〈蝶の舞〉八、【銀雪音と磁垂音の主】

 八、【銀雪音と磁垂音の主(ぎんせつおんとじすいおんのあるじ)】 

 

 淡姉妹の部屋は隣り合っているが、二人が双子であることから部屋の壁を打ち抜いて行き来できるようにしている。淡霞たんそう淡雪たんせつの部屋はカーテン一枚で分けられた壁があり、カーテンを開けさせ、姉妹の琴の連弾を聞くことができるようになっている。特に淡雪は妹の霞がいないと話すこともあまりしないため、この方法は理にかなっていると言えた。

 

 文飛はこの日、淡霞の部屋から入った。淡霞の部屋は水色の部屋、霞を表すように部屋の端々に水色の絹布が吊り下げられ風に揺られている。青みがかった青磁を基調とした室内に仕上げ、そこにいるだけで青磁の清らかな音が聞こえて来そうなため「磁垂音じすいおん」と名付けた。一番の気に入りは菊の模様が浮き彫りのように付けられている大きな青磁の壺で、寝台の垂れ幕もうつくしい青磁色で統一し、青みがかった翡翠の玉飾りが装飾されている。窓枠には風雲を思わせる彫り細工を施し、銀で作られたサギの形の蝋燭台や花が刺繍されている団扇もみな美しい。

 文飛が部屋に入ると淡霞が歩み寄ってきて絹布がゆらゆらと揺れた。頭を下げると少しほほえみ、今日は連弾を聞きに来たのだと文飛が告げると、部屋の奥に古箏こそうを取りに行った。文飛はその間に雪の部屋のカーテンの前に立ち、雪がどこにいるかを探した。雪は体調が優れないことが多い。太陽の下に出るとすぐに肌が赤んで火傷したようになるため、いつも寝台の上か、古筝を置いている台の直ぐ側に座っていることが多かった。真っ白な調度で埋め尽くされた淡雪の部屋。白木と白磁を基調に作られた部屋は、淡霞と同じように絹布が垂らされて一面銀世界のように感じさせるため「銀雪音ぎんせつおん」と名付けた。文飛は薄いカーテン越しにその姿を探すが見つけられず、ゆっくりとカーテンを開くと、なんと驚いたことに淡雪が直ぐ側に立っているのを見つけた。真っ白な髪には銀で作ってある額飾りを垂らしており、鶴の形に加工された垂れ先の部分がちらりと揺れる。真っ白な上着の上には真珠で作られた飾りが、大きなつけ襟のように肩まで垂れ下がり、薄桃色の唇を少し震わせながら、文飛に近づいてきて、細腕でゆっくりと文飛を抱きしめた。爽やかな茉莉花の匂いと柔らかい衣の感触、細い淡雪の体は抱きしめると折れそうで、文飛は何も出来なかった。

「淡雪?」

 文飛の声に、淡雪は答えなかった。ただじっと文飛の体にくっついて離れない。その肩にそっと触れてみると、文飛は雪の体が全く動いていないことに気づいた。息をしていない。息をするのも忘れて、淡雪は自分に抱きついている。文飛は長いまつげを下ろして目を潜めた。もう一度呼びかけるが返事はない。すんでガシャンという音がして文飛が振り向くと、淡霞が古筝を取り落として、倒れた琴柱を立て直しているのが目に入った。

「淡霞。淡雪はどうしたんだ」

「この間。旦那様に抱き寄せてもらって、それが嬉しかったんだと思いますよ。ね、雪姉さん」

 淡霞は一旦古筝を置いて、淡雪のそばに寄った。額飾りや真珠の飾りまでつけている淡雪の姿にびっくりして霞は目を丸くした。

「姉さん、こんなおめかしまでして、実はよっぽど楽しみだったんでしょう。旦那様が来るのが」

 淡霞は微笑んで、淡雪の腕をつかむと後ろに引いた、ゆっくりと文飛から引き剥がされる淡雪、鼻先が少し赤くなっていた。

「淡雪。そうなのか」

 文飛はゆっくりと微笑んだ。淡雪の髪を手ですいて、ゆっくりとなでおろす。白い淡雪の髪は繊細な絹糸のように見えた。

「旦那様、私……」

 淡雪の声は細く、消えゆく雪のようだった。伏せたまつげも雪が積もっているように白く、ろうそくの光ですら火傷しそうに思えた。文飛はゆっくりとかがんで、淡雪に目線を合わせた。いままで自分と打ち解けてくれなかった淡雪が、やっと話をしてくれるようになったと嬉しかった。

「私……。旦那様に、伝えたいことが」

「何を伝えたいのかな」

 文飛はじっと淡雪を見つめたが、淡雪はしばらく口をつぐんでいた。

「姉さん。旦那様をお慕いしているということでしょう」

 しびれを切らした霞がそう言って淡雪を抱きしめた。淡雪は眉を潜めて、口をぐっとつぐんだ。

 

「ありがとう。淡雪。明日も淡雪のところに来ようね」

 文飛がそう言うと、淡雪はほんの少しだけ笑った。小さく頷いて、顔をうつむけた。

「姉さん、旦那様は私達の連弾が聞きたいんだって。ほら、姉さんも持ってきて」

 その霞の声に、また淡雪は小さく頷くと、淡霞に手を引かれながら部屋の奥に入っていった。しばらくすると古筝を抱えた淡雪が部屋の奥から出てきて、淡雪と淡霞は並んで座り、古筝をかき鳴らし始めた。

 

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