第8話

 翌日、ジェニファーとエリナは先行するラトクリフ艦隊を見送った。

『戦艦ガーベラ』には、宰相のギルバード卿をはじめ多くの専門家や経営者などが乗船し、護衛となる多くの随伴艦を引き連れて帝国軍の『イースト・エンフィールド基地』から飛び立っていった。

 イースト・エンフィールド基地は帝国軍の拠点のひとつで、ジェニファーとエリナは何度も訪れたことがある場所だ。その一角に来賓者用の待合室があり、そこでジェニファーは昨日の報告をエリナにも話した。

 話を聞き終えたエリナは感心したように頷いた。

「惑星アナドールで惑星破壊兵器を製造しているのか。目の付け所が面白い。その男はなかなか考えたね」

「会議と惑星破壊兵器は無関係のはずですが、万が一のことがあります。あなたも十分に気をつけてください」

「そうさせてもらうよ。私もこんなところで命を落とすのは嫌だし、注意と警戒は怠らないようにしよう。まあ各国から要人も来るし、警備を強化している中で騒ぎを起こすほど暇な連中じゃないだろう」

 エリナは立ち上がった。

「次は私の番だ。悪いが先発させてもらうよ」

「カミラは艦長になってから初の任務です。あまり無茶を言って困らせないでね」

「そうだったな。『戦艦セージ』の主砲が動いているところが見たいとねだってみよう。私たちヴィスコンティ公爵家が製造開発した戦艦なのだから、動作に不良箇所がないか確認するのは当然必要だ」

「そのまま小惑星を攻撃しろっていうのでしょう。無意味な発砲は国際法にも抵触するし、税金の無駄遣いだって騒がれるだけよ」

 ジェニファーがそういうとふたりは揃って笑い声を上げた。待合室を軽く叩く音に応じると、どこか緊張した面持ちのカミラが姿を見せた。

「エリナさま。出発の準備が整いました」

「わかった。じゃあ、ジェニファー。先に惑星アナドールで待っているよ」

 そう話すと、エリナはカミラを引き連れて待合室を後にした。カミラに色々と注文をつけるエリナの声はジェニファーの耳にも届いていた。

 戦艦セージを見送り、いよいよジェニファーの順番が回ってきた。『戦艦リリー』の艦長であるオルトラン少将が待合室の扉を叩いた。

「殿下。準備が整いました」

 ジェイムス・オルトラン少将は静かで背の高い紳士だ。黒い髪の中に白いものが混じり始めた年齢で、長年にわたり、ジェニファーや他の皇族たちの護衛任務をこなしてきた軍人だ。

「今回もよろしくお願いします」

 オルトラン艦長の後に続いてジェニファーは待合室を後にした。待機していたシャトルに乗り込むと、シャトルは静かに飛び立った。基地の中は広いので移動に小型のシャトルを使うことはめずらしくない。

 ジェニファーは口を開いた。

「惑星アナドールについて、上層部から話を聞いていますか?」

「諜報機関のコーンウェル大佐から報告がありました。惑星アナドールで惑星破壊兵器が製造されている疑いがあるとのことでした。今回の公務とは直接関係はないが、注意と警戒を怠るなと指示が出ています」

 オルトラン艦長は答えた。

「武器商人のアンドレア・バーダが何か企んでいると思いますか」

「そうは思いません。バーダのような顔の広い武器商人なら、各国の要人の中に顔見知りやお得意先がいてもおかしくありません。わざわざそんな危険なことはしないでしょう。惑星破壊兵器というのも初耳ですが、今回の公務には関係はないでしょう」

 ジェニファーの視界に戦艦リリーの白い船体が姿を現した。

 先行している戦艦ガーベラや戦艦セージと同じアークロイヤル級戦艦で、帝国軍が保有する戦艦では比較的小型に位置していた。戦闘面では大型で強力な兵装を持つヴァリアント級戦艦やパーシステンス級戦艦に劣っていると言われているが、小柄で軽量な船体による高機動と長距離の航続距離を活かし、護衛や移送の任務に従事している。

 ふたりを乗せたシャトルは戦艦リリーの格納庫に降り立った。格納庫には戦艦リリーの乗組員たちが整列しており、ジェニファーを一目見ようとする会議の参加者たちも押し寄せていた。

 降り立ったジェニファーとオルトラン艦長に敬礼をした乗組員たち。その中から代表してふたりの将校が彼女を迎え入れた。

「グレゴリー・ブラックモア大佐。アナベル・シェパード大佐。それと皆さまの歓迎に深く感謝します」

 グレゴリー・ブラックモア大佐は30代中盤の技術仕官で、戦艦リリーの設計図が頭の中に収まっている人物だ。最近少し体型が崩れてきているようだが、本人は気にしていない。

 アナベル・シェパード大佐は30代前半で日焼けした肌や引き締まった体つきは生え抜きの軍人であることを雄弁に物語っていた。

「エディンバラ殿下。ようこそお越しくださいました」

「今回も安全かつ快適な航路になるよう、私たち一同が全力を尽くします」

 ジェニファーはふたりの将校と挨拶を交わし、整列した乗組員たちと会議の参加者に手を振って答えた。割れんばかりの歓声をあげて格納庫の空気を揺らした。

「出航の準備は整っております。こちらへどうぞ」

 シェパード大佐は艦橋へ繋がるエレベーターへジェニファーを案内した。オルトラン艦長を加えた4人を乗せたエレベーターは静かに上昇した。

「ブラックモア大佐、艦内各部に異常はなかったか」

「はい艦長。機関部、操縦系統、兵器管制システムを改めて確認しました。空調、水道に至るまで正常です」

「結構。シェパード大佐、予定に変更はあるか」

「先行している戦艦ガーベラ、戦艦セージは予定通りに航行していると通信がありました。本艦の随伴艦から発進準備完了の報告が上がっています」

 オルトラン艦長は頷いた。

「最終確認を済ませたら、本艦も出航しよう」

 エレベーターが停止し扉が開かれる。明るく照らされた通路を進むと、一際重厚な扉が姿を現した。

 その扉が開かれると戦艦リリーの艦橋に辿り着いた。そこにいる6名の艦橋要員たちは整列してジェニファーの到着を待っていた。

「エディンバラ殿下のご来艦である。総員、敬礼」

 オルトラン艦長の号令に合わせて、艦橋要員たちは一糸乱れず敬礼をした。一拍置いてなおれと発せられると元の姿勢に戻った。

「ジェニファー・エディンバラです。今回は惑星アナドールまでとなりますが、皆さまのご助力を賜りたいと思います。よろしくお願いします」

 ジェニファーが一礼すると、艦橋に温かい歓声と拍手が響いた。

 オルトラン艦長をはじめ、艦橋要員たちとは何度も行動を共にしている。安心感を感じているのはジェニファーだけではないだろう。

「では、殿下。こちらへお掛けください」

 艦橋の中心にある艦長席よりも後方にある豪華な赤い椅子が設置されていた。艦橋内を見渡せるように少し高くなるように設置され、座るものの身分が特別だと示していた。

 赤い椅子のすぐそばには侍女のリリアンが恭しく首を垂れていた。ジェニファーはリリアンに一言声をかけてから赤い椅子に座ると艦橋要員たちは配置についた。

「艦長、基地から通信が入ってきました。緊急の要件のようです」

「わかった。繋げろ」

 艦橋の中心に設置された大型画面に通信が接続された。そこに映し出された人物を見て、艦橋にいる全員が驚いて立ち上がった。金髪と青い瞳、大将の階級章をつけた軍服を身につけた人物は、ジェニファーも先日以来の再会だった。

「モントリオール殿下に向かって。総員、敬礼」

 クローディアスが手を挙げると、オルトラン艦長が戻れと発した。

『こんにちは。オルトラン艦長と乗組員の皆さん。出発前の慌ただしい時に失礼するよ』

「クローディアス。緊急の要件とは一体なんでしょうか?」

 ジェニファーの問いかけにクローディアスは答えた。

『先ほどコーンウェル大佐を通じて連邦から報告があった。君たちがこれから向かう惑星アナドールで惑星破壊兵器を密造していたアンドレア・バーダという武器商人が捜査機関との銃撃戦により命を落としたようだ』

 この場にいるものたちはクローディアスの話を把握している。声こそ出していなかったが、皆驚いている。

「急な話ですね。詳しく説明してください」

『アンドレア・バーダの所在地は銀河系を転々としていた。連邦は独自に捜査を進め、ついに自国内の惑星トーハイムに潜伏していることを突き止めた。捜査機関は自宅に踏み込みアンドレア・バーダの身柄を確保しようとしたようだが、激しい抵抗にあい銃撃戦に発展した末に射殺したようだ』

 ジェニファーは頭を抱えた。自由連邦のやり方とはいえ、もう少し慎重にできなかったのだろうか。クローディアスの話は続いた。

『アンドレア・バーダの身柄の代わりに捜査機関は情報を見つけた。それが『惑星アナドールに対する攻撃計画』だ。自分たちで製造した惑星破壊兵器を自分たちで使用するつもりのようだ。この情報は惑星アナドールでの会議に出席するすべての国々に通達されているが、会議は予定通りに行うようだ』

「会議は開催されるのですね。皆さま命知らずなのでしょうか」

『そうとは限らない。惑星破壊兵器と聞いても初耳の人が多いのは誰でも同じさ。実感がないから他人事にしかならない。それに今回の会議は過去最大級の規模だ。中止しろと言われてもそう簡単にはいかないというのが言い分だろう』

 クローディアスはやれやれと呟いた。

『とにかく、惑星アナドールに行くのは危険だ。先発している艦隊にも帰還するように通達するから、君たちは降りてくれ。任務は中止にするよう、父上と帝国軍本部に進言するよ』

「任務は中止にはしません。惑星アナドールを見捨てることになります」

 ジェニファーはクローディアスの申し出を断った。

『それはいい志だと思うが、身の程をわきまえた方がいい。キミが行って何ができる?』

 クローディアスの口調は厳しかった。ジェニファーは深呼吸をすると答えた。

「確かにそうかもしれません。でも協力できることはあるかもしれません。行動する前から諦めてしまえば、何もできなくなってしまいます」

 突き刺さるようなクローディアスの視線を受け止めるジェニファー。先に声をあげたのはクローディアスだった。

『そこまで言うならキミに任せる。でも厄介ごとにクビを突っ込むようなことはしないこと。オルトラン艦長にも厳しく監視してもらうよ』

「ご心配なく。それぐらいわきまえています」

 クローディアスは呆れたように肩をすくめた。

『オルトラン艦長。ジェニファーを頼みます。見張っていないとどこまで突っ走るかわからないので』

「仰せの通りにいたします。殿下」

 オルトラン艦長は恭しく頭を下げた。

『詳しい報告書を送るよ。では皆さん、気をつけて。任務の成功を祈っているよ』

 接続終了とクローディアスが付け加えると、通信画面は終了した。

「アンドレア・バーダの狙いがわかりません。一体、目的はあるのでしょうか?」

 オルトラン艦長の疑問にジェニファー首を横に振った。

「もしかしたら、惑星の破壊が目的ではなく、今の銀河系の秩序に対して不満があるのかもしれません。惑星アナドールに到着してからギルバード卿と話しましょう」

「了解いたしました。では本艦は予定通り、惑星アナドールへ向かいます」

 ジェニファーは頷いた。惑星破壊兵器の調査は父親から託された仕事でもある以上、惑星レオンで静観するつもりはなかった。

 戦艦リリーはイースト・エンフィールドを飛び立った。高度を上げ大気圏を抜けて宇宙空間に到達すると多数の巡洋艦や駆逐艦たちと合流した。先を行く2隻の戦艦を追うように超光速航行ワープ装置を起動させ、惑星アナドールへ飛び立った。

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