第40話

 帝国軍本部は都心から少し離れた場所に位置に設置されていた。

 シャトルの中はジェニファーとエリナが議論する場になっていた。

「あなたは惑星レオンも攻撃されると思う?」

「可能性はあると思う。でも、納得がいかないのはオルベイのような経済的にも社会的にも成功した人間が、わざわざこのような行為を犯す必要があったのかという点に尽きる。一体何のための行動なのか。果たすべき目的や、成し遂げたい野心があるのだろうか」

 ジェニファーは首を振った。

「彼の本棚に目を通しました。経営や経済の本が中心で、そのほかに歴史や哲学の本が少しあるだけでした。過激な思想や極端な宗教に傾倒している様子はありませんでした。こんなことをする目的がわかりません。あとは彼の近しい人間関係に何か解決の糸口になるものがあればいいのですが」

 ソフィアが口を開いた。

「誰かが、オルベイたちを引き合わせたはずよね。彼らはそれぞれ技術や人脈を持っていたけど、どこで繋がったのかわからない。全く関係もなく、知り合いでもない彼らに共通の誰かがいるはず。そういうことでしょう」

「その通りです。彼らの繋がりが見えません。とにかく、この惑星レオンが危機に晒されています。まずはそこから抜け出さないといけません」

 ホレイショが個人的に気になっている言葉があった。それは、デミルとマッカーナンが使用していた『叡智』という言葉で、死に際していたふたりが意図的に使用していたように思えた。

「私としては『叡智』という言葉が気になっているよ。単語そのものというよりも、そこに隠された真の意味というものがあるような気がする。君たちはどうだ?」

「同意します。デミルは遺書の中に、マッカーナンは飛び降りる直前にその言葉を使用しています。オルベイも使用していないか事情聴取が終わったら聞いてみるといいかもしれません」

 ホレイショはそう答えると、シャトルがゆっくりと着陸したことに気がついた。惑星レオンでは中心街の混雑緩和のため、行き交うシャトルに高度制限と通行制限がかけられている。

 目的地であるホワイトテールにはまだ距離もある。何事だろうかとホレイショは考えたが、運転手から報告が入った。

「前方の道路に故障したシャトルがいるようです。通行規制がかかっていて、もうしばらく動き始めるまでもう少し時間がかかりそうです」

 帝国の中心街に1機のシャトルが立ち往生していた。高度制限のため停止した車両の上空から追い越すこともできず、通行制限のため左右から抜かすこともできない。そのため、後続のシャトルが長蛇の列を形成していた。

 ホレイショはシャトルの運転手に尋ねた。

「列を抜けるのにまだ時間がかかりそうですか?」

「何とも言えません。故障したシャトルをどかしてくれればすぐにいけますが、いつになることやら」

「ここから本部はどのぐらい離れていますか?」

「シャトルなら10分もかかりません。徒歩でなら20分から30分です」

「ここから歩いていく方がいいかもしれない。足止めされるのは危険だ」

 ミハエルも考えは同じのようだ。目的地が目の前にあるなら動かないシャトルより、歩いて行ったほうが早く到達する。護衛対象であるジェニファーとエリナがいる以上、悠長なことはしていられない。

「そのほうがいいですね。クロウリー少佐に許可をもらって帝国軍本部まで歩きましょう」

「帝国軍本部から護衛部隊を出してもらおう。そうすれば、危険を抑えることができるはずだ」

 シャトルの運転手に連絡を取ってもらい、クロウリー少佐へ徒歩で行くことを伝えると了承の返答を得ることができたので、ホレイショとミハエル、ソフィアは先にシャトルの外で安全を確認した。

 帝国の中心街らしく背の高い建物が屹立している。素早く視線を巡らせ、遠方から狙われそうな地点がないかを探った。

「こっちは大丈夫よ。怪しいところはないわ」

「後方も大丈夫。怪しい箇所はないよ」

「安全です。おふたりとも、外に出てください」

 ジェニファーとエリナがシャトルの外に出る。同時に、後方のシャトルから数名の護衛が降りるとふたりを守るように周囲を固めた。

「これから歩いて帝国軍本部に行きます。周囲を警戒しながら行きますので、少し手間取るかもしれませんが、ご了承ください」

 ジェニファーとエリナが頷くと、クロウリー少佐の先導のもと護衛部隊は歩き始めた。

「建物だけじゃなくて並んでいるシャトルにも気をつけなさい。罠が仕掛けられているかもしれないわ」

 ホレイショは返事をすると、ソフィアと共に護衛部隊の周囲を警戒しながら帝国軍本部を目指して歩き進める。

 そして、停止したシャトルを横目に抜け、帝国軍本部からの増援との合流地点に向けて進んでいく。程なくして合流地点に到着すると、先着していた重装備の軍人たちと合流することができた。

「イアン・ミルズ大尉です。エディンバラ殿下とヴィスコンティ公爵のお迎えにあがりました」

 合流地点にいた指揮官は30代中盤ぐらいの男性だ。短くまとめられた焦げ茶色の髪や、鍛え上げられた体はいかにも叩き上げの軍人らしい。

「ここからも徒歩で移動します。帝国軍本部はこの近くの公園を通過すれば渋滞や人混みを避けることができます。距離も近いのでシャトルと時間は変わりません」

 ちょうどすぐそばに公園へと繋がる道が伸びている。

「公園の安全は確保できているのか?」

「はい。すでに帝国軍の部隊が公園内に配置されています。誰も迂闊には近づけません」

 クロウリー少佐は満足げに頷いた。

「ミルズ大尉のいうように公園を通りましょう。おふたりとも、よろしいでしょうか?」

「もちろんです。公園を通りましょう」

 ミルズ大尉とクロウリー少佐を先頭に、護衛部隊は公園の中へと進んでいく。

 公園の中は見晴らしもよく視界を遮るものは少ない。芝生の中に一本の道が引かれ、人工的とはいえ自然の癒しをもたらしてくれる。

 ホレイショの隣を歩くソフィアがつぶやくように話した。

「帝国軍の本部についたら、私たちもお役目ごめんかしら?」

「元軍人や外国人が帝国軍本部に入れると思わないし、そこで終了するかもしれないな」

「途中で投げ出されるのは複雑ね。最後までふたりに協力したかったわ。あんたはどう?」

 ホレイショは考えることもなく答えた。

「俺も似たような気持ちだ。でも惑星レオンで起こっている問題に関しては、俺も親方も手出しできない。殿下や公爵さまとはいえ、帝国軍の領分に手出しできないだろう」

 当然、首都惑星レオンには帝国軍の本拠地がある。特に第2艦隊の主力が首都防衛に当たっている以上、部外者であるホレイショやソフィアに出番はなかった。

「ふたりとも暗い顔をするな。まだ任務は終わっていない。最後までやり遂げよう」

 後ろにいたミハエルに注意され、ソフィアは唇を尖らせた。

「最後まで使命を全うしてこそ騎士。気は引き締まっています」

「その意気だ。任務中は余計なことを考えないことだ」

 護衛部隊は小高い丘の上に到達した。そこは小さな広場になっており利用者たちの憩いの場になっている。

 そこにある男がいた。数十名の護衛を引き連れてベンチに腰を下ろし、ホレイショたちがここまで来るのを遠くから見守っていた。

「やあ、みんな。待っていたよ」

 優雅で上品な声。

 護衛部隊は足を止めて背筋を伸ばした。その声は自らの絶対的な支配者から発せられたと即座に気がついたからだ。

 ホレイショもその声の主を知っている。

 振り向いた先にいたのは、煌めくような黄金色の髪と白い肌。芸術的なまでに整った顔立ちは、人々を惹きつける魅力に満ちていた。しかし、青い瞳は人の心をざわつかせるような仄暗い光を宿している。

「クローディアス。あなたがなぜこんな場所にいるのです?」

「別に理由なんてないよ。キミたちを迎えに来ただけだ」

「私たちを迎えに来たのですか?」

 ジェニファーは首を傾げた。

「守るべき惑星が危機に瀕しているというときに帝国軍本部から抜け出すとは、立場のある人間がやることではないな。モントリオール大将」

「手厳しいな。エリナ。老人たちの相手をするのが疲れただけだよ。気晴らしは誰にでも必要なことじゃないか」

 ジェニファーとエリナから厳しい視線を向けられても、クローディアスは柔らかく微笑んだ。誰もがため息をつきたくなるほど魅力的で自然な微笑みだ。

「そちらの騎士国の方々とは初めましてだね。ボクはクローディアス・モントリオール。帝国軍の第2艦隊を率いている。ジェニファーのいとこだ」

 ソフィアとミハエルに手を振ると、次にホレイショに視線を移した。

「久しぶりだね。ホレイショ。また会えてうれしいよ。軍を辞めたと聞いた時は驚いたけど元気そうだ」

「殿下こそ、お変わりなく。お元気そうで何よりです」

 ホレイショは頭を下げたが背中に冷たい汗が伝っていく感覚を覚えた。クローディアスの仄暗い瞳は、皇族として感じる敬意や畏怖を超越した根源的な恐れを感じさせた。

「じゃあ帝国軍本部まで行こうか。みんなが待っている」

「その前に聞かせてください。少し気になることがあります」

「なにかあったかな?」

 ジェニファーは少しずつ頭の中を整理するように慎重に言葉を紡いだ。

「私とあなたは宮殿で会いました。惑星破壊兵器に関することであなたに知見をいただいた時です。その時のことを覚えていますか?」

 クローディアスは悩むことなくすぐに答えた。

「覚えているよ。キミが惑星アナドールに向かう直前のことだ」

「あの時、あなたはすぐに立ち去りました。私は違和感を覚えました。そして、今回は会議を抜け出してこの場にいます。これにも違和感を覚えます。あなた、何か隠し事があるのではないですか?」

「隠し事なんて何もないよ。おかしなことを話すね」

 クローディアスは笑顔を浮かべてジェニファーの考えを否定した。しかし、青い瞳の奥に仄暗い光が渦巻いていた。

「あなたは戦艦リリーがこの惑星を発つ前にも連絡を入れました。あの時は何も思いませんでしたが、思い返せば違和感があります。あなたがこれほどまで私に干渉してくるのには理由があるはずです。それは、私を監視下におきたかったからではないでしょうか」

 ジェニファーの言葉に、クローディアスは答えない。少し悩んでやれやれといった表情で口を開いた。

「キミの慧眼には恐れ入った。認めよう。キミたちの艦隊を襲わせたのはこのボクだ」

 ホレイショは耳を疑った。同様に周囲の仲間たちも凍りついた。それに気がつくことなく、クローディアスは話を進めた。

「キミの存在は次の計画に支障が出るからね。早めに始末したかった。惑星アナドールに到着する前に動いたのはより確実だと思ったからだが、世の中、予想以上にうまくいかないものだね。惑星アナドールも十分準備をした上での作戦だった」

「両方とも、あなたが企てた計画だったのですか?」

 戸惑い震える声を抑えつつ、ジェニファーは問いただした。

「その通り。銀河中から同志を募った計画だったが、結局は両方とも失敗だ。キミたちのおかげでね。証拠もないのによく気がついた。さすがだね」

「証拠なんてありません。あなたが自分で話しただけです。まさか、あなたが計画したとは思ってもみませんでした」

 クローディアスは大きな笑い声を上げた。

「なるほど。これは一本取られたな。やっぱりボクはこういう駆け引きは苦手だ。すぐに話してしまう。ついでに惑星レオンを狙っていることも話しておくよ。君たちの直感は正しい。今すぐ対応しなければ、この惑星は宇宙のチリと化すだろう」

「クローディアス。君は一体何を考えている? 正気じゃないぞ!」

 エリナは大声をあげてクローディアスを糾弾した。

 しかし、クローディアスは笑って答えた。彼の仄暗い瞳は薄暗い光を灯している。

「ボクは至って正気だよ。むしろ正気を失っているのはこの国だ。父上も叔父上も、不正や悪行を見て見ないふりをする。それにたかる蛆虫のような悍ましい連中。この国はそんな連中に食い破られる寸前だ。全てを焼き払い、切り捨てるものは切り捨て、あるべき姿を取り戻す。この計画はそのために必要だよ」

「そんな身勝手、許されません!」

「君の意向に沿わないから国を滅ぼすつもりか!?」

「どちらも違うよ。ボクだけがこの考えに至ったわけではないし、この考えに共感してくれる同志たちは銀河中に大勢いる。だからこそ、ここまで大規模な計画を立てることができた。全ては人類の未来を救う計画の一角に過ぎない。そのために邪魔なものや動きが読めないものは排除しなくてはならない。ちょうど、キミたちのようなものはね」

 クローディアスが手を掲げると背後の部隊が銃を構える。彼らは躊躇することなく、ジェニファーとエリナに銃口を向けた。

「護衛の諸君については、そのふたりを差し出して投降するなら、ボクから恩赦を約束する。すでにこの公園はボクの部隊が周囲を固めている。抵抗しても無駄じゃないかな」

 どうすると問いかけるように笑顔を浮かべるクローディアス。

 ホレイショは、怯えるふたりを庇うように銃口の前に立ち、クローディアスに対峙した。

「拒絶します。そんな提案を承諾できるわけがありません」

「ホレイショ。キミは昔から変わらないな」

 クローディアスは昔を懐かしむように視線を遠くに向けた。

「『正義を行え。たとえ天が落ちようとも』。教官たちがよく話していた。正義も天もボクたちに味方している。キミが取るべき選択は、まさにふたりを差し出すことではないかな?」

「残念ですが、殿下のお言葉を信用することができません。殿下のなさろうとしていることは、暴力で脅迫しているようにしか見えません」

 ホレイショはクローディアスを睨みつける。ミハエルとソフィアもその後に続いて、ジェニファーとエリナを庇うように前に出た。

「彼のいうとおりです。エディンバラ殿下の艦隊を襲撃させ、惑星アナドールを危機に陥れる。そんなお方におふたりを引き渡すことなど、当然できません」

「このふたりに銃口を向けるような連中と交渉することはないわ! 騎士として拒絶するわ!」

 周囲の護衛たちも目が覚めたかのように、クローディアスの部下に銃口を向けた。

「お下がりください。大将閣下。今ならまだ間に合います」

「不必要な犠牲を避けられます。どうかご英断を」

 クロウリー少佐とミルズ大尉も銃を取った。人数でまさるクローディアス側との交渉に応じる気配はなく、徹底抗戦の意思を固めている。

「皆さま! 落ち着いてください! 私は大丈夫ですから、銃を下ろしてください!」

「私たちは投降する! 君たちは助かるぞ!」

 ジェニファーとエリナは必死で止めようと声を張り上げたが、誰も彼女たちの話を聞こうとはしていなかった。クローディアスは試すように語りかけてくる。

「ふたりは優しいことにそう話している。キミたちはそれを不意にすると?」

「意志を曲げるつもりはありません。おふたりは絶対に渡しません」

 ホレイショの決心は変わらない。同意するように、護衛部隊から次々と声を上げた。

「わかった。勇敢なキミたちに敬意を表するよ。苦しませるようなことも、長引かせるようなこともしない。一息に終わらせるよ。せめてもの手向けだ」

 クローディアスの部下たちの銃口がジェニファーとエリナの護衛部隊に向けられた。

「待ってください! クローディアス! まだ話は終わっていません!」

「そうだ! 時間をくれ!」

 ホレイショは振り返った。自分自身が笑えていたかどうかわからないが、必死な様子のジェニファーとエリナは今にも泣き崩れそうに見えた。

「ここから先はソフィアに任せます。まずは公園の外まで走ってください」

 ソフィアはジェニファーとエリナの手をしっかりと握った。

「時間はどうやって稼ぐつもり?」

「最後まで粘るさ。それが抵抗ってものだからな」

 ホレイショは頷くと、再びクローディアスと対峙する。

「挨拶は終わったかい?」

「これからが本番です」

 クローディアスは余裕の笑顔を浮かべている。どのような結果になろうとも、ホレイショが後悔することはないが、クローディアスに拳を叩き込むまで止まるつもりはなかった。

 そして次の瞬間「撃て!」と「走って!」と同時に響いた。

 銃声が公園の中にこだまする中、身を屈めて後ろを振り返ることなく、ソフィアはふたりの手を引いて走り出した。

 ホレイショとミハエルは手短な物陰に逃げ込むと、護衛部隊の仲間が差し出してくれた銃器を使って応戦を始めた。

 確かにホレイショたちの護衛部隊は訓練を積み、経験も豊富な軍人たちだ。しかし相手はクローディアスの率いる精鋭部隊で、万全の装備を整えていた。射撃の技量も一流で物陰に隠れていたとしても、関係なく狙われるだろう。

「こんなことになるなんて、思ってもいなかったよ!」

「同感です! 帝国の首都で銃撃戦になるとは!」

 ミハエルは物陰に身を隠しながら拳銃で応戦した。離れた場所にいたクローディアスの部下に命中した。

「騎士として恥ずべきことかもしれないが、私は剣術よりも射撃の方が得意でね! 実戦からは遠ざかっていたが、錆び付いてなければ少しは役に立てるだろう!」

 ホレイショはミハエルの援護に回った。公園を走るソフィアたちが狙われないように弾幕を張り、クローディアスの精鋭部隊を抑え込んだ。

「少尉! お隣さんに回してやれ!」

 激しい銃撃戦の合間を縫って隣の物陰に隠れていた護衛部隊の仲間から、ライフル銃が渡された。ボルトアクションの狙撃銃で速射性はないが、遠距離の標的でも狙えるような精密な射撃に長けていた。

「ありがとうございます! これをどこで!?」

「負傷した仲間の銃だ! 誰も使わないから、有効活用してやれ!」

 ホレイショはミハエルに狙撃銃を渡す。ミハエルは渡された狙撃銃を手に取りよく観察すると、すぐに構造を理解して狙撃銃を構えた。射程距離が伸びてより遠くの標的も狙えるようになると、物陰からわずかに身を乗り出していた精鋭部隊員を見事に捉えた。

「帝国製にしてはいい銃だ!」

 そのままさらに数名の精鋭部隊員をミハエルは捉える。ホレイショはその射撃の技術に驚愕したが安心もした。

「あなたが味方で良かったです!」

「気が早い! 殿下たちは今どこに!?」

 ホレイショは背後を振り返った。すでにソフィアたちは公園の中腹まで進んだようだったが、そこから先は物陰もなく身を隠せる場所はほとんどないようだ。

「身動きが取れないようです! もう少し向こうを抑え込めれば突破できるかもしれません!」

「簡単に言ってくれるね! 指揮官のクロウリー少佐にそう話してくれ!」

 射撃を続けながらミハエルは叫んだ。ホレイショは隣の物陰にいる仲間にそのことを伝えようとすると、公園の外から轟音を響かせながら進入してくるものに気がついた。

「公園の外から装甲車です!」

「敵の増援か!? 殿下たちは!?」

 身を隠していたソフィアたちだったが、戦場に気が取られていたせいか装甲車に気がつくのが遅れた。装甲車は一直線にソフィアたちへ向かっていった。

「気づかれたみたいです!」

「仕方がない! ここから狙う!」

 動いている装甲車を止めるのは難しい。しかし、運転席や助手席に座る人物を狙うことは可能だ。ホレイショは遠方の装甲車に意識を集中させた。運転席に座っている人物に見覚えはなかったが、助手席に座っているのは長い赤毛の女性のようだ。はっきりと確信はできないが、その姿にホレイショは既視感を覚えた。

「狙撃は待ってください! あの助手席の女性に見覚えがあります!」

「味方か!? それとも敵か!?」

 ホレイショの知り合いにも数名いるほど、赤毛の女性は帝国ではめずらしくはない。必死に記憶を掘り返し、該当する人物が誰なのか探った。

「装甲車と殿下たちが近づくと射撃は難しくなる! その女性は誰だ!?」

 ミハエルに急かされホレイショは必死で記憶をたどった。ここは惑星レオン。第2艦隊の拠点にして帝国軍の本部がある。装甲車に乗る以上軍の関係者のはずだが、赤い髪の女性は軍服を着用していない。答えが閃いて声が出た時、装甲車はソフィアたちのすぐそばに停車していた。

「殿下の侍女リリアンです! オルトラン艦隊で会ったことがあります!」

 装甲車から降りた侍女のリリアンが、ジェニファーとエリナの再会を喜び合うように抱き合っている。

 構えていた狙撃銃を下ろすと、ミハエルが別の疑問を口にした。

「それなら良かったが、別艦隊にいるはずの人物が、なぜこんなところにいる!?」

「わかりません! 今まで姿を見せなかった理由があるのかもしれません!」

 そして、リリアンが乗っていた装甲車とは別の車両が公園内に次々と進入してくると、ホレイショたちの背後に停止した。続々と重装備を整えた軍人たちが降り、クローディアスの精鋭部隊と交戦を始めた。

 その様子を唖然として眺めていると、ホレイショに近いてくる人物がいた。

「少尉! 久しぶりだな!」

「フィッシャー大尉!」

 戦艦リリー以来の再会に思わずホレイショは大きな声をあげた。

「お隣の人は始めまして。帝国軍第2艦隊所属のトム・フィッシャー大尉だ。よく頑張ってくれた。あとは我々に任せてくれ」

 フィッシャー大尉の差し出された手をミハエルはしっかりと握り返した。

「ミハエル・シュトゥットガルトだ。貴官の援護に深く感謝する。おかげで命拾いした」

「困ったときはお互いさまだ。君たちの時間稼ぎのおかげで、殿下と公爵さまを失わずに済んだ。こちらこそ感謝し尽くせない」

 フィッシャー大尉はホレイショの肩を軽く叩いた。

「ここで無礼者を一掃する。詳しい説明はそのあとだ。君にも働いてもらうことになるからここで休んでおくことだ」

 部下たちに指示を出すとフィッシャー大尉は武器を構えて戦場に向かっていった。

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