第31話
惑星アナドールは、銀河系の惑星の中でも最初期に人類が入植した惑星のひとつとして知られている。この惑星を治めていた古代の国家は、数えきれないほど多くの遺跡を残し、人類史に深く名を刻んだ。人類の支配権が銀河系全体にまで広めた現在でも重要な要衝で、大国の中間地点に位置することから国際的な会合や会議の開催地に選ばれることが少なくない。
そして現在、各国の首脳陣や要人が集まり、数日間にわたる会議が開かれようとしていた。当然ながら厳重な警備態勢が敷かれており、どんな方法を使っても星域に近付くことすら難しいと言わざるを得ない。
ミハエルが輸送船を港に停泊させた。入国許可証があっても、すぐに上陸の許可はありなかった。
「さすがに警備も厳しいわね」
「会議の開催中は誰でも入国できる状況ではないからね。入国許可証がなければ追い返されるところだった。苦労した甲斐はあったよ」
ソフィアはジェニファーに振り向いた。
「姫さま、これからどうするの?」
「エリナ・ヴィスコンティ。彼女に会います。この会議に出席していますし、宰相のギルバード卿も近くにいるはずです。まずは彼女の秘書に連絡をとりましょう」
ジェニファーはソフィアに連絡先を伝えた。ソフィアは手慣れた様子でコンソールに入力すると、短い呼び出し音の後、ある女性が画面に映し出された。
赤い髪の毛を短くまとめた眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性だ。年齢はホレイショよりも少し年上で、知らない相手からの突然な連絡に戸惑っているようだ。
『どちら様でしょうか?』
「私はソフィア・シュトゥットガルト。あなたに合わせたい人がいるの。変わるわね」
女性は不思議そうな表情を浮かべた。しかし、ジェニファーの顔を確認すると、一際大きな声を上げて喜んだ。
「マルティナ。ジェニファーよ。そっちはどう?」
『ご無事でしたか! よかったです。オルトラン艦隊での反乱の後、ジェニファーさまが消息不明になったと聞いた時は、心配いたしました』
「オルトラン艦隊のおかげです。彼らの現在はどうなっていますか?」
『反乱を鎮圧し、帝国に戻っています。艦長以下大きな怪我人はいませんが、反乱の損害は大きく、戦艦リリーは出撃できないと思われます。反乱を起こしたものたちの調査は、まだ始まったばかりで何もわかっていません』
ジェニファーは胸を撫で下ろしたようだ。
「ひとまず艦長たちが無事で安心しました。そちらにエリナはいるかしら?」
マルティナは首を振った。
『戦艦セージにはいらっしゃいません。エリナさまは会議に出席されています。ジェニファーさまのことを心配しておりましたが、いかがいたしましょう』
「会議中呼び出すのは気が引けるけど仕方がないわ。緊急の要件があると伝えてくれる?」
『かしこまりました。少々お時間をください』
マルティナはコンソールを操作し始めた。呼び出し音に耳を傾けていると、若い女性が音声通信に応じた。
『こっちは会議中だ。一体なんだ?』
『エリナさま。会議中、申し訳ありません。緊急でお伝えしたいことがあります。ジェニファーさまから通信が入っております』
『おお、彼女が見つかったのか。無事か?』
『ご無事です。通信をお繋ぎします』
『休憩室に移動する。ここじゃ話せないだろう』
しばらく待っていると、3つ目の通信画面に青いドレスを着た女性が現れた。
ジェニファーと同じ年頃の女性だ。少しウェーブのかかった明るい茶色い髪の毛を肩口まで伸ばし、白い肌と印象的な深紅の瞳が彼女の深い知性を予感させた。
「エリナ。会議中に悪いわね。緊急の話があるのよ」
『その前に確認させてほしい。君が本物のジェニファーかどうか』
エリナの口元は笑っていた。想定外の言葉に、ジェニファーは首を傾げた。
「そんなことする必要あるの?」
『もちろん。行方不明になった君が姿を現した。私は君がなりすましか本人か確かめる必要がある。万が一の時、騙されてしまったではよくないからね』
エリナは、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
『私と君でしか知らないことを話せば本物といえる。質問に答えてくれ。そんなに難しい質問はしないよ』
「腑に落ちませんが、いいですよ。質問をどうぞ」
『君が書いた物語について聞くよ。確か13才ごろ、君が書いて見せてくれた小説はどんなタイトルだっただろう?』
「そんなことについて話さないといけないの?」
ジェニファーは答えられるはずだ。しかし、羞恥心という別の問題もあった。
『無理しなくてもいい。しかし、それでは君が本物かどうか確認はとれない。実に残念だよ』
羞恥で赤くなったジェニファーは、少々不満げながらも質問に答えた。
「『白騎士物語』といいます。古代の惑星が舞台で、主人公の姫君が騎士の男性に身分違いの恋をする話です」
エリナは手を叩いて思い出した素振りをした。ジェニファーはまだ羞恥に耐えていた。
『確かにそんな話だったね。では、次の質問だ。主人公の姫君の名前を教えてくれ』
「『エリザベス・シャーロット・ウィルミントン』です。彼女の愛称をエリーとしたら、あなたにエリザベスの愛称はベティかリズだと注意されました」
『そうだったね。では次の質問は……』
ここまできて、ジェニファーの怒りが爆発した。コンソールを叩いて立ち上がり、画面越しのエリナに捲し立てた。
「もう結構です! 私が本物か偽物か判定するために、私の秘密を暴く必要はありません! 私もあなたのことはよく知っています! 12才と13才の時、あなたが友人たちを集めて行った魔術会のことを、この場ですべて暴露させてもらいます!」
画面越しのエリナも驚いた表情を見せたが、側から見ていたホレイショたちも、ジェニファーの大きな声に驚いた。
自分が出した声の大きさに気が付いたジェニファーは、すみませんと小さな声で謝った。
エリナは納得したように頷いた。
『それを知っているなら、君は間違いなく私の幼馴染だ。認めよう』
「あなたは初めから気が付いていたでしょう。全く、こちらの身にもなってください」
『悪かった。君の周囲に他の人がいたとは気が付かなかった。今まで何があったのかを聞かせてくれ。緊急で伝えたいこともあると聞いた』
ジェニファーはこれまでのあらましを話した。
オルトラン艦隊に反乱が発生して、自分が命からがら逃げだしたこと。
そして、ホレイショやミハエル、ソフィアの協力を得て、惑星アナドールにたどり着いたこと。簡潔にエリナと秘書のマルティナに説明した。
エリナは黙って耳を傾けていた。ジェニファーの話が終わると、険しい表情をした。
『大変だったね。オルトラン艦隊の中に反乱分子がいた。反乱については、詳細な報告が上がるまで待とう。緊急で伝えたいことについても聞かせてくれ』
「そのためにここまで来ました。すでに耳にしているかもしれないけど、惑星破壊兵器がこの惑星アナドールに設置されているわ。危機が迫っていると、みんなに伝えて」
『惑星破壊兵器とは今回の会議で取り上げられるあの兵器のことだな』
ジェニファーは頷いた。
「すでにこの惑星に設置され、多くの人々が危険に晒されています。ギルバード卿に話してこの危機に対処してもらいましょう」
『それについては心配はいらない。すでに会議が始まる前に主要国の首脳陣とは、この危機に対する処置は惑星アナドール側に任せるということで一致している。途中経過も報告してくれるはずだが、私は何も聞いていない。ギルバード卿に確認しよう。会議に集中し過ぎて報告を怠ってしまったと祈ろう』
エリナは席から離れて通信を切断しようとしたが、そうだと言って何か思い出したようだ。通信を続けながらエリナは休憩室から会議が行われている会場まで戻るようだ。
『君たちはどこにいる?』
「港よ。一般の方と同じところに停泊しているわ」
『戦艦セージに向かってくれ。私の艦隊と合流しておけば、円滑に動くことができる。マルティナ。艦長にも伝えてくれ』
『承知しました。カミラには私から伝えておきます』
『せっかくだから、ギルバードにも顔を見せてやるといい。君の身を案じていたからな。きっと喜ぶぞ』
会場の扉を開き、エリナは中を進んだ。会場には数百人を超える政治家や大臣、貴族や官僚たちが肩を並べ、結論が出ない問題に時間を費やしていた。
エリナは警護が固められた自分の席に座ると、隣の席に座る壮年の男性に話しかけた。白髪が混じるが十分に着こなした高級なスーツに負けないような威厳と軽妙洒脱な雰囲気を持つ男性だった。
『ギルバード卿、いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?』
『悩みどころですな。個人的な好みで言えば、いい知らせから悪い知らせの方が、覚悟ができましょう』
『では、いい知らせを。ジェニファーが無事だと連絡が来た。しかもこの惑星に来ている』
『なんと! それは何よりもいい知らせですな。エリナさまが持っておられるのはもしや?』
ギルバード卿はエリナの持つ携帯端末を指差していた。
『その通り。今も彼女と通信がつながっている。会ってみてくれ』
通信画面越しではあるが、ジェニファーとギルバード卿は顔を合わせた。ギルバード卿は控えめではあるが歓声をあげた。
『ジェニファーさま。ご無事そうで何よりです。このギルバード、お迎えに参上できない身の上が憎らしいですぞ』
「ギルバード卿。心配をかけました。こうして再会できたことは確かに嬉しいのですが、しかし重要な問題が残されています」
『重要な問題とは?』
『私から話そう。会議を始める前に協議した惑星破壊兵器に関わる……』
その時、会場がざわつき始めた。何事かと周囲を見回すエリナとギルバード卿だったが、原因はすぐにわかった。
会場の中央に設置された巨大なモニターが強制的に切り替わり、ひとりの男性を映し出していたのだ。年齢は40代前半ぐらいと思われるが、顔に刻まれた深いシワと仰々しい表情。男性の背後には、高い塔から見下ろした惑星アナドールの首都コンスティオンの市街地が広がっている。
黒い髪を強風に靡かせ、男性は宣言した。
『このような形で失礼する。私はバージル・マロー。諸君を地獄へ案内するものだ』
会場からいくつも声が上がった。それは抗議を上げるもの、悪ふざけを疑うもの、他人の策略を疑うものなど多種多様だ。エリナとギルバード卿は固唾を飲んで見守り、通信越しのホレイショたちも男性に注目した。
『まずはこれをみてほしい。現世の扉が閉ざされ、地獄の門が開く瞬間だ』
男性はカメラを手に取ると上空に向けた。
惑星アナドールの晴れ渡った青い空に黄金に輝く光が出現した。その光は徐々に増え、お互いが手を伸ばすように結合すると、格子網のように広がっていった。
『これは『黄金の鎖』だ。諸君も知っていると思うが、この惑星を統治していた古代の王が、防衛のために建造したものだ。外敵を阻む最強にして最高の防衛機構。それが黄金の鎖だ。今、それが私の管理下に入っている。どういう意味かわかるだろう』
会場は静まり返っていた。この会場にいるもののみならず、惑星アナドール全体が外界から遮断され、男の支配権になったということだ。
『そして、気がついたものがいるかもしれないが、この惑星アナドールの各所に惑星破壊兵器を仕掛けた。ひとつふたつではない。ありとあらゆる場所に仕掛けた。この惑星を破壊し、余りある威力を持っている時限爆弾だ。まもなく、この惑星は消滅する』
ホレイショは操縦席から外を確認した。上空を覆い尽くすように黄金に輝く格子が広がっていた。
『待ってくれ。バージル。少し話をしよう。私は自由連邦のギデオン・グリーンウッド。まずは君の目的を教えてもらいたい』
モニターの前に姿を現したのは50代前半の男性だ。眼鏡をかけ、大きな口髭を蓄えた姿はホレイショでも見覚えがあった。彼は連邦の大統領で間違いないだろう。
『グリーンウッド大統領。私の目的はすでに伝えてある。諸君らを地獄に導くことだ』
『私も突然で戸惑っている。地獄とはなんだ。詳しく説明をしてくれ』
マローは大きくため息をついた。
『お前の考えはわかっている。時間稼ぎのつもりか、それとも注目を浴びて英雄になりたいのか。どちらもくだらないし、お前と話すつもりはない。こうしている間にも、制限時間に至る時計の針は進んでいる』
『では君の目的は、身代金や政治的なものではないのだな?』
『そんな俗物的なもの、私が知ったことではない』
吐き捨てるように、マローは言い放った。
『俗物で結構。私は俗世が愛おしいのでね。崇高な目的に命を捧げる尊さは理解しているが、君のやり方は納得できない。君は私たちと心中でもするつもりか?』
『私にも最後に残された仕事が残っている。それを完遂させるために、こうして諸君たちに顔を見せたのだ』
マローはそういうと、カメラを自らに向けたまま安全柵を乗り越えた。一歩でも足を踏み間違えれば高所から真っ逆様に墜落するだろう。
『おい! 何を考えている!?』
『すでに賽は投げられた。すべての答えを知っている私を見つけ出し、この地獄から抜け出そうとするはずだ。だがそうはいかない。諸君らに地獄を見せるため、私はこの命を喜んで差し出そう。恐れなどない。私の小さな命は、人類の叡智という巨大な揺籠に戻るだけだ』
マローは息を整えていた。会場にいた警備責任者は大きな声を張り上げ、マローを止めようとしていたが、あまりにも遠すぎた。
『では、さらばだ。これから諸君が目の当たりにする地獄がこの目で見ることができないのが唯一の心残りだ。先に地獄で待っているぞ』
止せと叫ぶグリーンウッド大統領を顧みることなく、マローの体は大空に投げ出された。
大きな風切り音とぐんぐんと迫り来る街並みを捉えると、グシャリという大きな肉塊が潰れる音を最後に、カメラから送られてくる映像は途絶えた。
マローの墜落死を見届けた各国の首脳たちは困惑している様子だった。戸惑いや不安の声が会場に溢れた時、議長を託されていた紅月国の宰相『ムスタファー・チャルハノール』が大きな声を張り上げた。
「静粛にお願いいたします! 現在、警察当局がバージル・マローの遺体を発見したと報告を受けました! 場所は『アギヤ・ハギア聖堂』の塔で、所持していたカメラや携帯端末も回収しております! 詳細な結果は後ほどご報告させていただきたいと思います!」
このような不測の事態であっても宰相チャルハノールは慌てた様子はない。
「そして、バージル・マローの話した通り、黄金の鎖は起動し、この市街地の周囲に多数の時限爆弾と思われる兵器の存在を確認しました! 現在、速やかに対処させておりますが、皆様のお力をお貸しいただきたい!」
宰相チャハノールは会場を見まわした。
「私たちの戦力だけではこの事態に対処することはできません! 黄金の鎖で援軍が来られない以上、この場にいる皆様の協力だけが頼りです! どうか我々に力をお貸しください!」
連邦の大統領ギデオン・グリーンウッドは頷いた。
「もちろんです! 協力を拒むものなどいませんよ! 早速、手分けしてこの危機を乗り切りましょう!」
「我々は拒絶する」
会場の視線は声の主に注目していた。正公国宰相のヴィクトル・ゴルシェンコフは氷のように冷たく毅然と言い放った。
「今回の一件で疑問は確信に変わった。どうやら連邦や帝国をはじめとした君たちは、我が国を陥れるためにはいかなる犠牲も厭わないようだ」
「ゴルシェンコフ閣下。一体どういうことか、説明していただきたい」
グリーンウッド大統領の鋭く咎めるような視線を受けても、宰相ゴルシェンコフは怯むことはなかった。
「白々しい。黄金の鎖を起動し、この惑星中に時限爆弾を撒き散らしたのは君たちの仕業だ。この事態に対処する戦力を回収して、我が国の技術を不当にも奪い去ろうとするつもりだ。そんなことに協力できるわけがないだろう」
「そんなつもりはありません。この事態を乗り切らねば、我々はこの惑星と運命を共にすることになる。それはお互い望まないのではないでしょうか?」
「しかし、それこそが君たちの策略だということもできる。運命を共にする状況下を作り出し、バージル・マローという男も用意すれば、我々も協力すると思っているのだろう。浅はかで見え透いた策略だ」
「策略ではありません。私自身を身の危険に晒してまで、こんな手の込んだ芝居をする理由がどこにあるのです? 私たちが信用できないからといって、身勝手なことまで話されては困りますな」
「君たちの所業を顧みることだな。我々はひとつも忘れていない」
グリーンウッド大統領と宰相ゴルシェンコフの討論は平行線を辿った。それは周辺国を巻き込んでさらなる議論や非難の応酬を呼び、会場はますます混迷を極めた。
「静粛に! 皆さま! ご静粛にお願いします!」
この状況を終わらせたのは、議長を務める宰相チャルハノールだ。
「とにかく、この状況は演出されたものではなく、我々が現実として向き合わねばならないことです。議論をしている猶予はありません。私たちが赤道周辺の時限爆弾と黄金の鎖に対処します。連邦と同盟国の皆さまは赤道の北側、正公国と周辺国の皆さまは南側をお任せしたい」
グリーンウッド大統領と宰相ゴルシェンコフは頷いた。お互いに信用ができなくても、この状況下で何もしないことは死を意味する。宰相チャルハノールの妥協案を受け入れるしかなかった。宰相チャルハノールは続けた。
「この会場を時限爆弾に対する対策本部として使用します。そして、ある情報筋から時限爆弾の設計図が判明しました。ご活用ください」
会議が始まる前に帝国からもたらされた設計図を全ての国へ送付すると、宰相チャルハノールは早急に決めなくてはならない議題を進めた。
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