〈修羅と淑男〉三、【空の盃】その②


「てっきり今日は、青黛の部屋に行くのだと思いましたわ。あんな美しい舞をみせられては勝ち目がないですもの」

 金檀は唇油で濡れた分厚い唇で妖艶に微笑む。

「気が変わった」

 文淑はそうとっさに嘘をついた。そのほうがこの女を喜ばせられると思ったからだ。狙い通り金檀は目を細めて微笑んだ。付け爪をした指先を唇に刺して、その肉厚さを見せつけるように顔を傾ける。

「まあ、あの子もしかして、感じぬ病だったんじゃありません?」

「ああ、それよりもっと、たちが悪い」

「残念でしたわね。では、私が、一つ。姉としてお手本を見せなくては」

 金檀はそう言うと文淑の腕を引き、寝台まで連れて行った。月光が差し込む丸窓の下まで行くと、帯紐を解いて下着姿になり、目尻の溶けてしまいそうな恍惚とした笑みを浮かべた。つま先立ちで何度かくるくると回り青黛の真似事を薄い下着一枚ですると、その肉質たっぷりな体を文淑に見せつけ、今度は寝台の上に乗り文淑を押し倒した。

 金檀は文淑の上着を引いて胸を開きなでつけた。そのまま体の上に覆いかぶさって、唇を重ねる。小さく漏らす声は、金檀がまとう甘い安息香の香りと同じように、耳に残る。

「ねえ、文淑様。私、あなた以外他に欲しい物なんてないんですのよ」

 金檀はそう言いながらゆっくりと文淑の帯を解き、顔を衣に埋め、付け爪で文淑の脇腹をチクチクと刺した。

 文淑はその手をつかむと、今度は金檀を引き寄せて押し倒し、一瞬で甘い香りが閨の中に広がった。金檀の唇が震え、悦に浸った眼差しは、一瞬で真っ直ぐな眼光に変わる。

「激しく愛してくださる?誰よりも?」

 金檀がそう言うと、文淑は静かに口づけをした。金刺繍のされた閨の中には月明かりも入らず。その闇の中で二つの影が絡まり合うようにうごめいた。

 

 ✿✿✿ 

 

「珀秀様、芳梅姉さんが、私をいじめるの」

 金檀はそう言って顔を上げた。汗ばんだ黒髪を耳にかけながら、唇を舌で舐めた。

「ほう、どういうふうに」

「この前よ、嫌になっちゃう。自分のお部屋に珀秀様が来たからって、私のことを馬鹿にしたんですのよ」

 金檀はそう言ってうつむき、文淑はその頭を乱暴に撫でた。

「それは、お前がいつも、芳梅を馬鹿にしてるからだろう。頭がかたいとか言って」

 文淑の声に金檀は舌を舐めずった。

「でもそうでしょう。珀秀様。ああいう女って、殿方から見て少々ツマラナイんじゃありませんの」

「そうでもないな。お前は最高の女だが」

 その声にまた金檀は顔をあげる。文淑は髪を引いて金檀の顔を下げさせた。

「私、この蝶の巣で一番、貴方様をお慕いしている自信がありますもの」

 金檀は今度、目線だけ上げて言った。文淑と目が合い、ニンマリと目を細めると、文淑の腹の筋を舌先で舐めながらゆっくりと体を起こし、唇を重ねた。

「そうか、それは頼もしいな」

 文淑がそう言うと、金檀は今度はゆっくりと息をもらしながら微笑み、文淑の肩をつかんで引き寄せながら小さく喘いだ。


 ✿✿✿

  

「そういえば、もうお耳には入ってらっしゃるかしら?淡雪の話は」

 金檀は衣を着ながら、文淑に目線をおくった。文淑が答えないのを見て、だらしなく服を着付けたままその側によった。

「淡雪、四月ほど前に初潮があったとか。十八で初潮だなんて、おそすぎますわね。やはり人間でないのかしら」

「そうなのか?」と文淑は少し頓狂な声を出した。

「あれ、芳梅お姉さまから聞いていないんですの?淡雪は最近ですけれど、淡霞は一年前にはもうとっくに女の体でしたのに、芳梅姉さまは自分が選ばれなくなるって怖くて、嘘をついたんですわね」

「それは本当か?」

「私の愛をお試しになるおつもりですか?愛する人に嘘は申し上げませんよ」

「珀秀様は芳梅姉さんを信用しすぎなんですのよ。あの女は私利私欲のためなら嘘をつくんですわ。恐ろしい人。貴族の娘が聞いて呆れますわね」

 金檀が愚痴を吐くのを、文淑は寝台に肘をつきながら聞いていた。しばらく芳梅のところにも行くまい。何よりこの話が本当なら明日は淡姉妹の部屋に行かなくてはいけない。

「金檀、明日、淡姉妹の室に行く。文飛を頼んだ。」

 文淑はそう言って、金檀の髪をいたずらに引いた。

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