心做し *加筆修正中
佐倉梨子
本編
支配者
第1話
「
長い間、壁に押し付けられたまま荒々しく抱かれていたせいで、意識が朦朧として足に力が入らない。
まるで悪魔の囁きのように、私の名前を呼ぶ男に返答するだけの余裕なんてなかった。
しかし、それをこいつが許すはずもなく。
「シカトするとはいい度胸だな」
私の腰を掴むと、限界を迎えて痙攣する体をさらに突き上げる。
その強烈な快楽に体を仰け反らせると、力が抜けてヘタリと座り込んで必死に息を整える姿を、ヤツは無表情で見下ろしていた。
せめてもの反抗にと睨みつけても、不敵な笑みを浮かべられるだけで何の意味もなかった。
悪態の一つでも吐いてやりたいところだが、生憎と攻め続けられていたせいでそんな気力はなく、逆にこいつを逆上させるだけだ。
「なあ、いつになったら俺の言うことを聞くんだ?」
翠色の髪を掴みあげると、無理やり自分の方へと向かせる。
間近で見据えるヤツの目は、妖しげな光を伴っており燃えるような怒りを含ませている。
突き刺すような空気を肌に感じ、今更ながらも怯えた。
「もう二度と逃げ出そうなんて思わないように、躾けてやらねぇとな」
冷笑を浮かべると私をベットに放り投げた。
「い、いやっ‥‥」
私に覆い被さり、近くの机の引き出しを開けた男が何をしようとしているのかを察し、血の気が引いていく。
ガタガタと震えて逃れようと身を捩るも、圧倒的な力を持つこいつの体はビクともしない。
「お前の居場所はここにしかないのに、一体何処に行くつもりだったんだ?」
取り出した手錠で手首とベットを繋ぐと、顔面蒼白になった私を見てニヤリと皮肉を込めて笑った。
「ああ、そうか母親のところか。確かに、いい口実だよなぁ?」
両手を握り締めて顔を歪ませても、こいつの嗜虐心を煽るだけ。
私から全てを奪い、ここに縛り付けても尚、こいつは満足しないのか。
人の地雷をこれ見よがしに踏みつけて、その上抉るようなことを言うこいつは本当に悪魔なのではないかと本気で思う。
「お前には俺しかいねぇんだよ」
こんなヤツに触れられて、反応する体が恨めしい。
ふざけるな、と心の中で毒吐く。
「どれだけ足掻いたところで無駄だ。お前は俺のものだ。ーー未来永劫、変わらずな」
いっそ、舌を噛み切ってやろうかと思った。
こんな独善的で、最低なヤツのものになるくらいなら死んだほうがマシだ。
「‥‥誰が、アンタなんかのものにっ」
「そうやって反抗できるのも今の内だ」
抱き潰す勢いで散々に抱いたのに、行為を再開しようとする男に恐れをなす。
「お前が壊れるか、俺に順応になるか、どっちが早いんだろうな」
限界を通り越した体を容赦なく貫いた男がそう簡単には解放してくれないことは、身を以て知っていた。
男から与えられる拷問のような快楽に苛まれながら、涙を流した。
この男、
一時期は外に出ることすら叶わずに、この部屋に枷を付けられた状態で監禁されていたが、最近では大学に通う時だけは外に出ることを許されている。
それ以外ではこの広すぎる部屋に閉じ込められ、悪魔のような男の帰りを待つだけの日々に耐えられることなく、何度も逃亡を試みたが、全て未遂に終わった。
その度にこうして酷く抱かれ、手錠を付けられては監禁される。
掛け持ちしていたアルバイトも強制的に辞めさせられて、住んでいたアパートも解約された。
何故そんな真似ができたかというと、時雨が業界最強を謳われる一之瀬組の若頭だからだ。
誰であろうと例外なく、一之瀬組には逆らえない。
逆らえば最後、死よりも残酷な未来が待っているらしい。
けれど、そんな恐ろしい場所に身を置いているという実感が未だに湧かない。
というのも、ここは時雨が両親と同じ建物に住むことを嫌い、離れに作らせた屋敷だからというのもあるかもしれない。
「おい」
「‥‥‥」
「おい、起きろ」
疲労のあまり死んだように眠っていると、こんな目に合わせた張本人が不機嫌な声で起こす。
少し動いただけで鈍く痛む身体に顔を顰めた。
手錠は外してあるが、長時間つけられていたせいで跡になっているし、体中に散らばる赤い痕はいつにも増して量が多い。
所謂キスマークというやつなんだろうが、これはそんな生易しいものじゃない。
〝所有物の証〟
こいつの異常なまでの執着心は、狂気じみている。
何せ、初めて会った他人をその日の内にここに連れてきたくらいだ。
何となく声をかけて、何となく家に入れて、流れでそういう雰囲気になって、目が覚めた時にはこの部屋に監禁されていた。
その間、気に入られる要素もなければ、関心を向けられるような出来事もなかった。
ましてや、初対面の相手に体を許したのだから軽蔑されてもおかしくはないだろう。
だからこそ、どうしてこんなことになったのかは私が一番分からないんだ。
あの雨の日に、気の迷いから声をかけたのが全ての元凶だったんだ。
同じ大学に通っているということもあり、時雨の存在は以前から知っていた。
遠巻きに見たこともあるが、話すことはおろか視線を交えることもなかった。
元より住んでいる世界が違いすぎる。
極道なんて、一番関わり合いを持ちたくない人種だし、出来ることならば今すぐにでもこの関係を打ち消したい。
これから長い人生が待っているのに、こんなところで裏社会に足を踏み入れるなんて御免だ。
「単位が足りないせいで、卒業できなくなっても知らねぇからな」
私の髪を弄びながらそんなことをほざく男に気付かれないように心の中で毒を吐く。
‥‥単位が危ういのは、一体誰のせいだと?
毎晩毎晩、こいつの気がすむまでベットに縫い付けられるせいで体が持たない。
馬鹿みたいに体力あるのよ、この男。
今まで不健康な生活を送ってきたせいで体が貧弱なせいもあるけど、それをものともしないこいつが悪いんだ。
起き上がろうにも体が悲鳴を上げるだけで、身動きすらまともにできない。
「あ?何だよ」
その上、酷く喉が乾いており、水分を欲して手を伸ばすが察するどころか睨まれた。
「‥‥水」
「カッスカスだな、声」
全ての元凶のくせに、鼻で笑い飛ばすこいつは本当にいい根性をしていると思う。
横たわる私に向かってペットボトルを投げてよこすな。
少しぐらい気遣いなさいよ。
この唐変木。
「いつまで寝転がってんだよ」
「‥‥動けないのよ」
誰かさんのせいでね。
そんなことも言わないと分からないの?
「
名前を呼んだのと同じタイミングで、向かいの襖が開く。
「お呼びですか、若」
いつものように笑顔を顔に貼り付けた男が、丁寧にお辞儀をする。
能面のように表情が1ミリも変化しないこの男の名前は無名。
名前がないのが名前という、悪趣味な名を付けたのは時雨らしい。
時雨の補佐兼護衛をしている無名は、唯一時雨が信用している組員らしく、この屋敷の護衛は彼にだけに任せてある。
襖一つを挟んだ向かいの部屋に常に待機しているから、色々と筒抜けだろうと始めの頃は羞恥心や申し訳なさもあったが、いつの間にかどうでもよくなっていた。
今のように、急に時雨が呼んだせいで裸を見られたって何とも思わない。
だってこの男には、文字通り感情というものがないのだから。
気にするだけ無駄だし、気にしたところで自意識過剰みたいで嫌だ。
「こいつを大学まで連れて行け」
頭を下げると、手を伸ばして抱きかかえられる。
手早く服を着させてくれる無名の相変わらずの体の細さに、何とも言えない気持ちになった。
無名は、私ですら心配になるくらいに痩せている。
「‥‥重くない?」
「小夜さんは軽すぎるくらいですよ」
部屋から車までの距離すらも歩くだけの体力が残っておらず、恥ずかしくも無名に運んでもらった。
毎朝必ず母屋に顔を出さなくてはならないらしい時雨よりも先に、無名と大学に向かうのが日課だ。
「怒ってますか?」
「無名に怒っても仕方のないことでしょ」
無名は時雨には絶対に逆らわない。
逃げた私を捕まえて時雨の元に連れて行ったのは紛れもなく無名だが、だからといって責めるわけにもいかない。
無名の境遇も知らずに、被害妄想から辛く当たってしまったことがあるから負い目があるんだ。
「監視をわざと手薄にしたのは偶然ではなく、若の命令だったんです」
「‥‥え?」
確かに、あの日の監視はやけに手薄だとは思ったが、まさかわざとだったとは‥‥。
別れ際に『今度は通用しねぇからな』と言われた意味が分からなかったけど、あれは要するに逃亡を企てる時に、順応なふりをして警戒を薄めようとしたことに気付いたんだ。
私の計画など時雨には筒抜けだったに違いない。
わざと泳がせて、動きを見せた瞬間に捕らえた。
‥‥本当にタチが悪い。
傲慢不遜
冷酷無情
傍若無人
唯我独尊
アイツにとっての世界は、全て自分中心で出来ている。
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