第20話

 海賊の船長だったひげ面の男性が戦場を離脱したことで、海賊はその勢いを徐々に失った。大半のアストロン・フレームは敗走した。

 旗艦だった海賊の改造戦も姿をくらませていた。そのことに気がついたのは、戦闘がひと段落ついてからだった。

「捕まるほどあのひげ面も鈍足じゃないの。おかげで行く先々で絡まれるから、私としては諦めるか捕まってほしいけど、しぶとさには定評があるの。一番嫌われる性格ね」

 ソフィアの口調には、あきらめが混ざっていた。どうしようもないと両手を掲げると、ホレイショもその心証を察した。

 ソフィアは話を続けた。

「でも、あんな強力な機体は初めて見たわ。どこから調達したのかわからないけど、簡単に調達できるものじゃなかったわね」

「強力な改造機だった。逆にアストロン・フレームの調達方法で足が付くかもしれないぞ」

 ホレイショとソフィアは、輸送船ライゼンダーに帰還すると、格納庫で会話を交わしていた。操縦席に戻ろうとするホレイショを、ソフィアが呼び止めた。

「あんた、ホレイショ・カーターでしょう?」

 いきなり指摘されたことでホレイショの心臓はひっくり返りそうになった。内心を悟られないように、ホレイショは淡々と否定した。

「そんな名前のやつ、知らないな」

「あんたは知っているはずよ。少なくても私はごまかせないわ。白状しなさい」

「人違いだ」

 あくまでも白を切るホレイショに、ソフィアも反感を覚えたのか、じっくりと顔を覗き込むように話した。

「ホレイショ・カーター。階級は少尉。所属は、帝国軍第7航空宇宙艦隊、第89機動師団、第13小隊。新兵時代から数々の戦果を挙げる。年齢は私よりも上で、兄さまと同い年。特徴的なのは白い髪と灰色の瞳。もっと早く気が付けばよかったわ」

 ソフィアの口からすらすら出てきた軍人時代の情報に、ホレイショは驚いた。なぜそんなことを知っているのか、理由はひとつしかない。

 ホレイショはソフィアをじっと見つめる。その黄金色の瞳は、ガラス玉のような無機質な光を放っている。

「あんたたちとの戦闘に敗れた私たちロイファー騎士団は深い傷を負ったわ。兄さまは戦死、父さまは騎士団から追放。つまらない偽名まで使って何を企んでいるのか。詳しく聞かせてもらいたいわね」

 ソフィアの射貫くような視線がホレイショに向けられた。

 しかし、ホレイショも正体を明かすわけにはいかない。白を切り通すつもりで口を開きかけたが、ジェニファーとミハエルが、格納庫まで様子を見に来た。

「ふたりとも一体どうした?」

「何かあったのですか?」

 ホレイショはため息をついた。ジェニファーに状況を説明した。

「ソフィアに俺の正体が見抜かれました。実は彼らと軍人時代に、戦ったことがあります」

「なるほど。仕方がないことです。この際ですから、おふたりを見込んで私たちの秘密を明かしましょう」

「あなたも、私たちに隠し事があるっていうの?」

 ギネヴィアは静かに頷いた。ミハエルとソフィアに向きなおるとジェニファーは丁寧に頭を下げて謝罪した。

「騙すつもりがなかったといわれれば嘘になります。必要以上におふたりを巻き込んでしまうのを避けたかった。少尉は私に合わせてくれました。申し訳ありません」

 ミハエルは首を振った。

「誰にも事情はある。よければお茶でも飲んで、落ち着いて話そうじゃないか」

 そのまま場所を変えると、控室のような簡単な食事ができる部屋にホレイショたちは入った。自由に座ってくれとミハエルが話したので、ホレイショは部屋に置かれていた机の椅子に腰を下ろした。その正面にはミハエルが座り、彼の隣にはソフィアが座った。ホレイショの隣にはジェニファーが着席する。

「ソフィア、すまないがお茶を運んでくれないか?」

 ソフィアは黙ってうなずくと部屋の奥に消えた。ジェニファーはソフィアの後を追った。

「どうも真面目な話は苦手でね。コンラッドと戦った君と、こうして話す機会が巡るとは思ってもいなかった」

 ホレイショは頷いた。

「俺も不思議です。たまたま出会った人が、戦場でしのぎを削り合った相手だとは、想像もつきませんでした。ウソをついてすみません」

「気にしていないさ。確かにいい気分はしないが、本当のことを話してほしい。そうすれば、お互い理解もしあえるかもしれない」

「息子さんのことで、俺を恨んではいないのですか?」

 ホレイショは覚悟を決めて尋ねると、ミハエルは首を振った。

「まるで何も思っていないことはないが、君を恨むのは筋違いだと思う。彼も騎士として生まれたし、そう育った。立派な生涯だったし、誇りに思っているよ」

 頭の中を整理するように、ミハエルは言葉を紡いだ。

「君たちの艦隊と私たちの騎士団は何度も戦火を交えた。コンラッドがいなくなった後、すぐに君とその仲間たちも全滅したときいて、逆に戦場の無情さを呪ったよ。だからこそ騎士団から追い出されても悔しくはなかったし、娘とふたりの自由気ままに暮らしている現在には満足している。君こそ友人や顔を知っている人たちが犠牲になったはずだ。その点に関して、君は私たちを恨まないのかい?」

 ホレイショの脳裏に当時の仲間たちの顔が蘇る。

「戦場では、全員が同じ危険にさらされています。命を落としたことも、生き延びることも、そういう巡り会わせだったのだと考えています」

 自らの不甲斐なさを悔いることがあっても、ホレイショは戦場で戦った相手のことまで口出すつもりはなかった。お互いに仲間を失った喪失感が、ふたりに共感を覚えさせるきっかけになったのかもしれない。

「そう思ってくれているなら、私から話す事はないよ。きっとソフィアも同じように考えてくれるさ」

 ミハエルの言葉のおかげでホレイショの気持ちは軽くなった。

「お茶を運んできました」

「いい茶葉があったから使ったわ。お菓子も適当に選んでね」

 ジェニファーとソフィアがお茶を運んできてくれた。ホレイショものどが渇いていたので目の前にあった容器から砂糖とミルクを入れると一口含んだ。

 温かいお茶の芳醇な香りと、濃厚なミルクの風味。

 そして、強烈な塩味。

 あまりにも突然襲ってきた塩味に、ホレイショはむせた。

「これ、塩じゃないか?」

 目の前にあった容器をよく見てみると、中に入っていたのは白い粉末であったが、砂糖と違ってサラサラとした細かい粒子だった。

 その容器が置かれていたのはホレイショの目の前で、机の中央には角砂糖の容器がしっかりと置かれていた。

「ウソつきには、塩対応でちょうどいいじゃない?」

 そういうと、ソフィアはそっぽを向いた。

「大丈夫かい?」

「はい。問題ありません」

「捨ててきますね」

 ホレイショのカップをもってジェニファーは台所に向かった。

「やり過ぎだ」

「いい気味よ」

 ミハエルにたしなめられても、ソフィアは謝るつもりはないようだ。そっぽを向いて決して視線を合わせようとしないところが、年相応といったところだろう。

「俺は気にしていませんから」

 ホレイショはそういうと、ギネヴィアが洗ったカップを持ってきてくれた。礼を言って受け取ると、改めてカップにお茶を注ぐ。今度は角砂糖とミルクを確認してから混ぜた。口に含むとお茶の香りとミルクのまろやかさ。そして、砂糖の甘みが口の中に広がった。

「さて、改めて君たちの話を聞かせてほしい」

 ジェニファーは頷いた。

「私とカーター少尉がどういった経緯と目的で惑星アナドールに向かうのか、おふたりにも話したいと思います」

 ジェニファーはこれまでの経緯を語った。

 自分が帝国の皇女で特別な任務に就いていたことや、反乱が起こった艦隊から逃げ出して惑星アナドールに向かう目的について話した。

ミハエルとソフィアは半信半疑だったが、ホレイショと同様に資料を交えた説明を受けると、ジェニファーの話が真実だと理解してくれたようだ。

「驚いたな。どこかで見たことがあるような気がすると思ったら、まさか帝国の皇女さまとは思いませんでした。数々の非礼をお許しください」

「私も皇女さまだと気が付かないで、無礼でした」

 ミハエルとソフィアは深々と頭を下げた。ジェニファーは両手を振って気にしていないと話した。

「身分を偽ったのは私です。カーター少尉も私に気を遣ってくださったのでしょう。これまでと同じように扱っていただければ、私の身分も隠しやすくなるので、協力してくだされば幸いです」

 ミハエルは少々困惑しているようだが、覚悟を決めたようだ。

 そしてソフィアはジェニファーの手を取って顔を近づけて話した。

「承知しました。いや、わかったよ。君がそういうなら、私たちもこれまで通りに話させてもらおう」

「私たちが惑星アナドールまで確実に送り届けるわ。安心してね」

「はい。改めまして、おふたりとも、よろしくお願いします」

 ソフィアは次にホレイショに視線を向けた。

「あんたも、さっきは悪かったわね。ちょっとやり過ぎたわ」

「気にしてないさ。悪かったのは、こっちのほうだ」

 ホレイショは謝罪を受け入れた。

 特別な事情を受け入れてジェニファーを惑星アナドールまで送り届けることに同意してくれたなら、改めてホレイショから話すことは何もない。

 ソフィアは少しためらいがちに口を開いた。

「じゃあ、最後にもう一つ聞きたいことがあるの。兄さまのことよ」

 その場にいた全員が息をのんだが、ソフィアは意を決した様子で続けた。

「兄さまの最後について、正直に思ったことを聞かせてくれる?」

「最後というと?」

「あんたと交戦した後、兄さまのフォッケウルフは制御不能になった。緊急脱出装置が動かなかったのよ。もしかしたら、何かあったのかもしれない」

 ホレイショはコンラッドとの戦闘を改めて思い返した。指先からつま先。あらゆる挙動。駆け引き。全て覚えていた。コンラッドとの戦闘は、しのぎを削り合った激しいものだった。いつでも何度でも、正確に思い返すことができる相手だ。

 ホレイショの考えがまとまるまで時間はそうかからなかった。

「コンラッドは強かった。あいつとの戦闘はすべて覚えているし、今でも忘れたことはない。最後の戦闘のこともよく覚えている。だが、整備不良があったとはとても思えない」

「本当に?」

 ソフィアは疑いのまなざしをホレイショに向けていた。

「本当だ。少なくても俺との戦闘の最中に、コンラッドのフォッケウルフに整備不良が疑われることは一度もなかった。最後の戦いだけじゃなく、全ての戦いにおいてあいつの機体は整備が行き届いていた」

 ホレイショも真剣に答えた。何度思い返しても整備不良が疑われるような挙動はない。少なくてもホレイショから確認できなかった。

「そう。わかったわ」

 ソフィアは少し間をおいてそう答えると、気持ちを切り替えるように明るい声を出した。

「スッキリしたわ。私からの質問は終わりよ」

ホレイショはソフィアに気になったことを聞いた。

「俺から質問させてもらおう。どうして俺がホレイショだって気が付いた?」

 ソフィアは笑って答えた。

「昔、兄さまの役に立ちたくて私は猛特訓したの。あんたの戦闘中の映像を研究して、癖を見抜いて対策もした。少しでも動けば、あんたが誰かぐらいは見抜けるわ」

 執念深さにホレイショは背筋が伸びた。同時にソフィアらしいとも思った。

 何かに気がついた様子で、ソフィアは話を続けた。

「これから行く先でも、あんたの正体を見抜く人物は現れるかもしれないわ。できるだけ目立たないように心掛けなさい」

「惑星フェストルアンにも、俺に詳しいやつがいるのか?」

「私がわかったから可能性はあるわ。『ルイスおじさま』よ。凄腕のアストロノートでいくつも星系を治めているのよ。私のフリューゲルもおじさまから頂いたものなの」

 ミハエルも頷いた。

「ルイスの前では君も大人しくしておくといい。彼は紳士的ではあるが、荒っぽいところもある。コンラッドのことで、君を恨んでいる可能性も否定できない。目立つ行動は慎んでおくほうがいいだろう」

「そうさせてもらいます。ソフィアに任せて自分は後方支援に回ります」

「私の実力を認めてくれるのね。案外うれしいわね」

 まんざらでもない様子で、ソフィアは笑った。

 そして、険悪さが抜け切った様子を見計らって、笑顔を浮かべたジェニファーが、一言口を開いた。

「では、改めて惑星フェストルアンに向かいましょう。皆さま、少し回り道をしてしまいましたが、どうかよろしくお願いします」

 後始末をすると、ミハエルとソフィアは操縦席に座り、ホレイショとジェニファーは元の席に戻った。

 そして輸送船ライゼンダーは、改めて惑星フェストルアンに向けて舵を切る。

そして、光を超える速さで宇宙空間を疾走する風になった。

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