第25話
宮殿にある大きなホールに大勢の人々が楽しむ声が聞こえた。
主な参加者はアルジェント騎士団員や避難した住民たちだったが、ホレイショとジェニファーもアンネローゼから衣装を借りることができたので参加することができた。
ものの数分で準備が完了したホレイショとは違い、ソフィアとアンネローゼに加えて数名の女性騎士団員が加わり、惑星フェストルアン到着時以上に時間と手間をかけられて、ジェニファーの衣装は整えられた。
ホレイショは落ち着いた紺色のスーツ。
ジェニファーは深い緑を基調にしたワンピース。地味になり過ぎず、装飾品で華やかになり過ぎることもない絶妙な塩梅だった。
晩餐会が始まるとジェニファーはまさに注目の的だった。彼女と話したい一心で自慢の料理や手作りの工芸品を持ち寄る人など大勢が押し寄せていた。その人々を抑え込み、ひとりずつ順番を守らせるように対応することがホレイショの仕事になっていた。
「すごい人気ね。姫さま。もしかして、みんな正体に気がついているのかしら?」
「その時はこんなものじゃすまないだろう。明日の朝まで押しかけてくるぞ」
ソフィアは持参していた深紅のワンピースを着用していた。彼女も見事な変身を遂げていたが、ジェニファーに人々が押し寄せるとホレイショともに人々を押さえ込む仕事を始めた。
アンネリーゼや他の騎士団員もホレイショたちを手伝ってくれた。ジェニファーは嫌な顔ひとつせず、押し寄せる人々に笑顔を浮かべて丁寧に対応していた。
そんな長蛇の列もようやく終わると、ホレイショとソフィアは解放された。
食べ物でも取ってくるとソフィアはホレイショを置いて料理が置かれている机に向かっていった。ホレイショは設置された椅子に腰掛けると会場の様子を眺めた。
そんなホレイショに話かける人物がいた。
「隣にいいかな」
「侯爵閣下!」
ホレイショは立ちあがろうとしたが、ルイスはそのままでと、手にしていた料理を机に置いてホレイショの隣に腰掛けた。
「楽しんでもらえているかな」
「もちろんです。地元の人々にも親切にしてもらっています」
「結構。この惑星は自然が豊かでいい食材が揃っている。正直羨ましいと思うこともあるよ」
ルイスは持ってきたグラスのうち、ひとつをホレイショに渡すと、もうひとつを掲げた。
「乾杯をしよう。騎士国では『プロスト』という」
「わかりました。では、そのようにします」
ホレイショとルイスは同時にプロストと唱えると明るい黄色の液体を一気に飲み干した。
ホレイショの口の中にはしつこくない甘味と爽やかな酸味が広がった。
「いい飲みっぷりだ。気に入ってもらえたかな」
「美味しいです。これは何の飲み物でしょうか?」
「レモネードだ。本当はワインでも良かったのだが、騎士団の中に深酒をさせるわけにはいかない。この晩餐会にはさまざまな人が参加しているし、レモンはこの惑星の特産品だ。地元の人たちからも愛されているし、料理にも使用されている」
料理の方に目を向けると、鮮やかな黄色い食材が混ざっている。
「確かに。これだけ暖かい日の光が差し込む地域ですから、きっとよく育つんですね」
「良かったら食べてくれ。私だけでは多くて食べきれないからな」
「ありがとうございます。ではいただきます」
ホレイショはルイスの手にしていた食事に手を伸ばした。確かに、その量はひとりで食べるには少々多いかもしれない。
「君、実は連邦の人ではないだろう」
食事を飲み込むと、ホレイショは頷いた。手のひらに汗が滲んだ。
「本当は帝国の人間だ。話し方や身の振り方からするに、帝国の人間だということの方がしっくりくる。違うか?」
「違いません。さすが侯爵閣下です」
「君との初対面時から緊張感が伝わってきていた。少し話せばわかったよ。シェフィールドさまもおそらく帝国の人間だろう。あれだけ多くの人々に囲まれても笑顔を絶やさない。大勢の人々と接することに慣れており、立ち振る舞いも洗練されている。私の見立てでは、貴族の生まれだろう。これ以上詮索はしないが、間違っているか?」
「俺から話せることはありません」
「こうして君と話す機会を作ったのにも理由がある。明日の戦闘は激しくなる。こちらの想像もつかない手で敵は攻撃を仕掛ける。そうなれば、君たち後方支援部隊にも出張ってもらう必要が出てくるはずだ」
「必要であれば、いつでも命じてください」
ルイスは笑顔を浮かべていた。しかし、瞳の奥底には武人としての誇りと、騎士団の団長としての責務が宿っていた。
「心強いな。ミハエルが君の実力は保証すると話していた。あいつがそこまでいうなら、私から話すことはない。お互いに確執があるかもしれないが背中を預けよう。改めて、期待しているよ。ジョニー・デップ君」
ルイスの差し出された手をしっかりと握り返した。
「はい。ご期待に添えるよう全力を尽くします」
「その一言が聞きたかった。では、引き続き晩餐会を楽しんでくれ」
ルイスが席を立つと、両手に料理を盛り付けた皿を持ったソフィアが、同じく料理を手にしたジェニファーを連れて戻ってきた。
「おじさま。彼に何か用が?」
「ひとりでいたから明日は任せたと挨拶をしただけだ。ソフィア。君にも期待している」
「もちろんです。必ずや、おじさまとこの惑星の住民たちに勝利を捧げます」
「結構。シェフィールドさまも楽しんでいただけていますか」
「はい。地元の皆さまとも交流させていただきました。とてもいい方々で、私も楽しい時間を過ごせました」
「それは何よりです。私は他のものたちの様子を見てくるので、これにて失礼します。引き続き楽しんでください」
ルイスはそう言い残すと立ち去っていった。
「おじさまは何か話していたの?」
「単に声をかけられただけだった。明日は期待しているぞって」
ソフィアは顔を寄せて、ホレイショの耳元で囁いた。
「バレてる?」
「俺たちが帝国から来たというのはわかったみたいだ。具体的なことには言及していなかったが、殿下のことは貴族だと思っている」
ソフィアはほっと息をついた。
「それなら大丈夫ね。明日は結果を出しましょう」
ソフィアは隣のジェニファーに話した。
「明日はリゼたち騎士団の手伝いを頼めるかしら。戦闘の最前線ほど危険な目にあうことは少ないはずだし、ジェニーも地元の人たちと親睦を深めたでしょう。きっと助けを借りないといけなくなるわ」
「わかりました。微力ですが、私も皆さまのお手伝いをします」
ジェニファーがそう話すと、会場にこの晩餐会の司会者の声が響き渡った。
「皆さま。ご歓談中に失礼致します。バイエルン侯爵さまから、明日のこともあるので禁止されていた今夜の舞踏会ですが、一曲だけということで許可をいただきました。この機を逃さず、ぜひご参加ください」
数名の楽団員が会場に現れて調律を始め、メイドや執事たちが机を動かすと、広い空間が現れて舞踏会の会場に早変わりした。
「もう晩餐会も終了かと思ったけど、おじさまが延長の許可を出すなんてめずらしいわね」
「地元の方々に対する配慮でしょうか。しかし、困りましたね」
そういうことを話している間にもジェニファーに視線が集中し始めている。彼女と踊りたい男性はさぞかし多いことだろう。
ソフィアは座っているホレイショの背中を叩いた。
「あんたがジェニーの相手をしなさい。護衛対象を困らせてどうするのよ」
「でも、俺はダンスなんてしたことないぞ」
「そんなものはどうにでもなるわ。早くしないと、エサに飢えた肉食獣たちが押し寄せるわ」
確かにここでホレイショが拒絶すれば、ジェニファーは誰か別の男性と踊ることになる。もしもの事態を回避するならば、ホレイショは護衛として使命を果たすべきだ。
「では、殿下。俺と踊っていただけますか?」
こういった歯が浮くような言葉を自ら口にするとは、ホレイショは今まで想像したことすらなかった。手を差し出したが、思わず恥ずかしくなってジェニファーから目を逸らしてしまう。
ジェニファーはホレイショの手を取った。それを見た周辺にいた男性たちは落胆のため息をついた。
「私こそ無理を言ってしまい、申し訳ありません」
「そんなこと言わなくていいわ。むしろ、私の踊りについて来いって感じでいいの。羨ましいわね。ジェニーと踊れるなんて」
机にニヤついたソフィアを残し、ホレイショとジェニファーは他の参加者同様に会場の中央に集まった。
「それではみなさま。少しの間ですが、ゆっくりと踊りを楽しんでください」
司会者の一言で、指揮者が腕をふるい演奏が始まった。
優雅で落ち着いた音色の旋律が流れると、ホレイショとジェニファーは手を取り合った。
「この曲なら簡単に踊れます。足の動きは私に合わせてください」
ホレイショは頷くと、ジェニファーに合わせて慎重に足を動かした。
ジェニファーはこういった踊りには慣れているようで、ホレイショの動きに合わせることはお手のものといったところだ。
しばらく続けるとホレイショも少しずつコツを掴み、旋律に合わせて足を動くことができるようになった。ジェニファーは喜びの声を上げた。
「踊れています。さすがですね」
「ありがとうございます」
ジェニファーに褒められるとホレイショは素直に喜んだ。ジェニファーは少しイタズラっぽく笑顔を浮かべた。
「全く、妾の護衛なら踊りはできてもらわねば困るぞ?」
「次からは気をつけます」
そんな機会があるかどうかわからないが、ホレイショは答えた。
ただ余裕が出てくると、ホレイショは目の前にいるジェニファーに見惚れてしまいそうになった。
揺れ動くドレスや踊りでほんのりと赤くなった白い顔はとても魅力的で、触れ合っている手からしなやかで柔らかな温もりがホレイショに伝わってくる。
ホレイショは緊張していると思われたくなくて口を開いた。
「殿下。お綺麗です」
ジェニファーは一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。あなたもよく似合っていますよ」
当然ホレイショはお世辞のつもりはなかったが、弁解することも恥ずかしくなり、慌てて踊りの方に意識を戻した。そしてしばしの間、ホレイショはジェニファーとの踊りを楽しんだ。
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