第47話
離れていた時間を埋めるように。
離れていた心を繋げるように。
何度も何度も、時雨は私を求めた。
「し、ぐれっ‥‥っ」
「小夜」
「やぁ‥‥んぅっ‥‥」
彼から与えられる熱を感じるのは随分と久しぶりで、過剰なほどに反応する体は制御を失い、意識が朦朧とする。縋るように名前を呼ぶと、その度にちゃんと答えてくれる。そのことに安心感を得ながら、貪るように激しく抱かれる。
「あぁっーー」
意識を失いそうになると、その度に噛み付かれて引き戻される。
大した痛みもないし、血が出たり痣になるわけではなく、ただチクリとした感触と歯跡が残るだけだ。時間の感覚すら失うほどに抱かれ続けていれば、いつの間にか体中を覆い尽くすほどの赤い痕や歯跡が広がっていた。その痕は、時雨が私を求めた証であり、彼のものである証でもあるから愛しさすら覚える。
「時雨っ」
後ろ向きで抱かれながら、胸の先端を掴まれて奥を貫かれていた私は、振り向きながら時雨を見た。
〝顔が見たい〟と伝えるだけの余裕がなくて目で訴えれば、いつもより余裕がない時雨に抱き寄せられ、いたわるように荒い呼吸を繰り返す背を撫でてくれる。
時雨の目に冷たさはなく、熱情を含ませながらも優しい光を宿らせていて。その瞳に安心した私は、擦り寄るようにして彼に抱きついた。いつものように髪を梳いていた時雨の指先が、そっと首に触れた。何かを確認するように手を這わせると。
「‥‥悪かった」
いつかの謝罪を口にした。あの日のことで、時雨が謝るようなことは何もない。あんなことをさせたのは、全て私のせいだ。
時雨は何も悪くない。
見ての通り大丈夫だから心配しないで。
けれど、時雨はそんな返答が聞きたいわけではないのだろう。代わりに首を撫でる手を掴みぎゅっと繋いだ。その意図を察したらしい時雨は、繋いだ手に力を込めると私をベットに押し倒した。再びやってくる強烈な快楽に溺れながら幸せのあまり涙を流す。
「‥‥や、やだ」
「は?」
「それ、やだ」
掴んだ太腿の内側に歯を立てる時雨には、私の何もかもが見えるわけで。今までに感じたことのない感覚から咄嗟に拒絶の言葉が出てしまう。
「嫌って、何がだ」
「この格好、恥ずかしい」
繋がったまま動きを止めた時雨に行為自体嫌だと誤解されないように、生まれたての羞恥心を口にする。
思ってもみなかったのか、一瞬呆気に取られた様子の時雨はやがてどこか満足そうに笑った。
「恥ずかしいだと、お前が」
「‥‥そうよ。何か文句でもあるの」
「俺にも無名にも、裸を見られても無反応だっただったお前が?」
段々馬鹿にされていることに腹が立ってきて、顔の真横にあった腕に噛み付いた。
「ガキかよ」
「‥‥なら、そのガキに欲情してるあなたも子供ってことになるわね」
何が面白いのか、私を抱き締めながら楽しそうに笑う。こんな年相応に笑う時雨は初めて見たかもしれない。
「お前、いつもそうしてろよ」
「そうしてろって、何が」
「思ったことや感じたことがあれば俺に言え。全部聞いてやる」
私にこんなことを言ってくれるのは、後にも先にも時雨だけだろう。誰からも疎まれて、虐げられてきた人生だった。それなのに、側にいていいって、話を聞いてくれるって。それがどれだけ救いになるかなんて時雨には分からないだろう。
「なら、抱き締めて」
「もうしてる」
「‥‥もっと」
抱き締める力を強めてくれる時雨の体温から安心感に包まれる。もっと、もっと欲しいと醜い欲望が溢れて止まらない。時雨は私のものじゃないのに、私のものになるはずもないのに、この熱を手放したくない、私だけが知っていたいと心の中で叫んでしまう。
「何が欲しいんだ」
まるで、心の中を覗かれている気分だ。
「その目は、何を求めている」
「‥‥私は」
「言え」
「‥‥」
「言ってくれ」
私が欲しいものは言葉にしたところで、絶対に手に入らないものだ。ならば、いっそ口に出してしまえば少しは楽になるだろうか。
「時雨」
「ああ」
「ーー時雨が、欲しいっ」
その瞬間、自分と時雨との境界線が分からなくなってしまうくらいに、深いところで繋がった。
「くれてやるさ。幾らでも、もう要らないって泣き叫ぶほどにな」
全身が性感帯になったみたいだ。視界が眩んで、何も見えない。感覚だけが研ぎ澄まさせれ、他の全てを遮断された私の世界にはもう時雨だけしかいない。恐ろしさすら感じる状況に反して、私の身はただひたすらに快楽だけにふけっていた。
意識を失う寸前まで、時雨の名前を呼び続けていた気がする。途中から、自分でも何の言葉を発しているか判断できなかった。
「俺の、俺だけの小夜」
ーーああ、溶けてしまうそうだ。いっそ、このまま時雨と一つになってしまえれば、どんなに楽だろう。どんなに、幸せだろう。
ずっとずっと、この熱に浸っていたい。時雨だけを感じて、時雨のことだけを考えていたいと、心の底から願った。
その願いが、決して叶うことはないと知っていながら、愚かに。
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