第12話
奇跡的なことにホレイショは救助を長期間待つことがなかった。その点に関しては幸運だったと言えるが、しかし別の問題に直面していた。
今いる場所は救助してくれた軍艦の中で、ホレイショはいい立場にいるとは言い難かった。
何度目かわからないため息を吐いた。狭い部屋に備え付きの机と椅子。外側からしか鍵を掛けられない特殊な構造。取調室だった。
「ホレイショ・カーター少尉。釈放だ」
30代半ばの男性が取調室に入ってきた。
黒髪を短く刈り込み、軍服をしわなく完璧に着こなしていた。彼はフィッシャー大尉。ホレイショを救出してこの部屋に押し込んだ張本人であった。
「やっと解放される。帝国軍の手厚いもてなしに感謝します」
「世辞はいらない。こちらとしても少々複雑な事態でね。神経が過敏になっていた」
フィッシャー大尉はホレイショの反対側に座った。
「疑っていたわけではないが、君のことは色々と調べさせてもらったよ。通りすがりの民間人にしては遭難に対する対応がしっかりしていたからな。第7艦隊に所属していたとは。話してくれれば身元の照会も楽だったのに」
「少し調べればわかることですから、あえていう必要もなかったかなと」
ホレイショは軍を辞めて民間人として働いていた。
アストロノートとして技術と実力が認められれば就職先に困ることはなかった。巨大な艦船や人工衛星の点検、惑星の資源探査まで人材としてどこまでも渇望される立場だった。給料も待遇も軍人時代よりも改善した。
「実は君に会ってもらいたい人がいる。話がしたいそうだ」
「俺に会いたい人って誰ですか?」
「ジェイムス・オルトラン少将。この戦艦リリーの艦長だ。時間は取らせないといっている。構わないだろう」
フィッシャー大尉の言葉はこちらの意思を尋ねているつもりかも知れないが、その裏には有無を言わせない圧力を感じた。おそらく、ホレイショが何をいっても無駄だろう。
ホレイショはわかりましたと返事をしたが、内心では面倒ごとになりませんようにと祈った。
フィッシャー大尉は壁の方に視線を送った。しばらくすると扉が軽く叩かれ、オルトラン艦長が姿を見せた。
「私が戦艦リリーの艦長ジェイムズ・オルトランだ」
「ホレイショ・カーター少尉です」
オルトラン艦長は、白いものが混ざり始めた黒い髪を丁寧に整え、温和な笑顔を浮かべた紳士だった。その表情には影があり、どこかやつれているように見えた。ホレイショと握手を交わすと、立ち上がったフィッシャー大尉と交代するように椅子に座った。
「本艦が通常空間に戻ったことで君と同僚たちに迷惑をかけたことについて謝罪しよう。誰もいない空間だと思っていたので、少々操作が荒っぽくなってしまったようだ。君の同僚のふたりは宇宙港に帰還していると連絡があった。シャトルは君の機体ほど飛ばされることはなかったし、同僚たちは君のことを心配していたようだ」
オルトラン艦長の話を聞いてホレイショは安心した。シャトルの方が重力に対する装備が充実しているので、当然と言えばその通りだが、実際に話を聞けたのは嬉しい点だった。
「実はこの戦艦は面倒な問題を抱えていてね、神経質になっている。私は君に協力を仰ぎたいと思っている」
ホレイショが聞き返す前にフィッシャー大尉が説明した。
「本艦はあるお方を護衛しているが、重大な不備が見つかった。詳しいことは避けて話すが、乗船する士官のひとりが姿を消した。艦内を捜索したがどこにも隠れている様子はなく、この手紙が作業用の出入り口に残されていた」
ホレイショの前にフィッシャー大尉が情報端末を差し出した。そこに表示された資料を見ると、ホレイショはさらに戸惑った。
その文章は短く『私は重大な過ちをしました。お許しください』とだけ記されていた。最後には士官の名前が添えられていた。
「おそらく、超光速航行(ワープ)空間に身投げしたものだと思われる。士官の同僚も気にしていたようだが、そこまで思い詰めているとは気がつかなかったようだ。悔やんでいたよ」
艦船で自ら命を断つというのは残念ながらめずらしい事ではない。ホレイショが軍人時代であったときも何度か聞いたことのある痛ましい知らせだった。
「この士官の自室を詳しく捜索した結果、日記が見つかった。不躾だが、捜査の一環として中に目を通させてもらったら、気になる記述があった。身を投げた原因だろう」
資料が捲られると、めずらしい手書きの日記帳の写真だった。日記帳の記述は驚くべきものだった。
ホレイショは息を飲み、オルトラン艦長は重い口を開いた。
「この戦艦リリーに銃火器が無許可かつ大量に持ち込まれている。非常に由々しき事態だ」
宇宙空間をいく艦船はどこにも助けを求めることができない空間だ。その空間で秩序を保つために使用される銃火器とは違うものを持ち込む理由は、秩序に対する反乱だろう。
フィッシャー大尉は冷静に話を続けた。
「この日記を記した士官の部屋にも銃火器が隠されていた。この記述に書かれた場所を捜索したが何も見当たらなかったよ。仲間が失踪したと知って、慌てて場所を変えたのだろう。わずかに残された痕跡から大量の銃火器が隠されていたと見ている」
「今は超光速航行(ワープ)装置の不具合ということで、随伴艦たちを先行させて本艦を停止させている。反乱を企む連中が行動を移す前に、われわれも対処しなければならない」
「なるほど。そういう事情で、アークロイヤル級戦艦がこんな場所に単独でいたのですね」
ホレイショが拘束されていた事情がわかった。確かにこんなものが見つかって、不審な人物が艦隊の近くにいれば、警戒したくもなる。
「状況はわかりましたが、俺に協力を求めたいこととは何でしょうか?」
オルトラン艦長の視線は、まっすぐホレイショに向けられていた。しばらくその状態が続くと、オルトラン艦長は決意を固めたかのように頷いた。
「先ほども話したが、この戦艦はあるお方を護衛している。何があっても危害が及ぶことは許されないし、そのためには全力を尽くさなければならない。君には、私たちに代わってそのお方の護衛を任せたい」
護衛と聞いて、ホレイショはあることを思い出した。第2艦隊は貴族の子女を中心に編成された艦隊で、帝国軍の中でも特別な任務を担っていることが多い。その中のひとつが『皇族の護衛』だ。この戦艦に乗艦しているのも、皇族やそれに準じる要人で間違いないのだろうとホレイショは思った。
「われわれの失策だが、この戦艦リリーはすでに安全ではない。しかし、万が一のことはあってはならない。誰が信用できるのかわからない状況だ。護衛として近くの惑星まであのお方を送り届けてほしい」
「第7艦隊で活躍した君が力を貸してくれれば、これほど心強いことはない。頼む」
オルトラン艦長とフィッシャー大尉の視線を受けてホレイショは悩んだ。しかし、結論は初めから決まっていた。
「すみません。お引き受けできません」
オルトラン艦長は静かに言葉を返した。
「理由を聞かせてくれるか?」
「今更、俺みたいな男が協力しても、足を引っ張るだけです」
元第7艦隊が壊滅した戦場にホレイショは立っていた。
目の前で次々と撃墜されていく仲間たち。撃沈されて炎に包まれる艦船は数え切れなかった。すべての記憶が鮮明に、昨日のことのように思い出すことができた。
己の無力感を痛感して軍を去った男が、もう一度軍務についても、結果は残せないとホレイショは感じていた。
ホレイショの言葉を黙って聞いていたオルトラン艦長は、静かに口を開いた。
「わかった。君の意思を尊重しよう」
フィッシャー大尉はその言葉に異論を唱えた。
「どうするおつもりですか? 彼の協力が得られなければ、われわれは孤立無援のまま任務を続けなければなりません」
「無理やり協力させても意味がない。反乱を企てた連中も、勘付かれたと分かれば思いとどまるかもしれない。このまま近くの基地から増援が来るのを待とう。最悪、あのお方ひとりでも脱出してもらうしかない」
フィッシャー大尉はまだ反論するつもりのようだったが、オルトラン艦長が手を挙げて制止すると、大人しく引き下がった。
「わかりました。出過ぎたことをしました」
オルトラン艦長はソファーから立ち上がると、ホレイショに優しい声をかけた。
「君の立場は理解しているつもりだ。無理を言ってすまなかった。これで君は帰れる」
「すみません。協力できなくて」
オルトラン艦長に頭を下げると、ホレイショの内心にある声が沸々と湧き上がってきた。
それは、臆病者と罵る自分自身の声だった。
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