第26話

 その日の早朝の海は、静かな凪だった。

 昇り始める陽の光を受け、煌めく青い海はまさに宝石のように美しかった。

『寝ていないでしょうね?』

「起きている。親方こそ気を抜くなよ。主戦場になるのはそっちだ」

 ホレイショもソフィアも十分な休息を取った。ホレイショは予備戦力として宮殿周辺に待機し、ソフィアは城下町モンペイユまで部隊とともに移動していた。

 騎士団の戦力と惑星フェストルアン政府の戦力は同じ程度。騎士国が誇るアーデルトラウト級戦艦『戦艦アイスフォーゲル』を始め、巡洋艦と駆逐艦が合わせて10隻程度がモンペイユの上空に展開している。

 ホレイショとソフィアは通信でいろいろ話した。泳げるのか、海に遊びに来たことがあるのかなど、眠気覚ましになるように会話を続けていた。

 ソフィアの部隊も見晴らしのいい高台にいるようで、この絶景を見渡せる場所にいる。

『こんなにいい天気で、絶好の海模様なのに、アストロン・フレームに乗らないといけないなんて。泳ぎたかったわ』

『ふたりとも無駄話は控えてくれ。今、モンペイユの町に異常がないか確認している。もう間もなく侵攻予定時刻だ』

 宮殿で全体の指揮を取るミハエルの言う通り、現在は進行予定時刻の10分前といったところだ。いつ攻撃が始まってもおかしくない。宮殿からは隣町も、足元に広がる城下町も見渡せるが、人の往来は全くない。住民の多くは避難が完了したか、家から一歩も出ないように立てこもっているのだろう。

『斥候から連絡だ。町に大きな異常は見られないとのことだ。しかし、引き続き警戒を続けてくれ。まだ何が起きるかわからない』

 ジェニファーはアンネリーゼや非戦闘要員の騎士団たちとともに宮殿にいる。避難してきた地元の住民の手伝いや怪我人の治療、人手が必要なことに協力している。

 突如、人気のない町中から何かが炸裂するような音が聞こえてきた。

 視線を向けると音の正体が分かった。

『花火か?』

『こんな時に花火をする奴がいるか? 確認してきてくれ』

 一気に慌ただしくなる騎士団の団員達。ホレイショは神経が張り詰めていくのを感じた。

「来るぞ。警戒しろ」

『お客さんもかわいい演出を考えてくれたわね』

 時刻はちょうど早朝6時。

 ホレイショとソフィア、そしてルイスの指揮するアルジェント騎士団の団員たち。数えきれないほど多くの人々が固唾をのんで見守る中、煌めく水面の中からこちら側を覗き込むように、それは姿を現した。

 初めは小さな黒い点が見えただけだった。しかしそれは、徐々に上体を上げ、異様な全体像が水しぶきを上げながら姿を現した。

 大海原に擬態していたのか、その体表は青かった。巨大な二つのメインカメラ。異様に大きな頭部。そして柔軟に蠢く8本の触手は、海底から地上に伸びてきた。

それは、紛れもなくタコを思わせる巨大なアストロン・フレームだ。

『なぜこの距離になるまで気が付かなかった!』

『わかりません! しかし、反応は全くありませんでした!』

 騎士団の通信は思いがけない敵の登場に動揺していた。彼らをわき目に、タコ型のアストロン・フレームは堂々と陸地を目指して前進を開始した。

『攻撃開始せよ! 目標は海上にいる大型のアストロン・フレームだ!』

 ルイスの指示のもと、騎士団のアストロン・フレームは攻撃を開始した。

 しかし、タコ型のアストロン・フレームは騎士団の攻撃を受けてもびくともしない。それは装甲にたどり着く前に光学兵装が無効化されているようにも見えた。

『敵の増援が来ます!』

 周囲を取り囲んでいる岩肌や海中に隠れていたアストロン・フレームが一斉にその姿を現し、モンペイユに展開する騎士団に向けて襲い掛かっていった。

「俺たちも騎士団の援護に行きましょう」

『悪いがそうはいかないようだ。どうやら、我々にもお客さんが来た』

 ホレイショが視線を向けると、城下町にも多くのアストロン・フレームが姿を現した。モンペイユのものと同じ、正公国製のポリカルポフとヤコブレフだ。

「いつの間にこんな近くまで来た?」

『花火やあのタコの登場でこちらの注意を逸らした! 城下町の敵を撃退してくれ!』

「了解! できるだけ早く片付ける!」

 アテナは騎士団の団員たちと共に、終末の使徒との交戦を開始した。

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