第38話
惑星レオンは帝国の首都として長い歴史を持ち、広大な帝国の領土を収める政治経済の中心地点でもあり、銀河系有数の巨大な惑星だった。
戦艦セージ率いるモリス艦隊は、惑星レオンのイースト・エンフィールド基地に降り立った。
ジェニファーとエリナの後に続いて、ホレイショはイースト・エンフィールド基地に足を踏み入れた。軍人時代と変わらない光景にホレイショは懐かしさを覚えた。
出迎えてくれたのは、30歳後半のくすんだ赤毛の男性だった。軍服に身を包んでいるが、どこかぎこちない印象がある。
「お待ちしていました。エディンバラ殿下、ヴィスコンティ公爵。ギルバード卿から話を伺っております。私は皆様をご案内する『ジョシュア・クロウリー少佐』です。」
「よろしくお願いします。クロウリー少佐。私はジェニファー・エディンバラです」
「エリナ・ヴィスコンティだ。よろしく」
ひとりずつ自己紹介が終わると、クロウリー少佐は背後の小さな建物の中に入っていった。基地の中にある建物にしてはめずらしく豪華な作りになっており、建物の中は派手になりすぎない程度に装飾が施されていた。
「ここは各国の要人たちが一時的に待機される建物です。待合室や貴賓室のようなものです」
ジェニファーの説明によると、ホレイショのような軍人には関わり合いはないようだ。待合室と呼ばれるだけあり、清潔で落ち着いた居心地の良い空間になっている。。
クロウリー少佐は樫の扉を開けると中に全員を通した。会議室はホレイショたちが収まっても余裕がある広さだった。
「私たちもギルバード卿からの指示を受け、改めて惑星破壊兵器の調査を始めました。惑星アナドールに関係のある業者、工場、人物を徹底して不審な点がないか洗い出しました。そして、ある人物に不審な点があると結論づけました」
モニターにある男の顔が表示された。浅黒い肌と黒々とした髪は紅月国の住民を思わせる特徴だった。
「『アシール・オルベイ』は貿易商を営んでいる男です。以前は帝国内だけで商売をしていたようですが、ここ最近は紅月国との取引が急激に増加しています。以前は取り扱っていなかった金属製品を扱い始めた時期と紅月国と取引を始めた時期がちょうど一致します」
「アシール・オルベイが急に紅月国と取引を始めた理由はわかりますか?」
ジェニファーの質問にクロウリー少佐は首を振った。
「それがはっきりしないのです。我々もギルバード卿から紅月国と関係のある連中を徹底的に洗えと言われたので見つけることができたのですが、それがなければ見逃してしまうところでした」
「アシール・オルベイの身柄は確保されているのか?」
エリナの質問にクロウリー少佐は頷いた。
「現在、私の部下たちにこの基地内で事情聴取を行わせています。ご覧になりますか?」
「いえ、事情聴取は専門の方にお任せした方がいいでしょう。押収した資料や書類はありますか?」
「資料や書類は量が多くて運び出すにも時間がかかりますので、ほとんどがオルベイの会社にあります。現場はすでに封鎖し、我々の捜査もすでに始まっています。いかがされますか?」
モニターに表示された地図によると、オルベイの自宅は都会から離れた静かな郊外にあるようだ。ジェニファーは会議室にいる全員を見回したが、反対する声は上がらなかった。
「では、現場に向かいます。お邪魔にならないようにしますので、現場の方に伝えてください」
「承知しました。ではシャトルを手配します」
ホレイショたちは防弾処理が施された大型のシャトルに乗り込むと、オルベイの会社へ向けて舵を切った。
オルベイの会社は大きな建物を所有していた。
経済の中心地で有名な企業が軒を連ねる中、周囲の建物に負けない威容を放っている。
出入り口には立ち入り禁止のテープが貼られ、武装した捜査官が誰も近づかないように周囲に視線を張り巡らせ、何も知らない通行人たちは不安げな視線を向けていた。
ホレイショたちは建物に入ると、女性の捜査員が出迎えてくれた。
「オルベイ社の捜査を行なっていますジュディ・タッカー大尉です」
自己紹介を短く済ませると、タッカー大尉の案内でホレイショたちはもぬけの受付を抜けてエレベーターに乗った。タッカー大尉を加えた大人数で乗ってもエレベーターには余裕があり、目的の階まで素早く静かにホレイショたちを運んだ。
「この会社はオルベイが父親から受け継いだものです。創業者は祖父ですが、ここまで大きな会社にできたのはオルベイの実力があってのものでしょう」
タッカー大尉は扉を開けた。空き部屋に捜査員たちが資料を持ち込み、仮設の捜査本部が設置されている。
「オルベイが仕事をしていたのはこの本社ですが、地方や惑星外にも支店があり、国外にも拠点がいくつかあるようです。全て調べ上げるには時間がかかりますが、すでに捜査は始まっています」
「最新の捜査結果を教えてください」
「オルベイは商才を活かして多くの国や惑星の実業家たちと取引をしています。取引をした相手の中に、危険思想や過激な反乱分子と繋がりがある者がいないか探っています。オルベイはまだ口を割っていませんが、惑星アナドールを攻撃しようとしたきっかけがあるはずです。資料の山からそれを見つけます」
この部屋にいる数名の捜査員たちは休む間も惜しんで働いている。もっと多くの捜査員がさまざまな地域や惑星で働いていると思うと、ホレイショは頭が下がる思いだった。
「他に質問はありませんか?」
「では、社長室を見せていただいてもいいでしょうか? 個人の思考や興味を知るためには、その人の部屋を覗くことが一番早いと思うのです」
「構いませんが、すでに資料や情報端末は運び出した後です。あまり参考になるものはないかもしれません。それでもよろしければ、ご案内できます」
ジェニファーはエリナに視線を送った。
「ここで二手に別れよう。私はここに集められた資料を分析する。君たちは、ジェニファーと共に社長室を見学するといい」
「私もご一緒させてください。語学には多少心得があるので、お役に立てるかもしれません」
ミハエルの提案にエリナは同意した。
「ではミハエル殿に協力を頼むとしよう。ここなら、危険なこともないし、捜査員たちもいる。困ることはないだろう。クロウリー少佐もそれで構わないだろう?」
クロウリー少佐は頷いた。
「私も自分で確認したいことがいくつかあります。社長室はタッカー大尉に任せれば問題ないでしょう。殿下たちをご案内してくれ」
「承知しました。社長室はこちらです」
タッカー大尉の後に続いて、ホレイショとジェニファー、ソフィアは捜査本部を後にした。同じフロアの角まで移動すると、そこにあった扉を開けて中に入った。扉の中は少し手狭で小さな机と空になった本棚があるだけだ。
「ここが受付です。オルベイには秘書がいて、ここで取り次いでいたようです。社長室はさらにこの奥ですね」
手袋をはめると、タッカー大尉は奥の扉を開けた。
広く贅沢に空間を区切られた部屋の奥に広い机が鎮座している。部屋の中央には来客用のソファーが置かれ、いかにも社長が使いそうな部屋だった。ただ、秘書の部屋と同じく本棚は空になり、情報端末も置かれていない
「すでに証拠物件は運び出されていますが、お手を触れないようにお願いします」
ホレイショはタッカー大尉に忠告されたように何にも触れないように気をつけながら窓際までやってきた。広い窓からは暖かい光が入り、帝国の経済の中心地を見渡すには絶好の場所だ。
ジェニファーは空洞になった本棚へ視線を向けた。
「本棚にはどのような本があったのでしょうか?」
「歴史書や哲学書が少しありましたが、大半は経済や経営に関する本です。市販されている書籍で問題のある内容とは思えません。押収する前の部屋の様子はこちらです」
タッカー大尉は携帯端末を取り出すと、保存されている画像を表示させてジェニファーに手渡した。
ジェニファーは画像を確認する。ソフィアも身を寄せて情報端末を覗き込んだ。
「普通の本棚って感じ。部屋も綺麗に片付いているみたい」
「小さなものですが帝国の国旗があります。机の上にはご家族の写真も飾っていたようですし、いい父親だったようですね」
ジェニファーから情報端末を受け取ると、ホレイショも画像に目を通した。その感想はジェニファーとソフィアの話した内容と差はなく、何の変哲もない社長室といったところだ。
ホレイショは携帯端末をタッカー大尉に返すと、気になったことについて尋ねた。
「酒や薬物の類は発見されなかったのでしょうか?」
「オルベイはお酒に弱かったらしく、仕事中は飲まなかったようです。薬物も徹底的に捜査しましたが見つかりませんでした。特にこれといった犯罪歴もありません」
タッカー大尉は質問に答えてくれた。おそらく、何も見つけられなかったから、話しても問題なかったのだろう。
「この部屋でわかることは以上です。他に気になることはございますか?」
ジェニファーはふたりに視線を向けた。ホレイショもソフィアも首を振ると、ジェニファーは答えた。
「これで十分です。戻りましょう」
ホレイショたちは部屋を後にした。
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