第11話




ここに来てからというもの、私の生活は一転した。



身の回りの事は全て使用人がするから、特にこれといってすることがないのだ。



何かに追われるようにして生きてきた頃とは打って変わり、今の私は暇を持て余していることが多い。



無論、精神的ストレスや肉体的ストレスは相も変わらず、というより悪化しているようにすら思える。



だが、それも時雨がいる時限定だ。



時雨は若頭ということもあり、家にいないことが殆どだ。



それでも、どんなに遅い時間になろうと必ず帰ってくるものだから、一日中平穏な時間を送ることは叶わない。





‥‥本当、時雨さえいなければ平和なのに。




まあ、時雨がいなければ私がここにいる理由がなくなるから嘆いたところで仕方がないけど。



自室に出入りする人は、必要最低限にしている時雨。



しかし無名だけは特別で、部屋に連れ帰っただけでなく自分のベッドに寝かせていた。







「お前が面倒を見ろ」


「それはいいけど、病院とかに連れて行かなくてもいいの?」


「休ませとけば治る」





‥‥答えになってないんだけど。



でも、時雨は決して無名を無下にしているわけではないから、これ以上私が口を出すことではないか。










「大丈夫?」




仕事中に抜け出して来たらしい時雨が戻った後、目を覚ましたらしい無名に声をかけた。






 


「小夜さん?ここは‥‥」


「時雨の部屋よ。それより、容体はどう?」


「問題ないです」




青白い顔をしているくせに、無名はいつものように作り笑いを浮かべた。







「‥‥そうよね。あなたなら、例え大丈夫じゃなくてもそう答えるに決まってる」






聞き方を間違えた。



無名相手に意見を求めるにはどうしたらいいのか。








「どこか辛いの?私にしてほしいことは何?」




少し傲慢な尋ね方にはなってしまうが、こう言ったほうが無名は答えてくれるだろう。







「傷口が少し疼くので、手当てをしてもらえると助かります」




私の意図が伝わったのか、柔らかく微笑んだ無名。



大丈夫かと聞かれても、大丈夫としか言えない体質なんだろう。



だからこうして判断を仰ぐようにしたほうがいい。



こういった面では、私と無名は似ているんだと思う。



似ているからこそ、ある程度の思考回路が読めてしまう。



「‥‥実は、人に触れられることに抵抗があるんです」




傷の手当てをしている最中、そんな事実を吐露された私は手を止め固まった。







「‥‥え?」



今まさに触れているし、今までも運んでもらったり支えてもらったりと日常茶飯にしている。






「酷い時には嘔吐したりすることもあります。特に異性に対して。これは、以前の境遇による後遺症ですね」




貼り付けた笑みを維持する無名に対し、顔面蒼白になっていく。



まさか、今まで無名はそれを我慢して私の世話をしていたの?



もしそうなら、私は一体何てことをーー。







「ですが」



そんな私の思考を遮るように、続けた。






「小夜さんが相手だと、不思議と何の感情も湧かないんです」


「それなら、いいけど‥‥」


「はい。こうして一緒にいて、穏やかにいられるのは小夜さんだけです」




貼り付けた笑みではなく、自然に笑う。







「少し眠ります」


「そう」


「できれば、側にいていただいてもよろしいでしょうか?その方がよく眠れる気がします」





眠いのか、頼りなく瞬きを繰り返す無名。



椅子から立ち上がり無名の横たわるベットに腰掛けると、安心したように微笑み目を閉じた。

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