第46話
惑星レオンには一時的ではあるが強い通信障害が発生していた。
地表から離れていた戦闘を繰り広げたアテナとアレスの激しいエネルギーの衝突に、通信に使用する電波が阻害されてしまっていたからだ。
ホレイショはしきりに背後と頭上を気にしながら惑星レオンに突入していく。
「通信障害が発生している間も、惑星破壊兵器は稼働しているのか?」
『おそらく停止していると思われます。構造上、惑星破壊兵器は中央に値する制御システムから指令を受け取っています。通信障害が発生しているのであれば、制御システムからの指令は届かないので、稼働は一時的に中断しているものと推察されます』
「結局、自分で止めないとダメなのか。便利なのか不自由なのか」
ホレイショとミネルヴァと話していると、アテナは真空の宇宙から大気の広がる成層圏に進入していった。
「どこを目指す?」
『イースト・エンフィールド基地であれば、この通信状況下でも対応できる施設と技術者が揃います。そこが最適解でしょう』
ホレイショはアテナの行き先をイースト・エンフィールド基地に向けた。アテナの俊足ならものの十数分で目的地に到達するはずだ。しかし、最大の障壁はまだ彼らの前に立ち塞がった。
上空から敵機の接近が告げられると、ホレイショは驚かなかった。ただもう少し時間があればと思わずにはいられなかった。
『ホレイショ! そう簡単には行かせないよ!』
「殿下! 必ず来られると思っていました!」
漆黒のアストロン・フレームがアテナに追いついた。2機はもつれるように急降下していくと、帝国の首都である大都市『コルチェストン』に着地した。
そこは摩天楼が立ち並ぶ帝国経済の中心地。そして、皇帝やジェニファーの家族が住む宮殿や立法機関である議会などは目と鼻の先に位置する場所だった。
『制御権の一部がアレスに奪取されました。もう一度、アレスから制御権を奪ってください』
ホレイショは頭を抱えたくなった。アレスの攻撃を防げる唯一の兵装であるアイギスは先ほどの戦闘で深刻なダメージを負っている。再び使用することはできないだろう。
しかし、目の前にいるアレスもダメージを負っている事は間違いなく、漆黒の装甲には生々しい傷跡が残されている。
『これで勝負は振り出しに戻ったね。制御権はボクとキミで2分割されている状況だ。お互い機体の損害も無視できない。決着をつけよう』
クローディアスは笑顔を浮かべる。アレスは腰部からあるものを取り出した。
それは小惑星や戦艦を粉砕する力もなければ、絶対防御であらゆる攻撃を防ぐ力もないものだ。研ぎ澄まされた鈍色の光は、ホレイショも士官学校時代からよく扱ったものだった。
「教官たちにも最後に頼れるのはこれだと言われました。確かにその通りですね」
アテナも腰部からナイフを取り出し、正眼に構えた。
『ずいぶん久しぶりの感覚だ。キミは?』
「同じです。訓練以来です」
『それなら条件は対等。ボクから行かせてもらおう!』
アレスはナイフを振り上げて踏み込んできた。
訓練以来のナイフを使った格闘戦のはずだが、ナイフ捌きや機体の動かし方は大胆で、並外れたクローディアスの操縦技術が窺えた。
それに対して、小柄な機体を活かしたアテナの格闘技は、アレスの大胆な動きに比べれば地味なものだった。柔軟にアレスの攻撃を受け流して隙を伺い、的確に反撃に移る。狭い中心街ということも相まってこの2機の動きは制限されてしまっている。先に仕掛けたのは、アテナだった。
ナイフを回避してアレスの懐に入り込んだアテナは、拳をアレスの胴体に叩き込もうとした。しかしその拳を最低限の動きで回避したアレスは逆にアテナの腕を掴み、地面に叩きつけた。
その凄まじい衝撃に地面に轢かれた舗装は捲れ上がり、建物は激しく揺れた。
『残念だったね。ボクも何度も同じ攻撃は喰らわないさ』
クローディアスは勝ち誇った笑顔を浮かべると、アテナを地面に押さえつけた。
『制御権は返してもらうよ。ここまできて計画は中止するわけには行かないからね』
ホレイショはバーグラフを確認した。じわじわと減り始めると、なんとかアレスの拘束から逃れようともがくが、機体の大きさの違いでどうしても逃げられない。
『だから小柄な機体で接近戦では不利だと言ったんだ。力負けしてしまえばどうすることもできないからね』
アテナはまだ自由のきく脚を使って、アレスを蹴り上げた。体勢を崩したアレスから抜け出すと、今度はアレスをうつ伏せに組み伏せた。
「出力は負けていません!」
アテナのバーグラフが回復し始める。半分を上回ると、アレスの背面スラスターが火を噴き出して抜け出してしまった。
『キミとの戦闘は長引くな。でも、残念ながら時間だ』
今まで接続できなかった通信状況が回復した。徐々にではあるが、遠方との通信ができるようになってきた。
『今まで話していなくて悪かったが、このアレスには制御権のバックアップがある。通信さえ回復してしまえば問題はないんだ』
ホレイショは算出された残り時間に目を向けるが、わずか数十秒。ホレイショは歯を食いしばった。
「まだやりますよ。諦めません」
『結構。でもキミの健闘は無駄になると思うよ。あとわずかな時間でボクを打倒できるかな?』
クローディアスは上品な笑顔を浮かべた。それは絶対的な自信の裏返しであり、ホレイショは絶望しそうになった。
『マルス。もう一度、惑星破壊兵器を起動させろ。最後の一押しだ』
アレスの戦闘支援用AIマルスは淡々と応答した。
『惑星破壊兵器を制御できません。沈黙しています』
『沈黙している? 一体なぜ?』
クローディアスは戸惑いの表情を浮かべている。そして、ある人物が通信画面に姿を見せた。
『少尉との戦闘に夢中になり過ぎたな。クローディアス。これ以上は君の思い通りにはいかないぞ』
『エリナ。キミがやったのかい?』
ヘルメスの操縦席に座るエリナが勝ち誇った表情を浮かべている。
『そうだ。君のアレスが惑星破壊兵器の制御権を有していると聞いて、ヘルメスで飛んできた。実際、少尉との戦闘に夢中だった君は、私の存在に気が付かなかったようだ。無理もない』
クローディアスはエリナの話に静かに耳を傾けているように見えたが、次第に怒りを溜め込んでいることがわかった。
エリナは話を続けた。
『惑星アナドールで私たちはすでに惑星破壊兵器を停止させている。その時の制御コードをもとに、この惑星レオンで使用されている制御コードを作成するのは造作もない。君とマルスにバレないように制御コードを覗き込むのは難しかったが、ここは惑星レオンの中心地。最新の電子機器が大量に用意されている。これらを助けに借りれば、接近することなく制御コードを確認できた。あとは、イースト・エンフィールド基地の技術者に任せれば、私の仕事は完了だ』
エリナは表情を引き締めた。
『衛星クレイトンで君の艦隊はまだ奮戦しているよ。旗艦である戦艦グラシオラスが撃沈されたと聞いて戦意を喪失し、ジェニファーの説得に応じる将兵は多い。それでもなお君に忠誠を示すものたちのために、一軍の将として、無駄な犠牲を避けるような選択をするべきでは?』
クローディアスは堪えきれなくなった様子で笑い声を上げた。それは今まで見せた感情の発露の中で、最も大きな爆発のような笑い声だった。
『ここまで追い込まれていたとは思ってもいなかったよ。完敗だ。ボクがキミたちに負けるとは思わなかったよ。でもアレスは動けるし、まだ戦える。今ここでキミを倒せば、衛星クレイトンに残存するボクの艦隊と合流して、再び活路を見出すこともできる。違うかな?』
アレスは再び紅蓮の双剣を構えた。
それに応じるように、アテナは光の槍を展開した。
「簡単には行かせません」
『元から困難な道だ。今更、後に引くつもりはないよ』
アレスはアテナに襲いかかると、紅蓮の双剣と緑柱石色の槍が激しくぶつかり合った。
重力圏内かつ市街地で周辺に建物や障害物が多いという点で、自由に動きやすい利点を生かしたアレスの双剣は、素早く無駄のない攻撃を繰り出してくる。
アテナを切り崩そうとするアレス。アテナは長い武器を上手く使って、攻撃を受け流し反撃に移る。アテナは足元を狙い、アレスの素早い動きを止めようとするが、舞い踊るような身のこなしによって回避され、アレスは反撃から逃れてしまう。
『ホレイショ。警告します。本機は宮殿の方へ接近しています』
ホレイショもその事実には気が付いていた。すでに宮殿前の長い立派な道が目に入る位置まで戦場が移動してしまっている。万が一のことがあれば、皇帝をはじめとした多くの皇族たちに危険が及びかねない。
「そんなことはわかっている! でも下手に動けば、殿下に逃げられる!」
クローディアスの狙いなのか、それとも偶然か。ホレイショが宮殿まではまだ距離があると思ったことが意識の間隙となって、アテナの隙に繋がった。
アレスは双剣を切り上げ、光の槍を大きく弾き飛ばした。アテナは大きく体勢を崩し、両腕が上がり、コックピットのある胴体が丸見えになってしまった。
そして切り上げた勢いをそのまま利用し、アレスは胴体めがけて双剣を突き出した。
間一髪でアレスの双剣を両手で受け止めると、アテナは体勢を崩していたこともありその場で倒れ込んでしまう。アレスは好機とばかりに双剣を突き出してくる。ホレイショのいるコックピットは双剣の剣先にあった。
『このまま押し切る!』
「そうはさせません!」
しかし、ジリジリと紅蓮の双剣はコックピットに近いてくることをホレイショは感じていた。組み伏せられ、アテナの動きもままならない以上、もはや時間の問題かとホレイショは心で案じた。思わず目を瞑りそうになったその時、よく知る声が聞こえてきた。
『子分!』
アレスは何者かの攻撃を受けると、わずかにクローディアスの注意は逸れた。ホレイショは考えるよりも動いた。
アテナの胴体を捻り双剣から逃れると、再び展開した光の槍をアレスの腹部に突き立てた。光の槍は装甲を貫通し、アレスの背面まで刺し貫いた。
アレスは明滅を繰り返しながらも、静かに動きを止めた。
九死に一生を得たホレイショは、大きく呼吸をした。そして増援に駆けつけたあの人物に声をかけた。
「ありがとうございます。親方。どうしてここに?」
『エリナさまをひとりで行かせる訳にはいかないでしょう。モリス艦長に頼んで、余った機体を借りたのよ。ヘルメスの足には追いつけなかったけど、なんとか間に合ったみたいね。お礼は気にしないでいいわよ』
戦場に駆けつけたのはスピットファイアに搭乗したソフィアだった。
その後、ソフィアに続くように増援が到着すると、動かなくなったアレスからクローディアスを救出した。どうやら気絶しているようで、数名の救護要員に担架に乗せられていた。
『あの男はどうなるの?』
「わからない。それを決めるのは俺の仕事じゃない」
静かにクローディアスを見送ると、ジェニファーとエリナから通信が入った。
『ありがとうございます。この帝国も救われました。代表してお礼を言わせてください』
『最後までどうなるかわからなかった。本当に君たちには感謝している。よくやってくれた』
ふたりから言われると、ホレイショも自然と実感が湧いてきた。
『ホレイショ。お疲れさまです。任務終了しました』
「ミネルヴァ。お前が最後まで一緒に戦ってくれたおかげだ。ありがとう。お疲れさま」
ホレイショはそういうと、久々に晴々しい気分を味わった。
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