オデュッセウスの篝火
中村夏生
第1話
夕方と言うには遅く、夜中と言うには少し早い時刻に、ジェニファー・エディンバラはある人物に呼び出されていた。
艶のある黒く長い髪と碧眼。年齢は19歳で、銀河の大国『帝国』の皇女にあたる。そんなジェニファーを呼び出せる人物は、広大な帝国でもほんの一握りしかいない。
扉を軽くたたき、中から返事を確認してから扉を開けた。
「急に呼び出して悪かったね。ジェニファー」
「お気になさらないでください。お父さま。エリナと今度の公務の日程について話し合っていただけですから」
ここは帝国の『宮殿』にあるジェニファーの父親の執務室だ。彼は皇帝の双子の弟にあたり、帝国でも重要な役職を任されている。
部屋の調度品も控えめではあるがどれも一流品で、スッキリとまとめられている。清掃も行き届いており、この部屋の主のことを表しているようだ。
椅子に座り、用意された沸いたばかりの熱いお湯を使って、ジェニファーはお茶を淹れた。父親と向かい合わせになり、何気ない会話と温かい紅茶を楽しんだ。
「実は君に任せたいことがあってね。簡単な調査をしてもらいたい」
こうしてジェニファーが父親から仕事を任されることはめずらしくない。幼かった頃はともかく、成長した今となっては公務として様々な仕事をこなしている。しかし、調査となると初めて経験する仕事だった。
「君も知っているかもしれないが、宮中にある噂が広がっている。惑星破壊兵器が開発されたという噂だ。私も知らなければ陛下も存じ上げない。まったく未知の噂だが、妙に現実味がある。これの真偽を確かめてもらいたい」
「確かにその噂は聞いたことがあります。私は何をすればいいのでしょうか?」
「すでに諜報機関の方には捜査を始めるように私から話しておいた。君は書類を読んで、私に報告をしてくれればいい。もしこの噂が真実なら、私やギルバードが動けば相手に気が付かれてしまう。でも君なら相手を警戒させることなく調査ができる。やってくれるか?」
ジェニファーは頷いた。
「わかりました。お引き受けいたします」
「そう言ってくれると助かる。噂の発端は宮殿や帝国軍の本部、帝国議会などこの国の中枢部からだ。噂がただの噂なら、それが一番いい。しかし場所が場所だけに、慎重に動かなければならない」
「何者かが反乱を企てているとお考えですか?」
ジェニファーの父親は静かに首を振った。
「そこまでは言わない。最近の科学技術は目覚ましい進歩を遂げているから、自分たちの技術力を示したいだけかもしれない。ヴィスコンティ公爵に認められれば、帝国内で名の知れた技術者になれる。そういう考えの議員や政府関係者がいてもおかしくはない。とにかく噂の元を辿るといい」
「わかりました。やってみます」
ジェニファーの父親は任せたというと、そういえばと話題を変えた。
「次の公務は惑星アナドールの会議に出席するものだったな。惑星アナドールは面白いところだ。銀河の歴史上、最も古くから存在していたという遺跡や出土品が数多く存在している。最近の調査結果でも高度な文明が複数栄えていたことが判明した。興味と新しい発見が尽きることはない類稀なる惑星だ」
ジェニファーの父親は歴史に詳しい。自国の歴史に触れる必要があった立場から高じて、銀河系各国の歴史や文化に造詣が深い。専門家と対等に議論することも、論文を執筆することもあった。若い頃は発掘現場に顔を出して、作業に協力したと話していた。そして歴史に対する情熱は、今もなお衰えることはない様子だ。
饒舌に語られる父親の楽しげな歴史談義に耳を傾けながら、ジェニファーは明日以降の予定を組み立て直していった。
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