第16話

 ホレイショは迷っていた。一体この雰囲気をどう脱していいのか、答えが見いだせなかった。追手も現れなかったので戦闘になることもなかったが、ホレイショのすぐ後ろには、引き裂かれるような思いをした皇女さまが今も座っている。

 どう慰めようかと、ホレイショが考えを巡らせた。すると緑柱石色のフクロウがモニター上に現れた。声を出すことなく、言葉だけを表示させた。

『声をかけてあげてください。殿下はとても悲しんでおられます』

 ホレイショもそれを考えていたが、どうすればいいのかわからない。ミネルヴァに何か意見を聞こうにも声を出さずにどう会話をすればいいのかわからなかった。

『モニターに字を書きこんでください。認識できます』

 ホレイショは指で文字を書いた。

(どう声を掛ければいいのかわからない。何か話題はないのか?)

『優しい声をかけてください』

 答えになっていないと思ったが、ホレイショは話を切り出した。

「殿下、後ろの座席は狭くないですか?」

「はい。大丈夫です……」

 それだけの会話でまたコックピット内は静寂が戻ってきた。

『最悪です』

(うるさい。こっちは傷心の皇女さまと、何気ない会話ができるような男じゃない!)

 ホレイショはモニターを思いっきり殴りたい衝動を抑えた。

 優しい言葉を掛けろといった割にダメ出しをしてくるわけのわからないフクロウだ。しかし、ここでモニターを殴っても事態は好転しない。ホレイショは話題になるものはないか考えたが、宮廷のことや皇族が好きそうなことは全く分からないし、どう話せばいいのかも見当がつかなかった。

『もっと殿下の心に寄り添ってください。余計な気を回す必要はありません』

 戦闘支援用AIにそんなことを言われるのかとホレイショは頭を抱えた。しかし、ミネルヴァの言葉に従って、別の話題を切り出した。

「オルトラン艦長たちは心配いりません。近くの基地から増援部隊が派遣されると聞いていますし、こんな時のために白兵戦の訓練もあります。きっとすぐに再会できます」

 ジェニファーの返事はなかった。この話題でもダメなら、ホレイショのほうも泣き出したくなってしまう。しばらくそっとしておこうかと思った時、消え入りそうな声がホレイショの耳に届いた。

「あんなに激しい戦闘が艦内で繰り広げられていて、無事でしょうか?」

 自らも経験した銃撃戦がホレイショの頭をよぎる。もしかしたら、ジェニファーはもっと激しい戦闘を潜り抜けたのかもしれない。

「格闘技や体術、銃撃戦の訓練は、配属前の訓練過程で嫌というほど叩き込まれます。配属されてからも定期的に訓練は行われています。むしろ、戦艦の中で暴れることができて喜んでいる奴もいるかもしれません」

 ホレイショも数年前の出来事を思い返す。あの厳しくて何度もくじけて逃げ出したくなった訓練も、振り返れば必要があって行われたことだった。それが分かったのは卒業してからだったが、今でも訓練のことを思い返せば、不思議と活力がわいてくる。

 ホレイショは話を続けた。

「俺たちは死ぬほど厳しい訓練と実戦を潜り抜けた連中ですから、簡単には死ねません。徹底的に生き残って戦う術と知識を身につけています。心配無用です」

 そんな保証はひとつもない。しかし、ホレイショはそれしか言えなかった。

「そうですよね。戦うことには慣れていますよね」

「むしろこんな時にこそ働いてほしいです。殿下はご存じないかもしれませんが、艦隊の職務の裏ではだらけている奴らが大勢います。そんな連中の尻を蹴っ飛ばすぐらいがちょうどいいと思います」

 思わず笑みをこぼしたジェニファーを見て、ホレイショは安堵した。

「そうなんですね。みなさま、裏ではだらけていらっしゃるとは知りませんでした」

「はい。殿下が心配をかける必要はありません。いつも通りに振る舞ってください」

 ふと、ホレイショはモニター上に視線を動かす。そこには短い文章が綴られていた。

『よくできました』

(うるさい)

 ホレイショはモニターを小突いた。

「では、そうさせてもらいます。カーター少尉。どこに向かっているのですか?」

「惑星ハンブロストです。騎士国の惑星ではありますが、帝国軍と連絡を取ることもできます。安全な航路があって帝国からの距離も近いですし、救援を求めるには最適かと思います」

「惑星ハンブロストなら私も知っています。でも、帝国軍に救援を求めるのは賛成できません」

「それは意外な意見です。理由を聞かせていただけますか?」

 ジェニファーは少し考え込んだが、すぐに頷いた。

「それは私の任務が関係しています。巻き込んでしまった以上、あなたにも話しておく必要がありますね」

 ジェニファーはゆっくりと口を開いた。

「私が父から命じられたのは、ある噂を調査することでした。惑星を破壊する兵器を開発されたという噂です」

 惑星を破壊する兵器。ホレイショは聞いたことがなかった。

「新しい惑星の開拓や埋蔵されている資源の確保のために、大型のアストロン・フレームが使用されていることは私も知っています。しかし噂になっている兵器はより小型で、より効果的なものだと言われています」

 ジェニファーは自らの携帯端末を操作した。ホレイショの目の前に、携帯端末で表示されているものと同じ画像が表示された。

「これは巨大な掘削用の重機ですか?」

「協力者から提供していただいた資料です。これを改造し、さらに大型にしたものがその次の完成予想図になります」

 画像が切り替えられると、さらに巨大化した掘削機の予想図が表示された。

「こんなものが銀河に存在するのですか?」

「技術的には可能とのことです。事実、帝国でこの兵器の一部とみられるものが製造されていました。工場で働いている人たちは、何を作っているのか知らなかったようです」

 掘削機の一部と思われる写真に切り替わった。

「地面を削り取るカッターと呼ばれる部品です。他の部品も製造されているはずですが、帝国の諜報機関を持ってしても追跡することはできませんでした」

 しかし、とジェニファーは付け加えた。

「帝国内で部品が製造されていたことは事実です。そこで私と協力者のヴィスコンティ公爵と共に宰相に相談し、各国の首脳陣と情報を共有することに決めました。それが惑星アナドールでの会議です」

 惑星アナドールとは、紅月国に存在する惑星だ。銀河系の交通の要衝であり、古くから文明が交わる地点であったことから『銀河系の中心』と言われていた。

「しかも私が出発する直前に自由連邦の捜査機関からある情報を入手したと聞きました。それによると各国の首脳陣や要人たちが集中する惑星アナドールでこの兵器を使用する計画があるのです」

 ホレイショは耳を疑った。こんなものを使用すると思えなかった。

「この兵器を製造したのは武器商人のアンドレア・バーダです。この男は自由連邦の捜査機関との銃撃戦になり命を落としたらしいのですが、彼の目的や計画の詳細は不明です。すでにこの情報は各国に共有されているので、各国が協力して取り組めば対応できるはずです」

 ジェニファーは話を続けた。

「私たちは先に惑星アナドールに向かった宰相のギルフォードと協力者のヴィスコンティ公爵に追いつかないといけません。しかし戦艦リリーで起きた反乱の原因がわからない以上、無闇に帝国軍に助けを求めることはできません。余計に危険を招くことや、時間を無駄に消耗することになります。そこで第3の道を選択したいと思います」

「第3の道ですか?」

「このまま惑星アナドールに向かっても、会議の開催中は厳しい警戒体制が取られています。入国するために必要な手続きができなければ、追い返されるか捕らえられるでしょう。そこで惑星アナドールに入国できるものたちの力を借りれば、帝国軍に頼る必要はなくなります」

「そのために惑星ハンブロストに向かおうということですね」

 惑星ハンブロストは大勢の人が集まる物流の拠点だ。その中から惑星アナドールに入国できる人を探せばいいのだ。

「もちろん、信頼できる人物かどうかを見極めなければなりません。カーター少尉の意見はいかがですか?」

「なかなか大胆なお話だと思いますが、納得できます。でもひとつ問題があると思います」

「それは何でしょう。聞かせてください」

 ホレイショは少し意地悪な質問をした。

「もしかしたら俺が殿下のことを狙うものたちの手先かもしれません。その時はどうするおつもりですか?」

 ジェニファーは手をポンと打った。

「確かに、その可能性は考えていませんでした。でも心配はいらないかなと思っています。オルトラン艦長の判断だということもありますが、私個人としてもあなたのことは信頼しています」

 回答はホレイショの想像を超えていた。どういうことなのか聞き返す前に、ジェニファーはイタズラっぽく笑っていた。

「あなたは知らないと思いますが、私は以前からあなたのことを知っていました。帝国軍士官学校の卒業後に行われた演武大会に私も足を運んで、あなたの活躍を拝見させていただいていましたから」

 帝国軍は士官学校を卒業する直前、アストロン・フレームによる演武大会が慣例として行われていた。

 演武大会は帝国中から大勢の観客が押し寄せる大規模な祭典だ。観客の多くは卒業生の親族や先輩たちが中心だったが、ホレイショが卒業した時はさらに特別な事情があった。

「いとこのクローディアスが参加していましたのでみんなで観にいきました。私の父や叔父さまもこっそりと足を運んでいましたか、あの時はたいそう悔しがっていましたよ」

 クローディアスはホレイショの同級生の名前だ。現皇帝の嫡男であり、通常なら拝謁すら叶わないような殿上人だったが、帝国軍の士官学校という特殊な環境下でこそ知り合えた人物だ。

 当時を懐かしむように、ジェニファーは目を細めていた。皇族がいるという噂で同級生たちが浮き足立っていたことをホレイショは覚えていた。

「あの会場にいらしていたとは思いませんでした。観客はみんなモントリオール殿下の活躍に目を奪われていました」

「でも勝ったのはあなたです。勝負がついた後は双方の健闘を讃えあう拍手まで鳴り響きました。今でも覚えています」

 ホレイショも決勝戦のことは特別によく覚えていた。誰も目を逸らすことができないほど白熱した戦いを目の当たりにした観客たちは、全員が一丸となって会場に歓声を響かせていた。特別な舞台の中心地にいたことは自分でも信じられないような思い出だった。

「あなたは自分の信念は曲げない人なのでしょう。だからこそ、あの会場の雰囲気に呑まれることはなかった。きっと頼りになってくれるでしょう」

 ホレイショは自分で想像していたよりも信頼を寄せられていたことに、思わず背筋が痒くなってしまった。そのことを隠すように口を開いた。

「ありがとうございます。それなら、ご期待に応えなければなりません。惑星ハンブロストまで向かいましょう」

「ええ、目的は惑星アナドールです。長い旅路になるはずです。急ぎましょう」

 ホレイショは超光速航行ワープ装置を起動した。

 アテナは光の速さをこえ、惑星ハンブロストへ駆け出した。

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