〈蝶の舞〉ニ、【初春に蝶と戯れる】その②

✿✿✿

 

 そうして、文飛ぶんひ芳梅ほうばい霖鵜りんう金檀きんだんは蝶のという部屋についた。今日は新しい女が文家にやって来る日のため、ここに住む女たちはここに一堂に会するのだ。

 部屋に入ると、薄青色の着物を着た淡霞たんそうと、白い着物を着た淡雪たんせつの双子姉妹。黄色い着物を着た小雀しょうじゃく、紫の着物を着た紫翅ししの四人が文飛の事を迎えた。つまり、この屋敷に住んでいるのは文飛と七人の女たちだった。

 文家の屋敷にある連なった八つの部屋、その部屋すべてに美しい女性たちを住まわせることが文飛の蝶の巣であるのだ。

 もともと、文飛は蝶の巣をつくるために蝶を採集していたのだが、どれだけ蝶を集めても巣といえるものを作るまでに蝶は短い生涯を終えてしまう。また、巣といえるものを作れたとしても、それは一週間と持たなかった。蝶は、巣に戻ってくることはなく、ただ徐々に狭い虫かごの中で死に絶え、おびただしい数の死骸が積み重なるだけで、文飛は日夜心を痛めていた。ただそんなときに文飛が見つけたのが、兄である文淑の結婚相手として文家に嫁いできた芳梅だった。芳梅の香りたつはっきりとした顔立ちに、文飛は、これなのだとさとった。そうしてすぐに兄の文碧、文淑に相談し、この蝶の巣を作ることを決めたのだ。弟思いの兄二人は、弟が蝶の巣を作ることに対して積極的で、その後、弟の文景もそれに参加することになった。そうして、芳梅、紫翅、淡雪・淡霞、霖鵜、金檀、小雀の七人が文家にやって来た。

 この七人の女性たちは貴貧に関係なく、文淑の見立てで連れてこられる。屋敷につれてこられた後は、文飛の見立てにより、名前と色を決められ、その色の衣を着て、文飛が調度をあつらえた部屋で暮らすことになる。蝶の巣に住むための条件は美しいこと、従順であること、そして生娘であること、の三つだった。年齢に関係なく、先に蝶の巣に住んでいる女性たちのことは姉と呼び、蝶の巣での生活を新しい姉妹に教えながら支え合って暮らす。現在の女性の数は七人。つまりあと一人で蝶の巣はいっぱいになる。

 

 まず文飛の元に駆け寄ったのは黄色い衣の小雀しょうじゃくだった。小雀は特に際立った美しさや妖艶な体つきであるわけでもないが、所作が美しく、とても従順な女性であった。文飛が椅子に腰を下ろすと小雀は付き従うようにそのすぐ足元に座った。この部屋には文飛の木彫りの椅子以外には長椅子が二つ置いてあり、部屋の四隅には紅木の台と白磁の壺、そこには切り花がふんだんに飾られていて、部屋全体は鈍い赤色の木で作られてある。小雀が腰掛けたのを見て、文飛のすぐ後ろにある長椅子には紫翅が腰かけた。紫翅ししは純白の絹のような肌と真っ直ぐなぬばたまの髪、そして金檀と比べても劣らず、大きく柔らかな乳房が特徴的な女性である。顔立ちは金檀と対照的に、つり上がったきつい目元と、鋭い眼光の持ち主であったが、性格は面倒見のよい姉御肌な女性で、衣の色は名の通り紫である。最後に、文飛と一番離れた所に座るのは双子で蝶の巣へやってきた淡姉妹たんしまい。姉は雪、妹は霞であった。二人とも色白で、柳の枝のように細身の女性であり、切れ長の目と薄い唇、睫毛も雪が積もってしまうほど細く長く、目は宝玉のように透き通っていた。特に姉の雪は髪や睫毛まで白く、赤みがかった紫色の珍しい瞳を持っていた。この姉妹は二人とも控えめな性格で、特に姉の方がその性質が強く、この淡姉妹を除いて他の女たちは皆、文飛を取り囲むように座り、何人かは上着を脱いだ薄着姿だった。

 

涼春りょうしゅん、入ってももいいかい」

 それは文淑の落ち着いた声だった。文飛は目配せして近くの小雀と紫翅に扉を開けさせた。

「兄上、今度の女性はいかがですか?この屋敷の最後の蝶として相応しいですか?」

 文飛は芳梅ほうばいの黒髪を優しく撫でながら言った。

「私の予想の色はもう決まっているんだよ、ここにいるどの女性とも違う。そんな女性をつれてきた」

 文淑は鈍色の上着をはたつかせながらゆっくりと文飛に近づいた。文淑はいつも目だった色の衣を着ることはなく、今日も濃い木賊色の上衣に飾り気のない鈍色の上着という出で立ちであったが、文飛の華やかな美しさと違って、全体的にすっきりと整い、瀟洒な紳士であった。

「兄上は何色だと思ってつれてきたのですか」

 実をいうとこの女性の色を当てるやり取りは三人目の女性の時からの習いとなっていた。

「さぁ、今度も当てて見せるよ」

 今まで、淡雪・淡霞、霖鵜、金檀、小雀のうち金檀以外はすべて当ててきた文淑は、したり顔で答え、扇子を取り出してぱしゃりとうちならした。その合図とともに部屋の扉が開かれて使いのものに手を引かれながら一人の女性が入ってくる。女性はすらりとした体つきで背が高く、白い絹の衣を着ていた。髪は結っておらず、黒髪は風に揺れ、足は纏足されていないことから、富貴な家の出でないということは一目瞭然だった。女は顔を下げたまま文飛の前に頭を垂れて膝をついた。指は細く長く、まるで美人画から切り出してきたかのようで、文飛は目を見張った。

「顔を上げなさい」

 文淑は陽光のような暖かい声でいった。女は肩の力が抜けたのかほっと息をつき、ゆっくりと顔を上げ、部屋にいる全員がその女性を見つめていた。



 

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