〈修羅と淑男〉二、【青の蝶】その①

 二、【青の蝶(あおのちょう)】

 

 それから父の後を追い母も死に、文碧は二十二歳という若さで文家の当主となり、商談を取りまとめ仕切り、文家を発展させてきた。そしてその手伝いをする文淑は二十歳のときには郊外を回り、商談を引き連れて文碧の右腕として働いた。

 

 そして文淑が二十二のとき、貴族の娘が文家に嫁いできた。始めは当主の文碧にということであったが、文碧は自分の病気を持ち出しこれを断り、文淑のもとに嫁ぐことになった。女の名は「白梅」といった。文淑から見ればその女は、姉が時の皇太子の貴妃となったせいで、その姉と比べられ、忘れ去られ、貴族の娘のくせに、二十という年で、商家に嫁いできた哀れな娘だった。その上嫁ぎ先をたらい回しにされ、やっと決まった商家との縁談も一度断られかけた。控えめで、教養意外になんの取り柄もない娘だった。

 ただその娘のことを弟の文飛はひどく気に入り、一人目の蝶として迎え入れることとなった。もともと文淑は商談のために家を開けることが多く、結婚していてもいなくても変わらないと思うふしもあり、それに文淑にとって、女は情欲に顔を歪めるもので、到底愛することなどできるものではなかった。

 

 その一年後、文淑は廃れた農村で傷だらけになった娘の紫翅を見つけ、蝶の巣に住まわせ、それから1年にだいたい一人ずつ、商隊の遠征の度に、女を見つけては拾ってきた。

 見世物小屋で、淡雪と淡霞を

 娼館で霖鵜を

 東北の奴隷商で金檀を

 遊郭で小雀を

 そしてついに蝶はあと一人のところまでになった。

 

 南部商人との商談を成功させた文淑は、鮮やかな青の地に、鶴の刺繍がしてある衣を着て、手には黒檀の扇子、いかにも貴公子と言わんばかりの出で立ちで、手持ち無沙汰に街を歩いていた。すんで遊郭の前を通りかかる際に顔を傾ける。女達は嬌声を上げ、木蓮香の甘い香りにクラクラとしながら文淑に声をかけてきた。

「お兄さん!寄っていってよ!」

 三人の妓女はだらしなく衣をはだけさせ、身をよじって踊るようにして文淑に近づいた。

「私に声をかけているのか?お前たちは」

 文淑は扇子をぱちんと打ち鳴らした。袖を返して腕を組む、途端妓女たちは団子のように身を寄せ合って花が咲いたように色めいた。

「そうよ、お兄さん。もう。冗談だと思うの?」

「本気か?」

 文淑は眉を潜めて目を細めた。女達はその様子にまた色めきだつ。文淑はゆっくりと妓女の方に近づいていくと、そのまま妓女の一人の腰を引き寄せ顔を近づけた、妓女は息を呑み、その唇油でつやつやとした真っ赤な唇を少しだけ開き、顔を引き寄せ、その唇が重なろうとした瞬間、文淑はがらんがらんと鳴る鈴の音が耳に入った。見ると、競りが始まるようで人が集まっていく。こんな街で競り落されるものと言ったら一つしかない。

「ねえ、続きは、ねえってば」

 そう言ってすがってくる女を引き剥がし、文淑は競りの車の近くに歩いていった。車の中では木枠に入れられた女が競りにかけられていた。妓楼の主らしき派手な指輪をつけた男どもが必死に金額を出し合っている。

「あの女はどうした?」

 文淑は客の一人に訪ねた。

「親父が借金のかたに入れたんだと。年は十八、まだ結婚もしてないってこったあ。つまり、へへ。」

 そう言って男は小さく小指を立て。ニタニタと笑った。

「なるほど」

 見るとその女、黒髪の美しい女で、肌は艶があって美しい。けぶるようなまつげのタレ目に一見不釣り合いなきりりとした眉。

  

「青か……」

 文淑はそう言うと、扇子を打ち鳴らした。

「おい、その女、言い値で買ってやる。」

 その声に、女が顔を上げた。正面から見るとますます美しく、自分好みの女に見えた。

 

 

 文淑はその日、女を競りおろし、そのまま妓楼に入った。競り落とした女の前で、昼間自分に声をかけてきた妓女を抱いた。月が高く登る頃、女達は皆尽き果てて、閨の上でぐったりと横たわる。目をやると、閨の薄いカーテンごしに女がひざまずいているのがわかった。正直この競り落とした女が今自分が弄んだ三人の女よりも美しく自分好みだが……。文淑はカーテンを開くと、閨から降りて女の方を見た。女は落ちついた様子で、ゆっくりと頭を下げた。

「私も、心の準備はできています」

 その声を聞いて、文淑は鼻で笑った。刺繍のしてある上着を羽織り、寝台から降りると、女の顎に手をかけて、顔を持ち上げた。長い髪が両方に振り分けられ、血色のよい唇と艶のある肌が、ろうそくに照らされて浮かび上がってくる。

「お前は、私の弟に嫁ぐんだ。蝶として」

 その声を聞いて女の唇はかすかに震えていた。さあ、お前も落ちてくるのだ、あの蝶の巣に。文淑は心のなかでそう唱えた。

 

 

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