第11話

 その後、ホレイショが載るアストロン・フレームは大破した貨物船の残骸とともに宇宙空間を彷徨うことになった。

 アダムとノエルのシャトルとも、惑星ダンパーの港とも交信は完全に途絶え、現在の座標は不明。残っている酸素は十分あるとはいえ、食料も水も予備の酸素もない状況だった。

 もしかしたら夢かも知れないと、試しに顔をつねっても状況は変わらなかった。

 深いため息と共に、ホレイショは作業用アストロン・フレームから救難信号を発信した。

「これで誰かが見つけてくれるはずだ。あのふたりが港に報告すれば救助はすぐにくる。気楽に待とう」

 自分にそう言い聞かせて気分を落ち着かせる。ホレイショは気持ちの整理がつくと、作業用アストロン・フレームを操って貨物船の貨物室を奥へと進んだ。貨物室から船内に通じる入り口を見つけた。

「食料と水があるに越したことはない。悪いが、船内に入らせてもらう」

 ホレイショはアストロン・フレームをガッチリと船体に固定してから、着用していた宇宙服に損傷や不具合がないかを確かめてから機体のハッチゲートを開けた。

 正体不明の重力源に弾き出されてから、大破した貨物船の残骸と作業用のアストロン・フレームは移動を続けている。

 無重力空間では摩擦や抵抗はないため物体は動き続ける。そのため、いつ小惑星や宇宙ごみと衝突するかわからない。素早く行動する必要があった。

「ぼさっとしている暇はない。使えそうなものは回収しないと」

 ホレイショの現在地点は貨物室。アダムの転送した設計図によると、そこから船員の居住区画はすぐそばだ。

 懐中電灯と設計図を頼りに、ホレイショは慎重に暗い船内を進んだ。

 船員たちが使用していたと思われる食堂や個室などは見るも無惨な状態だった。行き場を失った食器や私物が散乱し、自分の呼吸音と懐中電灯の明かりだけが動く空間は、異世界に迷い込んだような幻想を覚えた。

「きっと幽霊船とやらもこんな感じだろうな」

 独り言を呟くとホレイショは目的地に辿り着いた。

『備品倉庫』と書かれた扉はホレイショひとりの力では動くことはなかった。今まで船体が受けた損傷が蓄積して、扉を歪ませているかも知れない。

 船内で見つけたバールを使って扉を動かそうと試みた。呼吸が荒くなりすぎないように慎重に力を加えたが扉は開かない。無駄に酸素を消耗しないように意識しても呼吸は荒くなる。焦りと戦いながらバールの位置を変えつつ、ホレイショは力を加え続けた。

 グッと扉がわずかに動いた。ホレイショは全力で力を加え続けると、重い扉が徐々に開き始めた。全身で力を加え、ついに扉が開放されると額に汗をかいていた。

 荒くなった呼吸を整えて、備品倉庫へとホレイショは足を踏み入れる。この中には長距離の航行に必要な備品が用意されており、ホレイショが探し求めていたものもここに安置されていた。

「非常用の食料と水。予備の酸素。ありがたく使わせてもらう」

 全乗組員たちが救助を待つ間に飢えないように、あらかじめ必要な用意するように義務付けられている非常時の持ち出し袋だ。その中からまだ使えそうなものをかき集めると、ホレイショは一礼してから備品倉庫を後にした。

 船内を戻り、手に入れた備品を作業用アストロン・フレームに詰め込むと、ホレイショは再び作業用のアストロン・フレームの操縦桿を握った。

 機体の固定を解くと、作業用の出入り口まで移動して貨物船の外を見渡した。小惑星も宇宙ごみもないことを確認すると、作業用のアストロン・フレームは船外に踏み出して減速を始めた。

 瞬く間に貨物船の残骸と距離が離れていく。減速が完了する時には貨物船の残骸は小さな点となりその姿は消えてしまっていた。

 ホレイショは作業用のアストロン・フレームを省電力に切り替えた。コックピットは薄暗い光のほか、静かに点滅する救難信号以外に全ての機能を停止させた。これは機体の消費電力を抑えることで、アストロノートの生命維持に残った機能を集中させるためだ。

「さてと、あとは救助を待つだけ。気楽に待とう」

 ホレイショは気持ちを落ち着けさせるために瞼を閉じた。余分な情報が減り、気持ちが荒れることはなくなるが、しかし気になる点がまだ残されていることに気がついた。

「ノエルは高重力波を検知したと言っていたな。大型の艦船が超光速航行(ワープ)からこちらに戻ってきたのか。でも、一体こんなところに、何か理由があるのか」

 理由は今考えてもわからない。今はただ、気持ちを落ち着けて救助を待つだけだとホレイショは瞼を閉じ続けた。そして、いつの間にか瞼が重くなり、日頃の疲れもあったのだろうか。ホレイショは静かに眠りに落ちた。

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