第13話
「時間をとらせてしまってすまなかった」
「気にしないでください。協力できなかったのは俺の責任です」
オルトラン艦長が取調室を後にする背中を見送ると、フィッシャー大尉がポツリと言葉を漏らした。
「私たちにも任務がある。常に危険と隣り合わせだが、途中で投げ出すことは許されず、達成しなければならない。軍人とはそういうものだ」
ホレイショとフィッシャー大尉は取調室を後にした。そのままフィッシャー大尉に案内されて格納庫に向かった。格納庫にはホレイショが乗っていた作業用のアストロン・フレームの他にも、いくつかシャトルや整備用の小型船が停泊していた。
「ここから惑星ダンパーまで離れている。私たちのシャトルに乗っていくといい」
「すみません。助かります」
作業用のアストロン・フレームには
フィッシャー大尉は携帯端末でシャトルを手配してくれている。しかし、微かな異臭がホレイショの鼻に付いた。気のせいかと思って何度も確認したが、異臭は確かに感じられる。
連絡を終えて携帯端末をしまったフィッシャー大尉も同じく異臭に気がついたようだ。
「変な匂いがします。何か焦げ臭いような」
「カーター少尉。待て。確認しよう」
フィッシャー大尉の言葉には張り詰めた緊張感があった。素早く格納庫や艦船の周囲を確認し、異変の正体を探り当てようとした。
「何もありませんね」
「しかし、私も異臭を嗅いだ。ふたり揃って勘違いすることなどあり得ない」
フィッシャー大尉は油断なく周囲に視線を向けた。
「しかも整備兵がいないな。この格納庫に来てから姿を見かけたか?」
「そういえば姿を見かけません。声も聞こえてきませんし、奇妙ですね」
「奇妙ではなく異常だ。格納庫なのに静かだ。静か過ぎる」
ホレイショとフィッシャー大尉はついにこの静寂が異常事態だということに気がついた。フィッシャー大尉は落ち着き払った様子で軍服の内部へ手を差し込んだ瞬間、表情が驚愕に染まっていた。
「少尉! 伏せろ!」
ホレイショは伏せた。フィッシャー大尉は抜き取った拳銃を構えて発砲した。耳を切り裂くような音が鳴り響くと、複数の足音が一斉に動き始めた。フィッシャー大尉は大声で叫んだ。
「輸送機の裏まで走るぞ!」
フィッシャー大尉の後についてホレイショは走った。銃声が鳴り響き、銃弾がホレイショのすぐそばを通過したような気がして、戦慄が走った。
輸送機の裏側まで走ると、ホレイショは荒くなった呼吸を整えた。戦艦の格納庫は銃弾が飛び交う戦場へと変貌を遂げていた。
フィッシャー大尉は再び携帯端末で短く連絡を取り交わす。
「一体何が起きたんですか!?」
「反乱を企てていた連中が動き出した! 景気良く銃弾をばら撒いているが、おそらく素人同然の連中だ! アレを見ろ!」
フィッシャー大尉の示した先には、血を流して倒れている男の姿があった。胸部に複数の銃弾を浴びて絶命しているようで、動く様子はなかった。
「少しでもまともに戦場に出たことがあれば、あんなに上体を乗り出して攻撃しようとするバカはいない! そのおかげで君は命拾いしたわけだから、逆に感謝してもいいかもしれないな!」
フィッシャー大尉は男に近づくと、男が手にしていた銃と弾倉を剥ぎ取った。長い銃身で殺傷力も射程距離も拳銃とは桁違いのものだ。
「この銃はまだ使える! ここから脱出して艦橋に向かうぞ!」
フィッシャー大尉は身近にあった警報装置を作動させた。銃声とは異なるけたたましいサイレンと赤色のランプが点滅を始めた。
銃の状態を確認し、弾倉を懐に収めると、フィッシャー大尉は手にしていた拳銃をホレイショに渡した。
「どうやって脱出するんですか!?」
「極めて効率的かつ現実的な手段だ! この格納庫の出入り口は私たちの反対側にある! 援護するから君は全力で走れ!」
今いる輸送機から出入り口まで数秒間で走り抜けることができるはずだ。しかし、足が取られるようなことがあれば、数秒と持たずに銃弾の餌食になることは想像に難くない。
「わかりました! 大尉はどうされますか!?」
「その拳銃で援護してくれればいい! 時間はないぞ! いけ!」
ホレイショは軽く呼吸を整えると、縦断が飛び交う中、一目散にかけだした。
出入り口はすでに見えているが、そこに辿り着くまで、鉛の海の中を泳いでいるような心地だった。
そして無傷で出入り口まで辿り着くと、早鐘を打つ心臓と呼吸を押さえつけ、シャトルの裏側へ視線を送った。フィッシャー大尉は頷くと、一気に駆け出した。ホレイショは拳銃で援護をすると、フィッシャー大尉も出入り口に辿り着いた。そのまま振り返ることなく、格納庫の扉を閉鎖すると、フィッシャー大尉は大きな声をあげた。
「いい腕だ! アストロノートの射撃は下手くそだと思っていたが、君の射撃は上等だ!」
「まともに銃を握ったのは士官学校以来です! 運が良かっただけですよ!」
「運も実力のうちだ! 連中もすぐに追ってくる! このまま艦橋まで行くが、エレベーターは使えない! この事態に艦橋も手を打つはずだ! 急ぐぞ!」
ホレイショは頷くと、後ろを振り返ることなく駆け出した。
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