えられる執着心も関心も、私には無縁のものだと思っていた。
だからそれを、異常なまでに押し付けてくる時雨が怖いんだ。
ずっと欲してきたものを、喉から手が出るほどに求めていたものを、今になって与えられても私にはそれを受け止めるだけの心はない。
生きている意味も、生きていくだけの理由もないのだから、それならいっそ私を求めてくる時雨に差し出してしまえば少しは楽になるのかもしれない。
どうせ長くは続かないのだから、いつかは飽きられるのだから、それまでは好きなだけ弄んで捨てればいい。
そうすれば、この世界から消えるだけの理由が見つかる気がする。
ーー例え、自ら命を絶ったとしても、許される気がする。
存在理由なんていらない。
それが手に入らないことは、身をもって知っているからーー。
生きる理由が手に入らないのならば、
せめて‥‥死ぬ理由がほしい。
でなければ、何故今を生きているのか分からないじゃないか。
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