第23話
首都トゥールーズは大きな都会だった。ソフィアとアンネリーゼの案内によって休む暇もなくは都会をぐるりと一周すると、休む間もなく再びシャトルに乗って宮殿に戻ることになった。
宮殿に到着するときにはホレイショはふたつの意味で疲労困憊だった。
「シャトルを戻してきます。皆さまは晩餐までゆっくりしてください」
アンネリーゼは宮殿の地下にあるという格納庫までシャトルを戻しに行った。それを見てホレイショは一息ついたが、ソフィアは指を鳴らした。
「忘れていたわ。城下町に行きましょう」
「今から行くのか?」
「当然よ。姫さまももう少し付き合ってくれる?」
「もちろんです。ぜひ行きましょう」
ジェニファーがそう話すならホレイショが行かない理由はない。
城下町までは一本道で迷うことはなかった。道中、ソフィアはいろいろとルイスについて話してくれた。
いくつもの惑星と星系を治める領主であり、騎士国の皇帝から聖剣を賜った『剣聖』であること。そして、ミハエルとは旧知の仲であり、ソフィアやコンラッドの師匠でもあるという。
「惑星フェストルアンは、ルイスおじさまが統治する領地のひとつよ。バカンスの時期にはこの惑星にたくさんの人が押し寄せるの。その時はまっすぐ歩けないぐらい混雑するわ」
この街の守護聖人を祭った教会や、大きな邸宅が断崖に張り付いていた。白い断崖と斜面に広がる農地の緑。鮮やかな自然と一体となる街並みが印象的だった。
坂道を下りると町に出た。狭く曲がりくねった下り坂に沿うように、小さな白い家や商店が軒を連ねていた。坂を下りきると、すぐ目の前に青い海原と白い砂浜が広がっていた。
「きれいでしょう。元からこの惑星にいた住民が築いた街だけど、宮殿も近いし、隣町なら海にも出られる大きな港があるわ。ちょっと狭い坂道と高い山に囲まれているけど、食べ物もおいしいのよ」
先をゆくソフィアの後についてくと、城下町の様子が少しずつわかってきた。
休暇を楽しむ人や地元の人々で溢れていそうな通りにも人影はまばらだった。
「私の知り合いの店はやっているみたいだし、ちょっと寄っていきましょう」
少し離れたジェラート店は、扉を開けて日よけのパラソルが広がるテラス席を解放していた。店内は小さく、カウンターの中にはよく冷えたおいしそうなジェラートが並べられていた。
店番をしていた20代前半ぐらいの女性は、ソフィアに気が付くと、うれしそうな声を上げた。ゆったりとした涼しそうな服に、よく日焼けした肌。橙色の髪を邪魔にならないようにまとめていた。
「ソフィアじゃないの! いらっしゃい!」
「こんにちは。マリエル。今いいかしら?」
「もちろんよ! 暇していたし、あんたならいつでも歓迎するわ。後ろのふたりはお友達?」
「そうよ。ジェニーとジョニー。ふたりはこの惑星は初めてだから、色々見てもらおうかと思っていたのよ。注文していい?」
どうぞとマリエルが答えると、ソフィアは慣れた様子でジェラートを選んだ。ジェニファーはソフィアとマリエルのおすすめを。ホレイショは無難なものを選んだ。
「うちの店なんかには、お嬢さんみたいないいとこの人に食べてもらえるようなものはないよ。口に合うと嬉しいけど」
「そんなことありませんよ。どれもおいしそうで、迷ってしまいました」
照れた様子でマリエルは、ジェニファーにジェラートを手渡した。ジェニファーの正体に気がついている様子はなかったが、彼女の雰囲気は感じ取っているようだ。
「お連れさんも、甘いものは苦手かもしれないが、これならいけるよ。食べてみて」
「ありがとう。助かるよ」
ホレイショもジェラートを受け取った。女性ふたりは、早速テラス席に座ってジェラートを食べようとしていた。ホレイショも同じ席に座ると、マリエルがカウンターを抜け出して、ソフィアの隣に座った。
「店番はいいの?」
「いいさ。どうせ、あんたたち以外は誰も来ないよ。店番はやめにするよ」
「誰か来るかもしれないでしょう?」
「硬いこと言うなよ。騎士国の人間は真面目だな。誰か来たら店に戻るって」
ホレイショはソフィアとマリエルの掛け合いを聞きながらジェラートを食べた。エスプレッソの香りとしつこくない甘みが冷たさとともに口の中に広がった。
「当店自慢のエスプレッソだ。甘いものが苦手な男性にもおすすめできる。うまいだろう?」
ホレイショは頷いた。確かにこれならホレイショでも食べられそうだ。
「チョコレート味もおいしいです」
「チョコは私も好きよ。他にはレモンとヨーグルトかしら」
ジェニファーとソフィアは笑顔を見合わせて笑っている。そんな様子のふたりを見てマリエルは得意げに笑った。
「マリエルは避難しないの?」。
「避難はするさ。私も命は惜しいし、こんなことで巻き込まれて死ぬのはごめんだ。あんたたちも話は聞いているだろう」
マリエルの視線はホレイショとジェニファーに向けられている。その話は先ほど聞いたばかりだった。ふたりが頷くと、マリエルは静かに口を開いた。
「暴れ回っているバカどもはどう思っているかわからないけど、私たちは昔からこの場所に暮らしてきた。だから、このいつも見ている光景が最後になってしまうのが怖いのさ。最後まで味わうつもりだ。心配しなくても、日が沈む前には避難するよ」
マリエルは静かな海に視線を向けた。
「この町がお好きなんですね」
「よくわからないがきっとそうだ。商売もうまくいかないし、観光客の相手も気を使うからあまりこの町に愛着を感じたことはなかったが、今ではそう思うよ。この近所の人はみんなそうかもしれない。早く避難した連中も、毎日、教会で祈っているだろうな」
マリエルは自分が暗い顔を浮かべていると思ったのだろう。慌てて笑顔を浮かべると、元の調子に戻った。
「こうしてソフィアがお友達を連れてきてくれるうちは、まだ私たちにも希望が残っているってことだ。諦めるのは、まだ何もかも早すぎるよな」
マリエルは明るい笑顔を浮かべた。その瞳には諦めない強い光が宿っていた。
「そうね。バカな連中の思い通りにはさせないわ」
「頼りにしているよ。騎士さまとお友達。この町と惑星フェストルアンのことはあんたたちに任せた」
ソフィアとマリエルは軽く拳を突き合わせた。
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