第34話
エリナが戦艦セージの格納庫に降り立つと出迎えを受けた。その中にいたジェニファーと再会を喜び合った。
エリナはジェニファーから白衣を受け取ると、青いドレスの上に羽織った。
「君と再会できた喜びを噛み締めたいが、今はやめておこう。モリス艦隊のみんなはすでに集まっているだろう」
「ええ。あなたの任務について説明してくれるのでしょう。みんな待っているわ」
エリナは歩き出した。
「会場のホテルでは、政治家や権力者たちがこの状況から脱するために議論を重ねている。その中で与えられた重要な使命がある。まずは艦隊のみんなに帰還の報告をしよう」
エリナはホレイショとソフィアに視線を送った。
「君たちもついてきてくれ。この艦隊が誇る秀才たちを紹介する」
ホレイショたちはエリナの後についていく。会議室にたどり着くと扉を軽く叩くと、中にいた人物がエリナのことを確認し、室内から恭しく扉を開けた。
「諸君! ヴィスコンティ公爵が帰ってきたぞ!」
エリナが声を上げると、部屋にいて白熱した議論を交わしていた全員の視線が集中した。円卓の中央に置かれたモニターを十数名の学者や技術者、軍人などが円卓に着席していた。その中には艦長であるカミラの姿も確認できた。次々にエリナが無事に帰還したことを祝う声が上がり、エリナも手を振って応じた。
「エリナさま、よく無事で戻ってこられました」
会議をまとめていたマルティナが、無事に戻ってきたエリナに声をかけた。
「ありがとう。マルティナ。会場で決まったことをこの場で報告させてもらう」
エリナがマルティナに代わって円卓の前に立った。
ホレイショたちはマルティナに案内されて、空いている席に着席した。
「さて、君たちもこの惑星の制御を乗っ取ったことに関しては周知のとおりだろう。防衛システム『黄金の鎖』が展開され、我々は外界と切り離された。この事態を引き起こした男はすでに死亡し、解決の糸口は我々で見つけなければならない」
この場にいた全員がエリナに注目していた。
「この状況を切り抜けるため、やるべきことはふたつある。ひとつは時限爆弾と呼ばれた兵器の攻略。もう一つは黄金の鎖を停止させること。時限爆弾はギルバード卿ら各国の代表たちが協力して攻略する。黄金の鎖は紅月国の技術者たちが総力を結集して取り組むことになる」
エリナは手元のコンソールを操作した。モニターに映し出されたのはこの惑星アナドールの地図だ。
「この惑星を破壊するためには大量の時限爆弾が設置されているだろう。森林の奥深くかもしれないし、険しい山脈の谷底、深海や極地に設置されていてもおかしくない。これをひとつずつ止めに行っても、戦力が限られている以上、時間の損失になる。私たちは時間の損失を最小にし、すべての時限爆弾を停止させる必要がある。黄金の鎖を解除したとしても、この惑星の全住民を避難させる時間はないからだ」
惑星アナドールには住民や観光客など大勢の人々が暮らす銀河系有数の巨大な惑星だ。彼らをすべて避難させるのにかかる時間が莫大になることは、想像に難くない。
「すべての時限爆弾を停止させるためには、これに用いられる制御システムを把握する必要がある。私の予想では、個々の時限爆弾を制御するシステムはより上位のシステムに集約され、さらにそのシステムはさらに上位のシステムに集約されと、徐々に集約化されていくはずだ。この最上位のシステムを停止させれば、時限爆弾はすべて停止するだろう」
エリナの意見に賛同する声が相次いだ。
「賛同ありがとう。この最上位のシステムを探し出すことが我々の任務だ。もちろん、各国の協力のもと行われることになる。ここまでで質問があるものはいないか?」
ひとりの男性がおずおずと手を上げた。
ぼさぼさの茶色い髪と、病的に白い肌。細く痩せすぎで長身の男性が立ち上がった。
「ヘインズ博士。意見を聞かせてくれ」
「黄金の鎖の攻略には確かに時間がかかると思います。だからこそ戦力を集中させ、解除できれば増援を期待することもできるはずです。増援を含めて時限爆弾に対処すれば、さらに短時間で時限爆弾の解除ができるはずです」
エリナは頷いた。
「君の意見は理解できる。惑星外からの増援があれば君の言うとおり、確実に対処できると思う。しかし、増援が来たとしても時限爆弾はすべて解除しなければならない。制御システムを無視できない以上、増援を受け入れる前に現場にいる我々がこれらを調査しなくては、時間を無駄にしたことになる」
ヘインズ博士は食い下がった。
「しかし、黄金の鎖はこの惑星アナドールで管理されているものです。時限爆弾の制御より早く解除できるのではないでしょうか」
「あのマローという男はこの惑星の誰にも気付かれず、黄金の鎖を乗っ取る技術を持っていた。そう易々と解除させてくれる見込みはないぞ。それに、この惑星アナドールの防衛システムだからか、紅月国の役人は我々のような外部の人間が触ることを嫌がっている。理解してくれ」
ヘインズ博士はわかりましたと頷いた。少々不満そうだったが、納得はしてくれたようだ。
別の男性が手を上げた。
「次はルーサー少佐だ。意見を聞かせてくれ」
大柄な男性がゆっくりと腰を上げた。その容貌はまるで大きなクマのようだ。
「状況がひっ迫していることは私も承知しております。エリナさまは『ヘルメス』を出撃させるおつもりでしょうか?」
エリナは頷いた。
「その通り。彼の性能は傑出しているし、この場を切り抜けるのに必要だ。格納庫にしまっておく理由はないだろう」
ルーサー少佐の目は鋭く光った。まるで獲物を狙う獰猛なクマのようだ。
「ヘルメスは誰に任せるおつもりで?」
「もちろん私だ。他に適任者はいないだろう」
その言葉に円卓は騒然となった。声を張り上げて、反対の声を上げた。
「いけません! 危険すぎます!」
「万が一のことがあります! ここは私たちに任せてください!」
次々にエリナのことを心配する声が上がる中、ホレイショたちにはヘルメスという機体がよくわからなかった。マルティナがこっそり答えてくれた。
「ヘルメスはエリナさまがご自身で開発されたアストロン・フレームです。電子戦を念頭に開発された機体で、戦闘向きの機体ではありません。操縦に慣れていらっしゃるとはいえ、エリナさまに任せるには抵抗を感じる人が多いのです」
「マルティナは反対しないの?」
ジェニファーは尋ねると、マルティナは半ば諦めた様子で答えた。
「ご存知の通り、頑固で、ご自分の考えは曲げません。危険ではありますが、理想でもあります。ヘルメスを意のままに操れるのは、この惑星にはエリナさまをおいていません」
ジェニファーも頷いた。マルティナと同じく諦めの表情を浮かべていた。
エリナは自分に寄せられた心配する声を、次々とさばいていった。
「索敵や情報収集なら他の機体に任せることもできます! エリナさまがご自分で出撃される必要はありません!」
「ヘルメスには高性能な量子コンピューターが搭載されている。この惑星に設置された惑星破壊兵器を停止させる強力な武器になる」
「性能は十分でも、実戦は想像できないことが起こります! エリナさまの実戦経験は全くないでしょう!」
「ヘルメスのステルス能力なら並大抵の索敵に引っ掛かることはない。光学迷彩で姿を消すこともでき、アイギスも搭載している。最高飛行速度もアテナやアルテミスを上回る銀河系最速だ。『メルクリウス』とほかの機体の助けを借りれば危険を抑えることもできる」
終わらない議論を続けていると、エリナが声を張り上げて立ち上がった。
「彼を一番操縦してきたのは私だ! 私を止めるつもりがあって、私よりも操縦に自信があるものがいれば、今この場で名乗り出よ!」
円卓は沈黙し、手を挙げるものはいない。
誰もがエリナに任せるのが一番だと思っていたが、同時に危険な目にあってほしくないとも思っていた。それを察したのか、エリナは深呼吸をして口を開いた。
「すまない。思わず熱くなってしまった。君たちが私の身を案じてくれているのは重々承知している。ここは軍事の専門家の意見を尊重しよう。モリス艦長、意見を聞かせてくれないか」
円卓でエリナの対面に座るカミラは、今までの議論を静かに見守っていた。エリナに発言を促され、静かに口を開いた。
「私の考えは、エリナさまに出撃していただく必要があると思います。しかし、条件があります。この条件を受け入れてくださらなければ、出撃の許可は出せません」
「いいだろう。条件を聞かせてくれ」
「単独での行動はしないこと。同行する護衛隊の指示に必ず従うこと。そして、無茶はしないこと。私たちも帝国軍として、時限爆弾の解除のために出撃するように言われていますので、エリナさまの護衛に必要十分な戦力を当てられません。必要最低限、ご自分のことはご自分で守って頂くことになるでしょう。それでも構いませんか?」
「もちろんだ。理解をしてくれて助かる」
「護衛隊の人選はこちらで行います。この艦隊からルーサー少佐に数名選抜していただきます。あとは、私からこの任務に協力していただきたい人物がいます。カーター少尉、いいですか」
ホレイショは名前を呼ばれ、返事をして立ち上がった。
円卓からホレイショを訝しんだ声が上がったが、カミラが説明した。
「あなたの軍歴を見させていただきました。第7艦隊で活躍した実力を見越して、護衛隊の一員として協力していただけないでしょうか?」
「わかりました。
ホレイショの隣に座っていたソフィアも立ち上がって名乗りをあげた。
「私も協力させてください。お役に立てると思います」
カミラはエリナとマルティナに視線を向けた。ふたりは頷き返したのを確認し、カミラは答えた。
「では、あなたにも同行していただきたいと思います。エリナさま、よろしいですね」
「異論はないよ。では諸君、出撃しよう。時間はないが、やるべきことは山積みだ。私たちの実力を見せてやろうじゃないか!」
エリナが立ち上がって檄を飛ばす。円卓のみならず会議室から大きな声が上がった。一丸となり、惑星アナドールに襲いかかった危機から脱するべく、モリス艦隊は立ち上がった。
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