時雨
第43話
「‥‥そうか」
先生は静かに呟くと、抱擁を解いた。
「‥‥お世話になりました」
最後に言い残すと、振り返ることなくマンションを後にした。
外はいつの間にか闇に染まっていて、冷たい夜風に身を震わせた。
無名から貰った封筒を取り出す。
時雨が怪我したことを知らないはずがない無名が渡してきたものだ。
きっと、時雨の居場所に関する何かだろう。
入っていたものを取り出すと、唖然とする。
何故ならそこに入っていたものは、想像すらできなかったものだから。
一瞬、無名が入れ間違えたのかと疑ったくらいだ。
何で?
どうして?
これと時雨に一体何の関係性が?
訳が分からなくて、動揺すらしながらそれを眺める。
「‥‥プラネタリウム」
〝世界一の美しい星空を〟と書かれた古びれたパンフレットを見ながら、確かめるように呟いた。
タクシーの窓から、いつの間にか降り出した雨を移り変わる景色と共に眺めていた。
「お姉さん。何だってこんな夜遅くに、閉鎖したプラネタリウムに?」
「閉鎖したんですか?」
「ああ、何でも数年前に経営者が亡くなったらしい」
「‥そうですか」
優しそうな男性は、私が行き場所を言うと怪訝そうな顔をしていた。
正直人と話したい気分ではないが、無視するのも悪いと思って軽く答える。
「実は、お姉さんみたいなお客さんを何度か乗せたことがあるんだ」
「‥‥え?」
「若い男だ、お姉さんと同じくらいの歳の」
それまで彼が本当にそんな場所いるのかと半信半疑だったが、運転手さんの言葉でようやく現実味が湧いてきた。
「どんな人でしたか?」
「人一倍顔の整った男さ」
「‥‥もしかして」
「やはり、知り合いかな?」
「‥‥」
「あまりに不思議だったからつい尋ねたんだ。何しに行くのかって。そしたら、『誰にも見つからないところに行く』って。それからも何度か見かけたよ」
「‥‥」
「すまない。余計な話をしてしまったかな」
「‥‥いえ」
沈黙が続くと、やがて人気のない緑の生い茂る坂の上に停車した。
「雨は暫く止みそうにない。お客さんの忘れ物だが、よかったら使ってくれ」
封筒に入っていた1万円からタクシー代を払うと、運転手さんが貸してくれた傘をさす。
少し歩くと、その先にはパンフレットで見たプラネタリウムがあった。
本当に閉鎖していているようで、そのせいかは分からないが、まるでこの場所だけ時間が止まって、取り残されているような感覚がした。
封筒に入っていた最後の一つである鍵を取り出すと、入り口の扉を開けた。
中に入ると、静まり返ったフロアが広がっていて。
「嘘、本当にっ‥‥」
その床に血の跡を見つけて息を呑んだ。
遠くまで続くそれを目印に、居ても立っても居られなくなって駆け出す。
血の跡が途切れた先には、一室の部屋がありどうやら宿泊用に使われていたようで部屋番号が書いてあった。
恐る恐るその扉を開けると、やはり血の跡があって、震える足でそれを辿る。
そして。
「ーー時雨っ‼︎」
ベットに横たわる、見慣れた姿の、見慣れない様子に、衝撃のあまり力無く崩れ落ちると動くことができなくなった。
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