第37話

 戦艦セージに戻ると、格納庫いっぱいに大勢の乗組員が押し寄せていた。ホレイショとソフィア、護衛部隊の仲間たち、そしてエリナが格納庫に降り立つと、格納庫は思わず耳を塞ぎたくなるような大きな歓声に包まれた。大勢の中から代表してジェニファーが出迎えてくれた。

「エリナ。任務達成おめでとう。あなたたちのおかげで惑星アナドールは救われました。代表してお礼を言わせて」

「ジェニファー。出迎えありがとう。しかしこの成果は、この護衛部隊の協力なしでは成し遂げられなかった。そして何より、この場にいる全員が力を合わせた結果だ」

 熱狂で渦巻く乗組員たちは歓声と拍手で答えた。

「詳しい説明はこちらでしましょう。落ち着いてお茶でも飲んでください」

「そうだね。流石に疲れたし、お言葉に甘えるとしよう。諸君も、出迎えありがとう!」

 エリナは去り際に押し寄せた乗組員たちに大きく手を振った。さらに一際大きな歓声がホレイショたちに向けられた。

 円卓のある会議室にエリナが入室すると、マルティナとカミラは立ち上がった。ヘインズ博士やルーサー少佐の姿はなく、少し会議室が広く感じられた。

 マルティナとカミラは共にエリナの無事の帰還と任務の達成を祝う言葉を伝えた。

「ふたりとも、ありがとう。現状を聞かせてくれ」

 全員が席に座ると、カミラは口を開いた。

「現在、ルーサー少佐が率いる戦力は、時限爆弾の回収作業に協力しています。戻るのはもうしばらく時間がかかるはずです。ヘインズ博士は時限爆弾の捜索から、黄金の鎖の復旧作業に取り掛かっています。これも時間がかかるでしょう」

「黄金の鎖が再び制御下に置かれたことで、途絶していた惑星外との通信もできるようになりました。また各国から続々と増援が届くはずです」

「それならよかった。情報端末と携帯端末の方はどうなっている?」

 マルティナは首を横に振った。

「端末の修復には成功しましたが、得られたデータはどれも断片的なもので、得られるものは何もありませんでした。短い文章をやりとりした痕跡は発見しましたが、内容は不明です」

「文章をやりとりした相手は誰だ?」

 カミラが質問に答えた。

「相手の名前は『スレイマン・デミル』。この惑星アナドールの技術者で黄金の鎖の管理を担当していたものです。すでに捜査機関がデミルの身柄を確保するために職場と自宅に向かいましたが、無断欠勤で職場に姿を現す事はありませんでした。自宅の方は、もぬけの殻で捜査機関宛に手紙が置いてありました」

 カミラの指がコンソールを叩くと、ある手紙と男の顔が表示された。ジェニファーがその手紙を読み上げた。

「『私は大いなる叡智の一部に帰る』。一体どういう意味でしょうか?」

「詳細は不明です。ただ、デミルは自宅付近の川から遺体となって発見されました。死因は溺死と思われます」

 ホレイショは生前のデミルの写真に目を向けると、実直そうな技術者で悪事を働くような男には見えなかった。

「バージル・マローという男の情報はないか? 惑星外と通信ができるなら、彼のこともわかるだろう」

「調査は始まったばかりです。詳細な調査結果が上がるのは時間がかかりますが、連邦が情報を分けてくれました」

 マルティナはコンソールを操作する。

「バージル・マローというのは偽名のようです。本名は『デニス・マッカーナン』。民間の研究機関で研究員として働いていたようです。専門は惑星開発工学で数ヶ月前に突然退職し、現在に至るまで惑星アナドールで暮らしていたようです。彼の交友関係や経済状況については調査が続行されています」

「デミルが黄金の鎖を乗っ取り、マッカーナンが惑星を破壊する。構造はわかったが、このふたりの接点がわからない。どこか酒場で意気投合したのか、何者かが付き合わせたのか」

「武器商人のアンドレア・バーダとの関わりも調査を進めるべきではないでしょうか? この3人の共通点を探し出さなければなりません」

 技術者、学者、武器商人。チグハグで、共通点というものがありそうで見出せない。

 ジェニファーとエリナは同じ結論を口にした。

「帝国に戻りましょう。惑星破壊兵器が製造されたのは帝国です。もう一度、徹底的に調査をしましょう」

「黒幕がデミルとマッカーナンを付き合わせ、バーダに時限爆弾を作らせた。黒幕は何も知らないふりをして帝国で見守る。私たちは帝国に戻る必要があるな」

 カミラは頷いた。

「承知しました。では、宰相閣下に惑星アナドールをお任せし、我々は帝国に帰還するということでよろしいでしょうか」

「そういうことだ。会議も中止だろうし、ここにいる意味はない。マルティナ。ギルバード卿と連絡をとってくれ」

 マルティナは了解しましたと返事をして、コンソールを操作した。程なくして通信画面がモニターに映し出され、ギルバード卿の笑顔が映し出された。

『エリナさま。この度のご活躍のこと、私も拝聴いたしました。私などにはとても真似できそうにありません。』

「相変わらず耳が早いな。その活躍は私ひとりの力ではない。この場にいる仲間たちの協力なくしては、成し得なかった大きな戦果だ。それよりも私たちの考えを聞いてくれ」

 エリナは先ほど辿り着いた結論をギルバード卿に話して聞かせた。ギルバード卿は時折驚きながらも最後まで耳を傾け、最後には納得してくれた。

『なるほど。理解できる話ですな』

「君にはこの惑星に残ってほしい。各国の調査が結果を出すかもしれないし、先に誰かが黒幕を見つけるかもしれない。その時になって、誰もいなくては私も知ることはできないだろう」

『承知しました。このギルバード、謹んで連絡役を引き受けさせていただきます』

 恭しく頭を下げるギルバード卿。しかし、顔を上げた時その瞳には辣腕を振るう政治家らしく鋭い光が宿っていた。

『しかし、ご注意なされよ。相手はかなりの手練です。姿を隠し、雲のように消え、証拠は残さない。一瞬の油断が命取りになりましょう。帝国にいる私の部下を同行させます。何かあれば、彼の指示に従ってくださいますように』

「わかった。理解してくれてよかったよ」

『では、武運長久をお祈りいたします。何か新しくわかれば、私からも連絡を差し上げます』

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