第19話

『ずいぶん派手に仕事しているみたいね!』

 襲撃を受けている船団は、すでに海賊のアストロン・フレームに取り囲まれていた。護衛のアストロン・フレームは善戦しているが、数が多い海賊相手には防戦する一方のようだ。

「どうするつもりだ?」

『決まっているでしょう。あいさつ代わりに、これを上げるわ!』

 フリューゲルは海賊のアストロン・フレームに攻撃を仕掛けた。ホレイショが見たところ、新型の光学兵装で、長身の銃身から放たれる光の一撃は、海賊を容易く葬った。

 海賊のアストロン・フレームは、正公国製のポリカルポフ。軽量で比較的高い信頼性、様々な改造に対応できる拡張性の高さなどから旧式のアストロン・フレームでありながら、現在も様々な形で製造、運用されていた。

 アテナとフリューゲルが接近してきたことに気が付いた海賊たちは、反転して攻撃を仕掛けてきた。

 アテナも攻撃を仕掛けた。フリューゲルと違ってアテナには手持ちの兵装はない。しかし両腕の前腕部に搭載された攻守一体型光学兵装『アイギス』が、掌部から緑柱石色の光『ショット』を放つ。ポリカルポフは回避すると、短機関銃を放ちながら接近戦を仕掛けてきた。

 アテナもそれに応じ、アイギスを槍の形状『パラス』に展開した。

ポリカルポフも長剣のような光学兵装を抜き放ちアテナに切り掛かった。

 アテナは長剣を最低限の動きで回避して背後に回る。そして大きく隙を見せるポリカルポフの背後からパラスを突き立てた。動力源を失い、爆散することもなく戦闘不能になると、漂流していった。

「ソフィア、そっちはどうだ?」

『もう3機は撃墜したわ。あんたこそ大丈夫なの?』

「問題ない。船団の護衛隊と合流しよう」

 アテナとフリューゲルは船団の護衛をしているアストロン・フレーム『フォッケウルフ』を見つけると、指揮官機と思われる1機に声をかけた。通信画面にいたのは、クセの強い黒髪の30代前半ぐらいの男性だった。

 アテナの姿を見ると驚きを隠せない様子だったが、フリューゲルを見つけると安心したような声を上げた。

『ミハエルのところのお嬢さんか。驚かせないでくれ』

『ちょうど近くにいたからね。助けに来てあげたわよ。ステファノ』

『そっちは誰だ?』

 明らかにホレイショを警戒している。初対面で今まで見たことがないアストロン・フレームに乗っていれば無理もないことだろう。

『私の子分よ。名前はジョニー・デップ』

「いつの間に子分になったんだ?」

 ソフィアは回答しなかったが、ステファノは安心していた。

『味方なら問題ない。俺はステファノ・ブルーノ。この船団の護衛をしている』

「よろしく頼む。敵は何者だ?」

『海賊だ。いきなり現れて襲い掛かってきやがった。いつにもまして数にものを言わせてきているが、こっちは人員も足りないから押されてしまっている。来てくれて助かったよ』

『いいのよ。その分あんたたちには稼がせてもらっているし、お得意様のためならちょっと融通を利かせないとね。さっさと蹴散らしてきましょう』

 ステファノは申し訳なさそうな顔をしていた。

『すまない。今回も世話になる。子分の人も頑張ってくれよ』

 アテナとフリューゲルは最も激しい戦闘が繰り広げられている戦線に向かった。すでに味方のアストロン・フレームが押され、じりじりと後退を余儀なくされていた。

『私が行くわ。援護しなさい!』

「了解。親方に合わせる」

 フリューゲルは全速力で海賊の戦線に突撃した。正確かつ強力な射撃でポリカルポフを撃墜していった。

 アテナも後れは取らない。ソフィアが撃ち漏らした敵や混乱している敵を狙って、ショットで狙撃していった。

ポリカルポフを撃墜しながら、海賊の旗艦まで一直線に向かう。

改造した旧型の巡洋艦から護衛のアストロン・フレームが出撃してきたが、アテナが難なく撃ち落とす。対空砲火をフリューゲルが難なく潜り抜けると、旗艦の艦橋まで接近した。

『またあんたたちね。性懲りもなく、同じことばっかり繰り返すものね』

『シュトゥットガルト!』

 ひげ面の男性が通信画面に現れる。そしてソフィアのことを見ると、憎々しげに叫んだ。

『叫ばないで。頭に響くから』

『積年の恨み、今日こそ晴らしてやる!』

『そんなこと無理よ。あんたこそ、憲兵隊に身柄を引き渡してあげるわ』

 ソフィアの言葉を一笑に付すと、粘着質な笑みを浮かべた。

『今日は違うぞ。秘密兵器を持ってきた。これで貴様を叩き潰す!』

 海賊の旗艦から1機の大型アストロン・フレームが姿を現した。

 その姿は異様だった。通常は両腕が左右で一対のはずだが、目の前の機体は三対あり、それぞれ違う武装を装備していた。頭部も正面と左右に配置されている。脚部だけは組んでいるが、漆黒の宇宙空間に浮かぶ異形のアストロン・フレームだ。

「こんな機体まであるのか。銀河は広いな」

『私も初めて見るわ。芸術点なら満点ね』

 ホレイショとソフィアは戦闘中だということも忘れて、目の前に現れた機体に感嘆の声を上げた。それを見たひげ面の男性は、満足気に笑い声を上げ、つばをまき散らした。

『こいつはアスラ! 扱いは面倒だが、全方位にスキはない! 必ず貴様を地獄に叩き落す! ぶちかませ!』

 一番外側に配された両手が、アテナとフリューゲルに向けられた。両手に握られていたのは特殊な形状をした大砲だった。それに気が付いたアテナとフリューゲルは即座に退避した。幾条もの破壊をもたらす光が、大きな光の奔流となって襲い掛かってきた。

 周辺を漂っていた小惑星や、巻き込まれた宇宙ごみが一瞬で蒸発して姿を消した。

『いいぜ! いいじゃないか! そのまま消し炭にしてやれ!』

 ゲラゲラと不快な笑い声を上げている。その威力を目の当たりにしたソフィアとホレイショは表情を引き締めた。

『すごい破壊力ね! 威張るだけのことはあるわ!』

「当たるわけにはいかない! 隙を伺うぞ!」

 アテナとフリューゲルは、アスラから距離をとる。

『そうだ、逃げろ! いい気味だぜ!』

 ひげ面の男性は、この上ないほど大きな笑い声を上げている。耳につんざく不快な声が、ホレイショの集中力を乱した。

 アスラはひとつ内側の腕に装備されたライフルで、アテナとフリューゲルを牽制する。

 動きが鈍り、隙が生まれると外側の大砲で仕留める。大概のアストロノートであれば脅威になるだろう。

 しかし、アテナとフリューゲルはアスラの大砲を、ギリギリではあるが、回避できていた。

『しぶといぜ! いい加減に消えちまえ!』

『そうはいかないわ。そんな簡単に落とされたら、騎士の名が廃るわ!』

 あくまで強気な姿勢を崩さないソフィアだったが、表情には焦りが見られた。その気持ちはホレイショも同じだ。後方に残している友軍のことを考えると、アスラに時間を取られるわけにはいかなかった。

「親方、射撃は得意か?」

『人並みよ。それがどうしたの?』

『それなら十分だ。俺があいつの注意を引き付ける。アスラの隙を見つけたら狙撃しろ』

 ホレイショはソフィアの返事を聞かずにアテナでアスラの正面に躍り出た。

『どうなっても知らないわよ!』

『アスラと呼称される機体の解析結果が出ました。複数の機体を改造して製造されたようです。機動性は劣りますが、高火力で隙のない攻撃ができます』

 アテナはアスラの注意を引きつけた。ミネルヴァの解析通り、アスラの動き自体は緩慢で、捉えることは造作もない。アテナはショットでアスラを狙う。しかし、アテナの一撃はアスラに到達することなく霧散した。

『無駄だぜ! そんなしょぼい攻撃じゃあ、アスラの防壁は突破できない! お仲間の騎士さまはどっかに消えちまったようだが、手加減はしないぜ?』

「経緯は知らないが、あんたはうちの親方相手に負け続きらしい。そんな雑魚から手加減は不要だ。本気で来いよ。どうせ無駄だ」

 ホレイショの一言は、ひげ面の男性を怒らせるのには十分だった。紅潮した顔で、激しく頭をかき乱すと大量の白いフケがまった。

『貴様たちは生かして返さない! 全員、ここでぶっ潰す!』

 アスラは猛烈な怒りをぶつけるようにアテナに攻撃を仕掛けた。周囲にいた海賊の戦艦もお構いなしにありったけの破壊と暴力を振りまいた。

 アテナはアイギスを展開した。緑柱石色の強力な防壁は、アスラのなりふり構わない破壊と暴力の激流に対しても、全く損傷を受けることはなかった。業を煮やしたひげ面の男性の怒りは、すでに頂点を超えていた。

『小賢しい! 小賢しい! 小賢しい! 下らん防壁ひとつ、すぐに捻り潰してやる!』

 アスラの動きはさらに単純なものになっていた。

アテナは反撃に移った。

光の槍パラスを展開し、アスラに接近した。アスラには近接専用の兵装は見て取れない。アテナの距離に持ち込めば勝機はある。

『こいつ!』

「もらった!」

 アスラの銃撃を回避し、懐にもぐりこんだ。パラスの一槍がアスラを捉えようとしたとき、ひとつ内側の腕が素早く武装を持ち替えた。実体剣を使ってパラスの軌道を逸らしたが、合掌されていた一番内側の両腕が乱された。

 その時、アスラの防壁が乱れたことをホレイショは見逃さなかった。

 すぐさまパラスを操り、一番内側の両腕を切り落とした。アスラの防壁は解除され、その身を守る防壁は消え去った。

『貴様! よくも!』

 焦りにかられたアスラはアテナから距離を取り、先ほどと同じように猛烈な攻撃を仕掛けようとした。しかし、それが繰り返されることはなかった。

「親方!」

『バッチリよ!』

 隙を伺っていたフリューゲルの狙撃。その研ぎ澄まされた一撃は、アスラの胸部を打ち抜き、勝負が決まった。

 アスラの頭部が爆散する胴体から切り離され、戦場から離脱していく。

『くそ! 1対2でなければこんな遅れはとらなかったものを!』

 通信画面越しでもわかるほど屈辱で表情が歪んでいる。歯軋りをし、髪の毛をムチャクチャにかきむしる姿は、いっそ清々しくもあった。

『いずれこの借りは返す! 覚えておけ!』

『忘れないうちに返しに来てね。もう最初の借りは覚えてないから』

 ひげ面の男性は、アスラから脱出していった。アスラと呼ばれた異形のアストロン・フレームは爆散し、その異形の姿は消えていった。

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