第18話
ホレイショとジェニファーはアテナまで戻ると、ミネルヴァにミハエルとソフィアのことを報告した。
『ふたりだけでは、話せないこともあるでしょう。仲間が増えることは負担の軽減にもつながります。回り道は確かに時間を浪費するかもしれませんが、必要な投資だったと推察します』
「ミハエルと合流する宇宙港は混雑しているらしい。遅れる前に出発しよう」
『了解です』
ホレイショとジェニファーが操縦席に収まるとアテナは港を発った。
徐々に高度を上げると市街地を見下ろし、さらに惑星ハンブロストの成層圏から抜け出した。周囲には漆黒の宇宙が広がっている。
アテナはミハエルたちとの合流地点に向かった。惑星ハンブロストの衛星軌道上には巨大な宇宙港がいくつも設けられており物流の中継地点になっている。その中に待ち合わせ地点に選ばれた細長い構造物が特徴の『灯台』があった。
先着していた宇宙船は、ミハエルが話していたように少し古い型式の船だったが、十分整備が行き届いている。アテナはソフィアの指示に従って宇宙船『ライゼンダー』に降り立った。
格納庫は十分な広さは確保され、掃除も行き届いているようだ。
「よく来たわね。歓迎するわ」
ソフィアの出迎えを受けると、まずジェニファーが格納庫に降り立った。後に続いてホレイショが荷物を持って続いた。
「少しの間だけお世話になりますね」
「気にしないで。自分のうちだと思って自由にしていいわ。働くときは働いてもらわないと困るけど、その時以外はのんびりしましょう」
そう話したソフィアだったが、その視線はアテナに釘付けだった。抑えきれない興味と情熱で瞳を輝かせながら、ホレイショに質問をした。
「この機体って、もしかしてヴィスコンティ製?」
「本物はめったに見られない代物だ。これはよくある
ヴィスコンティのアストロン・フレームは選び抜かれたごく限られた一部の人々にしか入手できない。本物だと言えば、ジェニファーのことも話す必要が出てくる。
ソフィアはやっぱりと残念そうな声を出した。
「ずいぶん気合の入った
もちろんアテナは
宇宙空間での作業効率向上のため、研究開発が進められてきたアストロン・フレームという存在だが、開発者のヴィスコンティ公爵家により通常のアストロン・フレームを凌駕するまでに性能が向上させられている。
莫大なエネルギーをもたらす『クロノス』と呼ばれる物質は、銀河中のごく限られた惑星から産出されるものだが、宇宙船の超光速航行(ワープ)装置や、アストロン・フレームの動力源として使用されている。このクロノスを使いこなし、一つ抜きん出た機体に仕上げることは、銀河系広といえどもヴィスコンティ公爵家しかいなかった。
ソフィアはいろいろ質問をぶつけてきた。その熱心さからの情熱をホレイショは感じた。
操縦席にも案内し、ミネルヴァのことを話すと、ソフィアは大いに感激して、いつかは自分の機体にも搭載したいといい始めた。
「さすが帝国製のアストロン・フレーム。
ソフィアはアテナの隣に格納されていたアストロン・フレームに近付くと、声高らかに紹介した。
「メッサーシュミット・フリューゲル。この子は試作機だけど、研究開発に協力する条件で特別に譲ってもらったものよ」
ホレイショは、メッサーシュミット・フリューゲルと呼ばれた機体を観察した。
騎士国製らしい武骨で勇ましい機体だ。濃灰色の装甲を持つ機体は、全身に甲冑をまとった騎士を思わせる。ホレイショもよく知る機体であったが、少しだけ異なる部分があった。
背面部の推進装置が大型化され、より高機動戦に特化したような改修が見られた。
「これは少し違うな」
ソフィアは何度も頷くと、誇らしげに話を続けた。
「やっぱりわかっちゃうでしょう。この子ならスピットファイアを相手にしても後れを取ることなんてないわ。私の好みに沿うようにいろいろ調整してくれたし、最終的にはここよ」
そういって自分の腕を軽くたたくソフィア。ホレイショも同意見だったので同意を示した。
ホレイショもソフィアにいろいろと質問をした。
質問に的確に答え、機体のことを熟知している。それがソフィアの高い実力を想像させるに十分な証拠だった。
熱心に話し込むホレイショとソフィアに置いて行かれているジェニファーに気が付くと、ソフィアは話を切り上げた。
「ごめんなさい。少し話し込んじゃったわね。父さまが船の操縦をしてくれているから、そっちに顔を出しましょう。その後は目的地に着くまで、お茶でも飲みましょう」
ホレイショとジェニファーは、ソフィアの後について船の中を進む。空き部屋によって荷物を置くと、操縦室に向かう。ミハエルは操縦席に座っていたが、ホレイショとジェニファーに気が付くと立ち上がった。
「君たちを歓迎するよ。これから惑星フェストルアンに向かう。準備はいいかい?」
ホレイショとジェニファーは頷いた。
ミハエルの隣にソフィアが腰を下ろす。その時、警報が鳴り響いた。
「どうした?」
「わからない。確認するわ」
ソフィアの指が素早くコンソールを叩いた。その動作に一切無駄な動きはなく、手元を見ることもなかった。
「ここから少し離れた船団が、海賊から襲撃を受けているわ。救難要請がこっちにも来ている」
「なるほど海賊か。こんな惑星に近い船団を襲うとは仕事熱心だね。こちらに救援要請をするということは、苦戦を強いられているようだ」
ミハエルとソフィアの声は冷静だ。ミハエルはホレイショとジェニファーに視線を向けた。
「悪いが、少し時間をくれ。この状況を黙って見逃すわけにはいかない。ソフィアに船団の様子を見てきてもらおうと思う」
ジェニファーは頷いた。
「構いません。時間はありますし、海賊の狼藉を見過ごす必要もありません」
「ありがとう。理解が速くて助かるよ。ソフィア、任せた」
操縦席から立ち上がると、ソフィアは肩を回した。
「了解。ちょっと行って追い返してくるわ」
「俺も行きます。ひとりよりふたりのほうが早く片付きます」
「では、あなたにはソフィアの援護をお願いします。くれぐれも無理はしないようにしてください」
「わかっています。すぐに終わらせてきます」
ホレイショとソフィアは駆け出した。格納庫から素早く出撃すると、アテナとフリューゲルは、彗星のような軌跡を描きながら襲撃を受けている船団へと向かった。
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