第42話

『姫さま、良かったわね。艦長さんと再会できて』

「無事に再会できたのが奇跡みたいだ。あの時、戦艦リリーはどうなるかわからなかった。幸運が重なったんだろう」

『それだけじゃないわ。あんたが頑張って姫さまたちを守ったからよ。少しは誇りなさい』

 オルトラン艦隊とモリス艦隊、さらにギルバード卿が派遣したラトクリフ艦隊が増援として加わった艦隊が惑星レオンを出発すると衛星クレイトンを目指した。

 アテナとフリューゲルは出撃していた。もう間もなく衛星クレイトンの勢力圏内に入る。そうなれば、クローディアスの艦隊と戦闘になるだろう。

『あんたが前に出なかったら、護衛部隊もあの男に降っていたかもしれないわ。全く、あんな男がよく大将なんて地位になれたものね』

 ジェニファーとオルトラン艦長はイースト・エンフィールド基地で再会していた。

 オルトラン艦長によると、ジェニファーと別れた後辛くも反乱を鎮圧し、帝国の星域にある惑星ダンバーで軍による調査と艦隊の補給、修繕を行なっていたという。

 そして、ジェニファーが惑星レオンに戻るとギルバード卿から知らされると、艦隊を率いて惑星レオンに向かった。イースト・エンフィールド基地に到着すると、オルベイの自供によりクローディアスの嫌疑が強まり、帝国軍司令部に向かっていたジェニファーを救出するべくフィッシャー大尉を派遣したとのことだ。

「まさに間一髪だった。大尉には感謝しないとな」

『あのフィッシャー大尉がいなかったら、私も姫さまもエリナさまもどうなったか。本当に命の恩人ね』

 ミハエルがホレイショとソフィアの通信に割り込んだ。

『ふたりとも、余計なおしゃべりはそこまでにしてくれ。艦隊が予定の位置についた』

 その様子はホレイショとソフィア、ミハエルのみならず、全艦隊にいる全ての将兵に中継されていた。

『クローディアス。あなたの艦隊を包囲しました。今すぐ投降しなさい』

『それは難しいな。ボクの味方は少ないかもしれないが、果たすべき使命がある』

『皇帝陛下も議会を通じてあなたの追討令をお出しになることでしょう。そうなれば、あなたは国賊として扱われます』

 クローディアスは余裕の微笑みを崩さない。

『果たしてそうだろうか。キミたちの艦隊がすぐそばにいることは確認できたが、包囲しているとは言い難い。陛下も議会も腰の軽い対応ができるとは思えない。ボクにはもう少しだけ足掻く時間が残されているように思えるね』

 手元のコンソールを操作して現状を確認したようだ。仄暗い瞳には、絶対的な自信と闘志が感じられた。

『それに、ここまで面白い状況になったのにボクが諦めてしまえば、全て台無しになってしまう。全力を尽くして、この状況を切り抜けるよ』

『投降はしないと?』

『そうだね。負けるつもりはない』

 クローディアスは優雅な微笑みを浮かべながら手を振ると通信を切断した。

『残念ですが、交渉は決裂しました。私たちはこのまま進軍し、クローディアスを確保します。艦隊、前進してください!』

 ジェニファーの号令が発せられた。艦隊は前進を始め、総勢数百を超える艦船とアストロン・フレームの先陣を切ったのは、アテナとフリューゲルだ。

『行くわよ、子分!』

「お供させてもらいますよ。親方」

 クローディアスの艦隊から激しい砲撃が降り注ぐ中、間隙をくぐり抜け、艦隊の最深部にいる戦艦グラジオラスに向けて、護衛の駆逐艦を突破した。

『どんなものよ!』

「まだくるぞ! 次は、アストロン・フレームだ!」

 出撃してきたアストロンフレームが展開し、アテナとフリューゲルを待ち構えていた。

 歓迎の攻撃が降り注ぐように向けられても、アテナとフリューゲルは止まらない。後続の友軍と共に応戦しながらも、最深部に向けて一直線に突き進んでいく。

 しかし、ここで行く手を阻むようにある敵機が姿を現した。

 甲冑を纏った騎士を思わせるような勇猛な姿と、特別に施された白銀の装甲はホレイショにも見覚えがあった。

 戦場には場違いなほど白く輝く神聖な騎士たちの編隊は、壁のようにホレイショたちの前に立ち塞がり、その姿を見て驚きを隠せないソフィアの声が、ホレイショの耳にもとどいた。

『ロイファー騎士団!? こんなところで!?』

 ミハエルとその息子でありソフィアの兄であるコンラッドが率いていた騎士団だ。帝国軍内部での闘争に、場違いすぎる彼らの存在は異彩を放っていた。

 騎士団から通信が接続され、ソフィアが応じる。画面に映された人物の顔を見ると、ソフィアの表情が嫌悪感で歪んだ。

『キリアン・リンケ!』

『久しいな、ソフィア。二度と会うことはないと思っていたのに、こうして再会できると思っていなかったよ』

 あらゆる感情が抜け落ちたような、計算高く冷酷で容赦のない暗い緑の瞳をした人物だ。

 くすんで艶のない茶色い髪、病的に白い肌は痩せて頬に張り付いているようだ。ホレイショからすれば、病人のように見える男だった。

『どういう風の吹き回しか知らないけど、帝国軍に味方するなんて意外ね。とうとう誰もあんたに味方する人がいなくなっちゃたのかしら』

『お前こそ、帝国軍は兄の仇のはずではないか。騎士の誇りとやらは忘れて利益のために動く姿を見て、死んだ兄はどう思うのだろうな』

 今にも牙を剥き出しにして怒り狂うと思ったが、意外にもソフィアは平静を保っていた。

『おあいにくさま。兄さまはあんたみたいな器の小さな人じゃないわ。きっと兄さまも同じように考えただろうし、行動もした。私も後悔なんてしていないわ』

『騎士道というのは実に都合のいいものだ。事実をねじ曲げ、真実から目を逸らし、薄寒い正義感で口にするものの行動を全て正当化する。太古の時代から今日に至るまで、実に素晴らしい成果を上げてくれた。人類史に残る偉大な思想だろう』

 キリアンの口調には微塵も尊敬の念は感じられなかった。吐き気を催す忌まわしい遺物として騎士道を捉えていることが伝わった。

『損得勘定だけのあんたがそんなふうに思っていたなんて意外ね。どちらにせよ、あの男に味方するつもりなら、敵として排除させてもらうわ』

『おもしろいことを言う。貴様とミハエル団長が抜けたあと、ロイファー騎士団はあるべき姿を取り戻した。無意味で古臭い慣習を全て改めて、実力主義のより洗練された組織に生まれ変わった。実力が認められ、このような高貴な仕事もこなせるまでに成長したのだ』

『銀河中の惑星を破壊させる連中からもらえる仕事が、高貴な仕事なんて聞いて呆れるわ。お金儲けに目が眩んで飛び付いただけでしょう。その程度なのよ、あんたは』

 ソフィアを睨みつけると、キリアンは吐き捨てるように言った。

『理想も信念もなく、振る舞いたいように振る舞う貴様のようなものにはわからないだろう。クローディアスさまは、新しい秩序を銀河系に構築するためこのような作戦を講じられたのだ。忌々しい古い秩序。腐敗した権力者。何も考えない凡人ども。全てを焼き払い、灰の中から新しい秩序を構築する。そこにあるのは報われるべきものが報われ、力のあるものが認められる真実の世界だ』

『要するに、気に入らないものは攻撃しようってことでしょう。そんな子供っぽいものに巻き込まれる身になってほしいわね。馬鹿馬鹿しい』

 ソフィアの駆るフリューゲルに向けてライフルによる攻撃が放たれた。命中することはなかったが、ホレイショも肝を冷やすほど鋭く強力な攻撃だった。

『俺が本気だったら、今の一撃で貴様は死んでいたぞ』

『そうかしら。あんたの狙いが甘かっただけよ。次はもっとよく狙って打つことね。止まっている的を外すからあんたは万年副隊長なのよ』

 ソフィアの言葉でキリアンの怒りは頂点に達した様子だった。怒りに身を任せ、声を張り上げて僚機に命令を下した。

『全機! あの新型を攻撃しろ! 僚機も生かして返すな!』

 白銀の騎士たちがアテナとフリューゲルを目掛けて次々と襲いかかってくる。

「こいつらを倒さないと、味方も先に進めないぞ!」

『わかっている! さっさと片付けるわよ!』

 白銀のメッサーシュミットは、ソフィアの駆るフリューゲルと比べると古い型式になる。古い技術を用いられているため性能では劣っていることは間違いないが、特別に性能が向上させられた仕様である白銀のメッサーシュミットは、新型のフリューゲルよりも堅実な戦術が確立されていた。

 一撃離脱による強襲。12機のアストロン・フレームをくの字型に展開し、折れ曲がった頂点に指揮官機が配置される。目標に対して一斉に接近し攻撃を加える戦術だ。

 この戦術によりホレイショの所属していた部隊は苦しめられた。迫り来る壁のような威圧感と破壊力は何者にも代え難い脅威だった。

 合計13機による猛烈な攻撃をアテナとフリューゲルは回避する。しかし、同じ機体で攻撃も戦術同じだったが、その印象は大きく違った。わずかながらに感じる攻撃のズレや編隊に生じた歪み。実際に対峙したホレイショだからこそ、以前の攻撃とは似ても似つかない紛い物だと気がついた。

『僚機も強い。油断するな。一気に押し切るぞ』

 白銀の騎士たちはすぐさま折り返し、再びアテナとフリューゲルに迫ってくる。

 押し込まれるような威圧感。そして高度な連携による一斉攻撃。

 しかし、それには隙があった。生まれた時から騎士団の一員であり、父と兄の戦いを見続けたソフィアに紛い物は通用しなかった。

『甘いわ!』

 フリューゲルはすれ違いざまに端に位置していたメッサーシュミットを攻撃した。隊列の中であれば両端にいる僚機が援護してくれるが、隊列の端に位置したその機体には援護してくれる僚機がいなかった。白銀のメッサーシュミットは撃墜され、火の玉となり宇宙に散っていった。

 アテナは隊列の反対側から攻撃していた。フリューゲルと同じように隊列の端に位置するメッサーシュミットを攻撃し、撃墜した。

『狼狽えるな。数ではこちらが優勢だ。新型に集中する。もう一度仕掛ける!』

 隊列に生じた穴を埋めるようにキリアンが檄を飛ばす。キリアンの僚機たちは短くなった隊列を整え、戦列を構え直した。

『またくるわよ!』

「気をつけろ! 狙いは親方だ!」

 キリアンの率いる白銀の戦列は、三度、アテナとフリューゲルに襲いかかる。

 攻撃はフリューゲルに集中した。援護ようとアテナが近づこうとするが、隊列から分かれた3機がアテナの前に立ち塞がった。

「邪魔だ!」

 アテナは3機を振り払おうとする。1機を狙えば他の2機が狙ってくる。地味だが効果的に時間を稼ぐことができる戦法だ。ホレイショはアテナを疾駆させた。

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