第43話
「こっちは任せなさい! こんな連中に遅れは取らない!」
『面白い。そこまでいうなら、貴様の実力を確かめさせてもらおう』
フリューゲルの周囲を囲むように、白銀のメッサーシュミットは展開した。
『やれ』
フリューゲルを取り囲んだ白銀のメッサーシュミットが攻撃を開始した。フリューゲルは機動力とソフィアの操縦技術によって反撃と回避を同時にこなす。その姿は舞台を華麗に舞い踊るようだ。
フリューゲルは取り囲まれているにもかかわらず、白銀のメッサーシュミットを次々と撃墜する。圧倒的に不利な状況下でも獅子奮迅の活躍を見せるフリューゲルに、キリアンの表情から徐々に余裕がなくなっていった。
『何をしている! 相手は1機だぞ! 遅れをとるな!』
『しかし隊長! 新型の動きは素早く、捉えることができません! このままでは……』
キリアンの部下は続く言葉を口にすることはできなかった。フリューゲルの一撃が彼の乗る機体を打ち抜き撃墜したのだ。
「よそ見をしている時間はないわよ?」
『図に乗るな。新型の機体のおかげで、貴様の実力ではない』
「あんたたちが弱いのは、あんたたちの所為だもの。そのメッサーシュミットも旧式だけど、もう少し強かったはずよ」
ソフィアはそう強がったが、機体の不調が感じたのはつい先ほどのことだった。フリューゲルは新型ではあるが試作機でもあり、機体の信頼性には未だ十分ではないところが多い。それに加えて連続する戦闘が機体の疲労を蓄積していく結果につながった。今はまだソフィアの操縦に応えてくれているが、フリューゲルの限界が刻一刻と足音を立てて近づいてきていた。
ソフィアの直感は、この機体はそう長くはもたないと告げていた。
『ここからは俺がやる。残っている機体は援護しろ』
『了解!』
キリアンの隊長機に合わせ、僚機の銃口がフリューゲルに向けられた。フリューゲルは攻撃を回避しつつ、反撃も行う。しかしフリューゲルの動きはぎこちなく、ソフィアの意思と少しずつ乖離していった。
「おちなさい!」
その時は突然やってきた。僚機を撃墜し、さらにもう1機を追撃しようとした時、フリューゲルの動作が滞った。ソフィアの意思に反して銃身は沈黙し、撃墜されるはずの僚機は生き延びた。
逃れるはずのない追撃から逃れた僚機の姿を見たキリアンは、確信を得たように大声で叫んだ。
『ソフィア! 新型はポンコツのようだな! 動きにキレがないぞ!』
撒き散らすように攻撃をし、隊長機が接近戦を仕掛けてきた。
フリューゲルは即座に対応した。接近戦用光学兵装を抜き放ち、飛びかかってきた隊長機を迎え撃った。切り結ぶような激しい攻防が繰り広げられる中、フリューゲルの動作が乱れた隙をついて隊長機は蹴りを繰り出した。ソフィアの意思と反して機体は動かず、衝撃は操縦席にいたソフィアを激しく揺らした。
頭が激しく揺れる中、フリューゲルの体勢を立て直したソフィア。キリアンは勝利を確信して鼻歌でも歌い出しそうだ。
『最初は見間違いかと思ったが、貴様の新型は明らかにガタがきている。それに比べて、我々は旧型ではあるが動きに不調はない。これが意味するところはわかるだろう』
「私に勝ったつもりなら見当違いもいいところよ。まだ戦えるわ」
『そうとは思えないなぁ。中距離や遠距離の撃ち合いならまだ貴様も戦えたかもしれないが、近接格闘戦なら機体の運動性能が重要だ。ガタついた新型では、十分に戦うこともできないだろう』
フリューゲルの周囲を取り囲んだ白銀のメッサーシュミットは、超高速で振動する金属粒子があらゆる装甲を切り裂く刃となる、大剣を抜き放つ。
キリアンの隊長機は腰部から異なる兵装を抜き放った。時代錯誤とも言える金属を加工した実体剣は鈍色の濡れた光を湛えていた。ソフィアにもその姿は見覚えがあった。
聖剣ヴァールハイト。
その歴史は古く、『武帝』と讃えられる騎士国の皇帝『カール7世』から下賜されたもので、ロイファー騎士団の歴代の団長に受け継がれてきた聖剣だ。
ソフィアの父ミハエルから兄コンラッドの手に渡るはずだったが、コンラッドの戦死とミハエルの退団で、キリアンの手に渡っていた。
キリアンが乗る隊長機が聖剣を構えた。
『最後に言い残すことはあるか?』
「そんなものは必要ないわ。最後まで戦い続けるだけよ」
『では選別に俺からひとつ教えてやろう。貴様の兄のことだ』
意外な人物の名前が上がり、ソフィアは内心驚いた。キリアンは不愉快な表情のまま、話を続けた。
『貴様の兄、コンラッドは帝国軍との戦いで命を落とした。これには少し補足することがある。実はコンラッドの機体フォッケウルフには小細工が仕掛けてあった。そのおかげで機体は制御不能になり、脱出装置は動作しなかった』
ソフィアも初めは理解できなかった。しかし、キリアンの話を理解し、真実に到達するまで時間はかからない。それを見たキリアンは嗜虐的な笑顔を浮かべた。
『確実にコンラッドを消すことが目的だった。しかし、機体の整備にも手を抜かず、戦闘でも圧倒的な戦果を上げる彼に、付け入る隙はなかった。帝国の第7艦隊と交戦するまでは』
ソフィアの思考は完全に怒りに染まっていた。頭に血が上り、今すぐにでもキリアンを切り捨てることしか考えられなかった。その様子を満足げにキリアンは見ていた。
『憶えているだろう。第7艦隊との戦闘は熾烈を極めた。コンラッドと肩を並べる実力者が現れたことに驚愕したが、好機を見逃すほど愚かではない。整備士のひとりに脅しをかけて罠を仕組めば、あとは待つだけだった。簡単だったな』
「そう。兄さまはあんたの罠にかかったのね」
ひとまず冷静さを取り戻したような様子のソフィアだったが、血が滲むほど唇を噛み締め、操縦桿を握る手は怒りで震えていた。
「あんたのその振る舞い。ありとあらゆる悪事を煮詰めたものにも劣る最低の行いよ。地獄に落ちるわ」
『そんなものがあるとは思えないな。俺は確実で最高の利益を上げる行動をとっただけだ。悪いのは騙された方。貴様の兄が俺の真意を見抜けなかったことが悪い。勝つものが勝者だ。コンラッドは負け、俺は勝った。貴様も、敬愛する兄と同じ運命を辿れ!』
白銀のメッサーシュミットは同時にフリューゲルに襲いかかった。
ソフィアの思考は怒りを通り越して、目の前にいる兄の仇を確実に葬ることだけを考えていた。それ以外はどうなっても構わないと、極限にまで戦意を高めていた。
フリューゲルは背後から迫る2機を撃ち落とす。
両側から大剣を構えた白銀のメッサーシュミットが、フリューゲルに襲いかかる。装備していた兵装を切り落とされ、遠距離の攻撃が封じられてしまう。そして、フリューゲルの身動きが取れなくなるように、両脇を固定されてしまった。
そして、隊長機が聖剣ヴァールハイトの狙いをフリューゲルに定め、突進してくる。
『チュース!』
フリューゲルは万事休すだ。しかし、終わりではなかった。
『親方!』
緑柱石色の光が、フリューゲルの左側を固めているメッサーシュミットを貫いた。 拘束が解けて身動きが取れるようになると、フリューゲルは再び動き出す。まさにソフィアの操縦技術の粋を集めた超絶技巧的な機動だった。
フリューゲルは右側を固める白銀のメッサーシュミットの体勢を崩し、突撃してくる隊長機の軌道上に誘い込んだ。何も気が付いていないキリアンは、いつの間にか入れ替わったフリューゲルにより、最後の僚機を自らの手で撃墜することになった。
『嘘だろう! 一体どこで……!?』
唖然とするキリアン。彼は状況を素早く理解すると聖剣を捨て逃げ出そうとした。
しかし、ソフィアは逃すつもりは全くなかった。
『そうはいかないわ!』
フリューゲルは手元に残っていた接近戦用光学兵装を、背面を見せて逃げる隊長機に投げつけた。大きなダメージを与えることはなかったが、背面の推進部を破損させて機動力を大いに削ぐことはできた。
次にフリューゲルが手にした兵装は、キリアンが手放した聖剣ヴァールハイトだ。光の翼をはためかせ、フリューゲルは隊長機に渾身の勢いで、隊長機に迫る。
『チャオ!』
断末魔の叫びを上げることもできず、キリアンはコックピットごと聖剣ヴァールハイトに貫かれた。
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