第29話

 ルイスの駆るスツーカは惑星フェストルアン上空にいた。

 青い海と白い雲を眼下に見下ろせる高度でひとり静かに瞑想していた。いずれ来る好機の瞬間を逃さないため、集中する必要があった。

 考えられる事態をすべて考慮し、頭の中で対処法を思い返す。できることは限られているが、何もできないわけではない。対処法をあらかじめ思い返すことはルイスの心を落ち着かせて集中力を高めるには重要な行為だった。

『ルイス。地上から合図が来た。あとは任せたよ』

 ミハエルの声が聞こえると、ルイスは静かに目を開いた。仲間が作ったこの好機を勝ち取るために、動き出すときが来た。

「わが名はルートヴィヒ・オッティマー・フォン・ヴィッテルスバッハ=バイエルン。剣聖にして、皇帝陛下よりたまわった剣を持つものなり」

 スツーカは腰部の装備されていた小さな鍔を取り出した。瞬く間に柄が伸び、巨大な黒い剣となった。

 聖剣ブリッツ・シュヴェールト。

 それは大型の戦艦や惑星級のアストロン・フレームに対して使用することを想定された特殊な兵装であり、騎士国の中でもごく一部のものしか扱うことが許されていないものだ。ルイスは剣聖として、先祖代々聖剣ブリッツ・シュヴェールトを託されてきた一族だ。この剣を振るう以上、敗北は許されない。

 ルイスはひとつ深呼吸をした。

「行くぞ」

 聖剣を低く構えると、スツーカは降下を開始した。

『ヴェントシルト』と呼ばれる光学兵装を使用し、スツーカの空気抵抗を極限まで減らし、防御性能を高めた。惑星フェストルアンの重力と、背面の推進装置を全開にして、スツーカは加速を続けた。

 風を切る音と全開になった推進装置の音。

 それらが混ざり合い、共鳴し合う。雄叫びにも似た独特な音を放ちつつ、スツーカはモンペイユの町を目指して降下する。

 重力による落下と推進装置による加速で、ルイスの体には通常の数倍にも及ぶ猛烈な重力が襲い掛かった。並の人間では意識を保つだけでも困難な状況だったが、ルイスはスツーカを目標地点に向けていた。

 スペクターはモンペイユの小高い山の上。そこにいた。ソフィアと騎士団が誘い出し、今もなおその場に留まるように粉骨砕身の想いで戦ってくれている。

『ルイスおじさまが来るわ!』

『上空に意識を向けさせるな! 地上から攻撃しろ!』

『スペクターに逃げる隙を与えるな! もっと攻撃を集中させろ!』

 スツーカの雄叫びに気が付いた騎士団員たちは、スペクターを包囲し、より攻撃を集中させた。同時に、スペクターを駆るアストロノートも、急降下してくるスツーカに気が付いた。

『そんな戦術で勝てると思っていたのか! 撃ち落としてやる!』

 触手を上空に向け、上空のスツーカを追い払うように攻撃を放つ。スツーカは速度を維持するため、それらを最低限の動きで回避した。

 多少の被弾では止まらない。スペクターは次なる攻撃を放とうとした。

『させないわ!』

 フリューゲルが触腕を切り落とす。初めて負った損傷にスペクターのアストロノートは必死で動揺を隠していた。

『鬱陶しい! 少々勢いづいたからといって調子に乗るなよ!』

 スペクターは騎士団に反撃しつつ、体勢を立て直そうと身じろいだ。だが、不安定な足場を攻撃され、さらに自分を支えるための触手にも攻撃を受け、思うように動けない。

 その隙を見逃すルイスではなかった。

「一閃!」

 その一撃は、まさに颶風ぐふうだった。

 圧倒的な破壊をもたらす疾風が、スペクターのすぐそばを駆け抜けた。その衝撃は、モンペイユの町からあらゆるものを吹き飛ばし、その場にいた騎士団員たちすら木の葉のように吹き飛ばされそうになった。

 嵐が過ぎ去り、目を開けた者たちは歓声を上げた。

 侵略者たるアストロン・フレームが両断され、あっけない最期を迎えていた姿を見つけたからだ。

 

 スツーカの姿はモンペイユの沖合にあった。急降下による勢いを抑えつつ、安全に地上に降りるには最適な場所だった。聖剣を再び格納すると、ミハエルが言葉を掛けてきた。

『お見事。目標沈黙。さすがだね』

「戦闘状況を教えてくれ」

『敵は徐々に後退している。あれだけ強力な戦力を失ったし、じきに退却を開始するだろう』

「町の被害はどうだ?」

『詳しい情報はまだこれから集めないといけない。でも民間人が避難した宮殿と教会は防衛施設が健在で被害を免れたようだし、想定よりも死傷者は少ないだろう』

 ルイスはスペクターのいる小高い山へ向かった。道中、スツーカの引き起こした嵐により、あらゆるものが吹き飛んだ惨状を見て目を覆いたくなった。

 小高い山には、騎士団のアストロン・フレームがスペクターを取り囲んでいた。被弾したスペクターを敵が助けに来ることを警戒していた。

 スツーカが降り立つと、ソフィアと騎士団員は喜びの声を上げたが、油断している者はいなかった。

 ルイスはその場を取り仕切っていた指揮官に話を聞いた。

「スペクターのアストロノートから通信は来ているのか?」

『それはありません。ケガをしている様子はありませんが、錯乱状態にあるようで、我々の声に応えることはできません。いかがいたしましょう?』

「医者を呼んできてくれ。万が一怪我をされては面倒だ。私とヨハネス、カールの3人で説得する。この場は引き続き頼む」

 騎士団員のヨハネスとカールを呼び出す。大きな体格で力の強いヨハネスと穏やかな性格のカールは説得に向いているだろう。

 スペクターは機体を完全に両断されていた。触手と胴体の一部が完全に切り落とされ、内部構造が露出していた。もう半分は頭部と切られた胴体が転がっており、触手が動き出す気配はなかった。

 ルイスは通信をスペクターのアストロノートにつなげた。戦闘中と同じ音声のみの接続に切り替わると、指揮官の話していたことが分かった。

 ルイスの呼びかけに応じることなく、独り言をうわの空で続けている。

『あり得ない。あり得ない。あり得ない。こんなこと計算されていない。計算されていない。嘘だ、ウソだ、うそだ……。神のご意志が、このままでは潰えてしまう。それはできない。できないぞ』

 戦闘中に見せた、高圧的で好戦的な性格ではなくなっていた。別人になったかのような豹変ぶりにルイスも困惑したが、状況を考えて操縦席からスペクターのアストロノートを連れ出すことにした。

「ヨハネス、カール。あの男を連れ出してくれ。このままでは機体の爆破に巻き込まれるかもしれないし、気分が落ち着いたらいろいろと聞きたいことがある」

『了解しました』

 2機のメッサーシュミットが、警戒しながら徐々にスペクターに近付いていく。

『まだだ! もう少しだけ時間をくれ!』

 その時、信じられないことが起きた。戦闘不能と思われていたスペクターの触手が動き始めた。近づいてくる2機のメッサーシュミットをはじき出した。

「まだ動けたのか!」

『当然さ! 俺もスペクターも、まだまだやれる!』

 スペクターを囲っていたメッサーシュミットはスペクターを抑えようとしたが、切断された触手が動き出して手足をからめとった。

 触手の拘束力は硬く、メッサーシュミットでも抜け出せない。ルイスの乗るスツーカにも触手が絡みつき、動きが完全に封じられた。

 スペクターのアストロノートは大きな笑い声を上げた。

『油断したな、バイエルン侯爵! スペクターの動力源は3つある! ひとつ残っていればご覧の通りさ! そこから見ているといい! お前たちが守りたかったものが、無残にも踏みつけられていく様を!』

 触手の付け根を露出させると、凶悪な嘴が姿を現した。瞬く間にエネルギーが収束し、光の砲弾が装てんされていく。

 その矛先には、大勢の民間人が逃げ込んだ宮殿の姿があった。

「スペクターを止めろ! 宮殿が狙われている!」

『防衛施設は損傷している! 大砲を防ぎ切れないぞ!』

『ホレイ……、じゃなかった! ジョニー・デップ! アイツ、どこ行ったのよ!』

 光の砲弾は、十分長い時間を駆けて先ほどよりも大きな砲弾へ変貌していた。その威力は城下町のみならず、モンペイユの町も消し飛ばすことができるだろう。

 ルイスは叫んだ。

「バカな真似はやめろ! 狙うなら、私たちを狙えばいいだろう!」

『いいや! これが、俺の望んだ最高の復讐だ! 吹き飛べ!』

 砲弾は放たれた。

 禍々しく、血液のように赤い光を放ちながら、宮殿に向かって真っすぐ突き進む。

 その時、射線上に1機のアストロン・フレームが姿を現した。宮殿と砲弾の間に割って入り込むと、緑柱石色の光の盾を展開する。

 緑柱石色の光の盾と、赤黒い禍々しい砲弾が接触した。

 モンペイユの上空に強烈な閃光が広がった。

 急峻な岩肌は焼け焦げ、樹木や畑は吹き飛ばされていく。荒れ狂った風で城下町に広がる建物は次々と倒壊し、海は大きく波立った。

 やがて、エネルギーの衝突が収まる。ルイスが目を開けた先には、宮殿と1機のアストロン・フレームがともに無傷である姿が見えた。

 大地が割れるような大歓声に包まれたのは、そのすぐ後だ。宮殿に避難していた民間人たちのみならず、騎士団員たちも驚きと喜びを隠せない様子だった。

『おじさま! 宮殿は無事です!』

 ソフィアの報告にルイスは胸を撫で下ろす。

 だが、この喜びを分かち合えない人物がひとりだけいた。スペクターのアストロノートだ。

『バカな……。信じられない。スペクターの大砲に耐えるアストロン・フレームがいるのか?』

「信じられなくてもいい。だが、お前の負けは素直に認めろ」

 触手による拘束は弱まっていた。メッサーシュミットとスツーカは拘束から抜け出し、スペクターに近付いていく。

『スペクター! もう一度だ! もう一度やって見せろ!』

 アストロノートの必死な呼びかけに応じることはなかった。スペクターは沈黙し、完全にその動きを止めてしまった。

「無駄だ。偶然は続かない。諦めろ」

 完全に動きを止めたスペクターを包囲していくアルジェント騎士団。

 スペクターのアストロノートは落ち着きを失っていた。ルイスがその異変に気が付いたのは、スペクターから黒い煙が上がっていたからだ。ヨハネスとカールが大きな声を上げた。

『閣下! 黒い煙が見えます』

『機体内部から出火しています! 急ぎましょう!』

 ルイスたちは機体を降りるとスペクターに駆け寄った。頭部にあるコックピット付近から激しく咳き込む声と悲痛な叫びが聞こえてきた。

「どこか燃えている! ここから出してくれ! 中から開けられないんだ!」

「ヨハネス! 消火剤とこじ開ける道具を持ってきてくれ!」

「はい。閣下。直ちに持って参ります」

 ヨハネスは駆け出した。扉の反対側から叩く音が聞こえてきた。

「ここだ! 出してくれ! 煙も、炎も近づいている!」

「わかっている! もうしばらく待っていろ! こちらからではどうしようもない!」

 通常のアストロン・フレームならば、緊急事態に備えて脱出機構が存在する。機体の外側から扉を開けることができるのも、操縦席周りの防火対策を徹底することも、アストロノートの生命保護のために開発され、設置されているものだ。

 カールと共にコックピット周辺の緊急脱出装置を探し出すとルイスは装置を作動させた。しかし操縦席と外界を隔てる扉は開かない。何度作動させようとしても、扉が歪んだのか別の原因があるのか不明だったが、扉は沈黙していた。

 煙が明らかに増えていっている。ルイスの肌から噴き出してくる汗の量も増えてきており、炎が勢いを増しているように思えた。操縦席はどんな状況なのか、想像に難くない。

「時間がない! ヨハネスはまだか!?」

「申し訳ありません! 遅れました!」

 ヨハネスからバールを受け取ると、ルイスと増援に現れた数名の騎士団員たちは操縦席の扉をこじ開けようと力を合わせた。

 しかし、頑なに扉は開かない。いくら力を合わせても、動く素振りすら見せない。

「扉を切断する! カッターを持ってこい!」

「こちらです!」

 ヨハネスからカッターを受け取ると、ルイスはスペクターの装甲に押し当てた。しかし、スペクターの装甲は高速回転する刃でも傷がつかない。

「これでもダメか!」

 ルイスの額に汗がにじむ。立ち上る熱気が増えたばかりが原因ではない。バールでこじ開けることも、カッターで切り裂くこともできない。スペクターの装甲は騎士団員たちすら阻んだ。

「閣下、限界です! スペクターから火の手が上がっています!」

 少し離れた位置で周囲を確認していたヨハネスが警告の声を上げた。それは最後通告ともいえるものだったが、ルイスは作業を続けようとした。

「団長、時間です! これ以上は危険です!」

「退避しましょう! ご自身を危険にさらしてはいけません!」

 騎士団員にも肩を掴まれた。

 ルイスは決断を下す。

「わかった。退避しよう。許せよ……」

 ルイスはスペクターから退避した。騎士団員と共に地上に降り立つと、スペクターは大きな炎を上げて燃え始めた。炎は瞬く間にスペクターを包み込み、遥か空まで焦がす火柱になった。

 炎が完全に鎮火されるまで、ルイスたちは佇んでいた。

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