第45話

 宇宙空間よりも深い漆黒。

 大柄で筋肉質な男性を思わせる機体。

 煌びやかな黄金の甲冑は、アテナやヘルメスと同じ出自であることが一目で分かった。

 緑柱石色の光と紅蓮の光がぶつかり合ったのは、自沈した戦艦グラシオラスから離れた場所だった。

 アレスの周囲に紅蓮の剣、槍、槌、鎌など数えきれない剣戟が出現した。整然とした軍隊のように並べられ、全ての矛先はアテナに向けられた。

 その光景にホレイショは息を呑んだ。

『斉射。放て』

 散乱した戦艦グラシオラスの破片を物ともせずに破壊する。まさに圧倒する破壊の嵐。紅蓮の剣戟が一斉にアテナに殺到する。

 アテナは紅蓮の剣戟を回避し、展開した光の槍パラスをアレスに向かって突き出した。アレスは紅蓮の双剣を展開して光の槍パラスを受け止めた。

 高エネルギー体同士のぶつかり合いは、周囲に極彩色の光を振り撒いた。

『ここまでした甲斐はあったよ。キミとの再戦はまさに僥倖ぎょうこうだ』

 アレスはアテナを弾くと、接近戦を仕掛けてきた。

 クローディアスは艦隊戦での指揮能力だけでなく、アストロノートとしても他者を寄せ付けない実力を持っている。ホレイショの知る限り、最高にして最強のアストロノートのひとりだ。

 紅蓮の双剣を巧みに使用し、隙を作らない洗練された技。豪快な剣筋ではないが、相対した者を確実に切り崩す、まさに彫刻を施す芸術家のような戦い方だ。

 アテナは双剣の隙をついてアレスから距離を取るが、アレスの周囲に紅蓮の剣戟が展開され、距離を取ったアテナに襲いかかってくる。

 全距離からの圧倒的な火力と、全方位攻撃による制圧力。クローディアスはこの強みを最大限に使いこなし、接近戦でも隙がない。軍神の名前に恥じない強力な機体だった。

「まだまだ、これからです!」

 一進一退の攻防戦。

 ホレイショは再び刃を交えるクローディアスという男の強さを改めて認識した。

『その通り。失望させないでくれよ?』

 優雅に片腕を振ると、アレスは整然とした紅蓮の剣戟を展開して放った。アテナの持つ光の盾アイギスでも受け止めることができるかわからないほど強力な剣戟は再び殺到する。

 激闘の最中、ホレイショにある人物の声が響いてきた。

『少尉! 聞いてくれ!』

「エリナさま!?」

 通信機越しでもわかるほど、エリナの表情には焦りが現れていた。

『私たちの分析で判明したことがある! 現在、惑星レオンで稼働している時限爆弾の制御権は戦艦からアレスに移されたようだ! 私たちも時間稼ぎをしているが、制御権がなければいつか押し込まれてしまう! アレスから制御権を奪ってくれ! 今、それができるのは君だけだ!』

「簡単にできれば苦労しません!」

『無理を言っていることは承知しているが、時間は制限されている! なんとか制御権を確保してくれ! 任せたぞ!』

 通信を切断したエリナの代わりに、ミネルヴァが詳細を説明した。

『現在、惑星破壊兵器の制御権はアレスの戦闘支援用AI『マルス』が有しています。制御権を奪取するためには、当機体とアレスが物理的に接触する必要があります』

「時間は?」

『不明です。マルスからの抵抗も考えられますから、数十秒と思われます』

 結論はひとつ。やるしかない。

「仕方がない! 制御権は任せる!」

『了解です』

 アテナは回避行動をとりつつも、エネルギーを充填した。遠距離から攻撃する『ショット』よりも遥かな高エネルギー体で攻撃するためだ。

 そして、エネルギーが充分な領域にまで到達するとアテナは巨大な光の槍を展開した。今まで展開してきたパラスを遥かに上回る大きさとエネルギーの密度に、クローディアスが感嘆の声を上げた。

『そんなこともできるとは、知らなかったよ』

「これならアレスにも抵抗できます!」

『それは興味深いね。だけど、アレスに火力勝負を挑むのは無謀では?』

 アレスは紅蓮の剣戟を展開した。圧巻する紅蓮の大軍勢が、アテナに矛先を向ける。

 アレスは両腕を掲げた。

『全斉射。放て』

 両腕が振り下ろされた時、アテナは無数の剣戟が展開された隊列の中に、巨大な光の槍を投げ込んだ。

 これまでとは規模も密度も桁違いの光の槍が紅蓮の剣戟と衝突すれば、巨大な極彩色の光が周囲を埋め尽くす。これをホレイショが狙っていた。

 全力で疾走するアテナ。突然の光に惑わされたクローディアスの隙をつき、一気に間合いを詰め、光の槍パラスを構えてアレスの懐に飛び込んだ。

 光の槍パラスは双剣で防がれてしまったが、アテナはアレスの装甲に直接触れることができる距離まで接近できた。

「ミネルヴァ!」

『マルスから制御権を奪取します。離れないでください』

 ミネルヴァの音声が流れると、フクロウのシンボルマークが輝き出した。

 アレスは素早く効率的に戦える拳と蹴りによる肉弾戦に切り替えた。アテナは直接触れられるように反撃を最小限にしながらも応戦した。

「こちらの用事が終わるまで、付き合っていただきます!」

 アレスの動きを封じるように立ち回るが、クローディアスの操縦技術は卓越しており、距離を離されないようにするだけでも精一杯だった。

『マルスによる妨害が想定よりも強力です。今の距離をもう少し保ってください』

 作業の進捗状況を示すバーグラフは半分ほどしか進んでいない。ホレイショは意識を戦闘に戻した。

 振り上げられたアレスの拳を最小限の動きで避けると、大きく開いたアレスの胴体や頭部に、アテナは連続して拳を叩き込む。

 アレスはその拳を掴んでアテナを軽々と持ち上げた。そして、鋭く重い蹴りをアテナに叩き込んだ。

 その衝撃は凄まじく、操縦席のホレイショを激しく揺さぶった。

『ホレイショ、キミの狙いはわかっているよ。マルスが持っている制御権だろう。あれがあればボクの計画を止めることができる。それは正しいが、キミにはできない。ボクとキミには実力差がないかもしれないが、アテナとアレスでは性能に違いがある。その差が決定的な差だ』

 アレスはアテナを投げ飛ばした。ホレイショがアテナの体勢を立て直した時には、アレスはすでに整列した紅蓮の剣戟の軍勢が、アテナに向けられていた。

 その姿は視界を埋め尽くし、数えきれないほど多勢。

 今までにホレイショが見た中でも圧巻の大軍だった。

『キミと戦えて良かった。久しぶりに心が躍るような気持ちになれたよ。感謝する』

 アレスは両腕を振り上げ、そして降ろした。

『斉射。放て』

 紅蓮の軍勢はアテナに殺到した。あらゆる防御を押し潰し、大型の惑星すら葬り去る破壊の嵐は、役割を果たすことはできなかった。

「ミネルヴァ!」

『アイギス、展開します』

 光の盾アイギスを展開できる時間は限られている。アテナは紅蓮の軍勢を押し除け、星となって駆ける。

 最強の矛にアイギスが力尽きるより、ほんの少し早くアテナはアレスの懐にたどり着いた。

 通信機に映し出されたクローディアスの表情は驚きに染まっていた。

『ホレイショ!』

 アレスは双剣を展開して迎え撃つ構えを取ろうとしていたが、アテナの方が早かった。

「遅い!」

 突き出された拳がアレスの頭部を激しく揺らし、続けて胴体に反対の拳を叩き込み、最後に回し蹴りを放った。

 ぐったりと力尽きたアレスは、アテナの回し蹴りの勢いのまま、宇宙空間に弾き飛ばされていった。

『制御権をマルスから奪取しました。しかし、戦闘の影響で通信状況が悪化したため、エリナさまと通信することができません。至急、惑星レオンに降下し、惑星破壊兵器を停止させる必要があります』

「俺たちだけでできるのか?」

『可能です。すでにメルクリウスから停止方法について情報が共有されています』

「それなら心配ないな。惑星レオンに向かうぞ!」

 ミネルヴァの言葉に頷くと、アテナは惑星レオンに向けて駆け出した。

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