第24話






「うーん」


「そんなに深く考えなくても大丈夫ですよ」


「そういうわけにはいかないでしょ」


「小夜さんが決めてくれるのなら、何だって構いません」




考え込む私を、何だか嬉しそうな顔をして見ている無名。


以前の作り物のような笑顔を忘れてしまいそうなくらいに、自然な顔でにこにことしている。


事の始まりは、自分に似合う名前は何かという無名からの言葉だった。


無名には無名とした名前があるのに、どうしてそんなことを聞いてくるのかと疑問に思うが、前にその名前で不便な時もあると言っていたからそのためかもしれない。



私なんかが決めていいのかと思うけれど、せっかくの無名からの頼み事だからきちんと答えたい。







「‥‥ましろ」


「ましろ、ですか?」


「うん、真白ましろ



ノートに書いて見せると、満足したのか嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。







「ありがとうございます。とても気に入りました」



 

この時の私は、無名が時雨からもらった大切な名前がありながらも仮の名前を考えてほしいなんて不自然な要求について深く考えていなかった。

 



ーーだから。






「ねえねえ、名前なんていうの?」


「一之瀬真白です」


「えー、素敵!前から格好いいなと思ってたの!」


「そうですか、ありがとうございます」




隣で群がってくる女子生徒達に貼り付けた笑顔で短調に答える無名を、げんなりとした顔で見ていた。



ーーどうしてこうなった?







「今から昼食を取るので、お話はこの辺りでよろしいでしょうか?」


「うん、分かった。バイバイ真白くん!」




上手く交わした無名は、何もなかったように食堂で安くて美味しいと評判のうどんを食べた。








「あ、美味しいですねこれ」




いやいやいやいや。



おかしいでしょ?



何で無名が私の大学の食堂でご飯を食べてるの?







いつもはスーツなのに、今日に限って私服を着ていたからおかしいとは思ったのよ。



そしたら当たり前のように教室に入ってくるわ、編入扱いになってるわで本当に驚いた。







「何で同い年設定なの?」


「その方が都合がいいかと」


「‥‥名前、年齢偽造に学歴詐称」


「大丈夫ですよ、小夜さん。一之瀬組に出来ないことはありません」




爽やかな笑顔で言い放つ無名は、さすがはそちらの側の人間というべきかーー。







「若が2週間ほど組の用事で休学することになったので、その代わりに私が大学に通うようにと命じられたのです」


「‥‥用事、ね」




相変わらず私は何も知らないし聞かされていない。



いつものことだけど、せめてひとことくらい言ってくれてもよくないか?



‥‥私の行動は常に監視しているくせに。



考えれば考えるほど腹が立ってきた。




「ごめんね。忙しいのに私のせいでこんなことになって」


「いえ、私としては小夜さんと一緒に学校に通えることを嬉しく思います」


「‥‥ありがとう」




そうよね、せっかく無名が大学に通えるのだから少しでも楽しんでもらいたい。







「ここ、コロッケも美味しいのよ。一緒に買いに行こう?」


「はい、是非」





不思議だ。



学校なんて、毎日のように通っているのに、今日はいつもと違う感じがする。






「小夜さん?どうかしましたか?」


「ちょっとここが分からなくて」


「それなら‥‥」



私が苦戦していた問題を、さらさらと解いたものだから驚いてしまう。






「若の補佐に付く際に基本的な教養を身に付けているんです」



そういえば前に言っていた気がする。



でも、学校に通ってきた私よりも頭が良いとは‥‥。



今までバイトがない時は常に勉強をして、優秀な成績を取って少しでも学費を抑えようと必死に努力してきたけれど、元の技量の差なのかも知れない。



ーー無名は凄いな。



どんなことでもそつなくこなす。



そして、何事にも努力を怠らない。



その姿勢にはいつも感心しているし、尊敬もしている。








「私、この科目苦手で」


「自分でよければいつでも教えますよ」


「いいの?ありがとう。あと、ここも分からなくて」


「そこはーー」




今まで誰かに教えてもらったことなんてないから、妙に嬉しい。



そして、ふと気づいた。






ーーもしかして、これが俗に言う友達というやつではないだろうか?




一緒に昼食をとったり、休み時間にお喋りしたり、勉強を教えてもらったりと、もはや友達以外の何者でもないだろう。





〝友達〟



いい響きだ。



友達、友達、私に友達ーー。






「何かいいことがありましたか?」


「え?」


「とても嬉しそうな顔していたので」



帰りの車の中で、バックミラーを確認すると、ニヤける自分がそこに写っていた。



ハッと浮き足立っていた自分に気づき、正気に戻った。



‥‥恥ずかしい。



まさかずっとこんな緩んだ顔をしていたわけじゃないよね?



想像しただけで鳥肌が立った。








でと、友達なんて無縁の世界で生きてきたから浮き足立っても仕方がないと思う。



私だって人間なんだ、憧れがないわけがない。



人が楽しそうに会話する輪の中に自分が入る想像をした回数など数え切れやしない。






「‥‥小夜さん?」



黙り込んだ私を心配するように声をかけられて我に返った。






「ごめん、何でもないの」


「何かあれば、どんなことでも些細なことでも言ってください。小夜さんのためなら何だってします」


「それなら‥‥」





帰り道にどこか寄り道しない?と言いかけて言い及んだ。



駄目よ。無名は忙しいんだから、これ以上手間をかけさせるわけにはいかない。



学校帰りの寄り道、とても魅力的だけど我慢よ、我慢。






「私としては、頼みごとをされたいんです」


「え?」


「気を使われるのは悲しいです。小夜さんのために何かしたいと日頃から思っているんです」




私の考えを見透かしたような無名の言葉。



そうか、前に無名と私は似ているという話をしたくらいだった。



いつも側にいるんだ、私の考えていることなんてお見通しか。







「良かったら、何か買って帰らない?」


「勿論、喜んで」





微笑みかけられると、温かい気持ちになった。



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