第6話
エリナと別れてジェニファーは自分の執務室に戻ろうとしていた。その時、宮殿の廊下でめずらしい人物と顔を合わせた。
柔らかな金色の髪と整った顔立ち。透き通るような白い肌。
彼もジェニファーに気がつくと、思わず見惚れてしまうほど魅力的な笑顔を浮かべた。
「ジェニファー。こんにちは」
「クローディアス。ご機嫌よう」
数えきれない勲章と帝国軍大将の階級章が飾られた軍服に袖を通しているのが、クローディアス・モントリオール。現皇帝の嫡子であり、帝国軍第2艦隊を統率するジェニファーのいとこだ。
第2艦隊の主な任務のひとつに『首都惑星レオン』の防衛がある。クローディアスは衛星軌道上にある防衛基地や帝国軍本部には顔を見せるはずだが、宮殿で姿を見かけることはなかった。
「あなたが宮殿にいるなんてめずらしいですね」
「惑星アナドールに向かう艦隊の計画を父上と叔父上に報告してきたところだよ。ここしばらく任務が続いていたから、地上で久しぶりにゆっくりするつもりだ」
クローディアスは労るように肩を回した。
「キミとエリナも惑星アナドールに向かうだろう。会議は退屈かもしれないが、頑張ってきてくれ。陰ながら応援しているよ」
クローディアスは手を振って去って行こうとした。ジェニファーは気になることを彼にも尋ねた。
「あなたに聞きたいことがあります。惑星破壊兵器というものをご存知でしょうか?」
クローディアスは立ち止まると、ジェニファーに視線を向けた。
「知らないね。でも、興味深い存在だ」
「最近、議会や宮殿で噂になっています。根も葉もない噂ですが、お父さまは気になさっているようです。あなたの知見をいただけますか」
クローディアスは腕を組んで考え始めた。そのような何気ない仕草でもため息をつきたくなる人々は男女問わず多いだろう。
「まず、実際に運用する兵器として開発するには長い時間と莫大な資金がかかる。誰にも気づかれずにその費用を捻出して運用するのは難行だ。秘密兵器でも秘密を守ることはできないよ」
「どこかの国家や惑星ですでに開発されている技術を応用することなどができるのではないでしょうか。そうすれば、開発の時間と費用を捻出する手間が省けます」
クローディアスは苦笑いを浮かべた。
「銀河中を見回しても、そんな兵器を使用している国家も惑星もないよ。誰も知らない兵器が抑止力として使えることはないし、もっと必要なことに資源と時間を集中させるべきだと思う」
「必要なこととはなんでしょう」
「改めて聞かれると難しいね。戦艦やアスロトロン・フレームみたいな物的資源か、軍事力や内部情報みたいな情報的資源か。将兵や技術者みたいな人的資源か。どれかひとつでは決まらない。どこかがかければ全て台無しだ」
「なるほど。参考になりました」
「役に立てたのならよかった。この後、人と会う約束をしている。先に失礼するよ」
もう一度微笑むと、クローディアスは宮殿の廊下を早歩きで駆け出した。
その後ろ姿を見送ると、ジェニファーは一息ついた。ジェニファーはあのいとこが苦手だった。皇帝の後継者として周囲に期待され、市民たちにも熱烈に支持されているからではない。
あの青い瞳に黒い光が差し込まれているようにジェニファーは感じていた。父や叔父といった人たちに感じるような畏敬の念ではなく、もっと体の底から感じるような根源的な猜疑心や生物的な警戒心に似ているものだった。
幼いジェニファーはいつしかクローディアスから距離を取るようになっていた。年月が過ぎるにつれそんな感情は消えていくだろうと思っていたが、今現在に至るまでこの感情は消えることはなかった。しかし、話しかけた価値はあったとジェニファーは考えていた。
「あの子、隠し事があるのかしら。それとも、急いでいるだけなのでしょうか」
ジェニファーが感じ取った違和感の正体は掴めない。クローディアスの後ろ姿はすでに見えなくなっていた。ジェニファーは見えなくなった後ろ姿を思い浮かべると、自分の執務室に向けて再び歩き出した。
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