〈修羅と淑男〉九、【炎舞】
九、【炎舞(えんぶ)】
蝶の巣は火の粉を上げながら轟々と燃えた。文飛はその中を縦横無尽に駆け回ったが、そのうち足も何もかも動かなくなってしまった。蝶が死ぬ姿を見せるわけにはいけない、という強烈な思いから近くにあった室に入った。意識は朦朧としていて、ここがなんの室なのかもわからなかった。美しい調度はただの灰になり、この世から跡形も無くなるのだ。
仰向けになって激しく咳き込む。先程までかずいていた蝶たちの衣も火の粉を上げながら轟々と燃えた。兄からもらった上着を燃やしながら、蝶の巣を駆け巡り、それぞれの室で一枚ずつ衣を引き出してそれを被った。その衣は美しい蝶たちの記憶を思い起こさせた。
赤の芳梅 真っ赤な梅重ねの裙
紫の紫翅 藤の花を描いた軽い領巾
白の淡雪 百合が刺繍してある袍衣
水色の淡霞 淡い色合いの馬面裙
緑の霖鵜 鯉の刺繍がしてある裙
金の金檀 鳳凰の刺繍のある上衣
黄色の小雀 雀の模様のある深衣
青の青黛 真っ青な裙
芳しい香をまとったその衣は、巣の中を泳ぎ、さながら羽のようにも見えたが、それは甘美な記憶とともに黒く焦げて火の粉となり燃え尽きた。
文飛は自分の肩を抱いて小さく震えた。腕の肌は焼けただれ、石炭のように黒かった。その姿は羽をもがれて地面に落ち、触覚だけを虚しく動かす蝶のようで、その蝶はついに力なく目を閉じた。
だが完全に意識が消えてしまうその寸前に、文飛は誰かが自分の名を呼ぶのを聞いた。
「文飛様」
その声は清らかで、燃え盛る心に降り注ぐ一抹の雪のようであった。
〈修羅と淑男〉終
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