第28話

 スペクターの侵攻はゆっくりとだが、確実に進んでいった。ありとあらゆる攻撃をしても崩れない鉄壁の防御と、周辺を一掃できる攻撃能力の高さ。どんな地形も、8本の触手を使って踏破し、障害物はなぎ倒す。さながら歩く自然災害といえるだろう。

「一斉射!」

 ルイスの指示により、騎士団の攻撃がスペクターに集中した。

『何度やっても無駄だ。あきらめろ』

 スペクターからの反撃が、触手より放たれた。周囲の建物をなぎ倒し、それに巻き込まれた騎士団のフォッケウルフが、また1機戦線を離脱した。

 宮殿には強力な防壁が展開されている。スペクターの流れ弾では傷ひとつ受けることはないが、防壁を展開する施設が攻撃を受ければ宮殿は無防備になる。

 その施設の防衛にも戦力を割かれるので、アルジェント騎士団は思うように戦えないのだ。

『おじさま! 戦力が抜けた分、私が補います!』

 スペクターを援護する敵のアストロン・フレームを押し戻し、残りを騎士団の仲間に任せたソフィアが、ルイスの援護のために駆けつけた。

『ジャジャウマのお嬢さまじゃないか! わざわざ撃墜されに来たのか?』

『そんなわけないでしょう! 自分の顔もさらせないような奴と戦って負けるわけにはいかないわ! 負けるのはあんたよ、間違いなく!』

『噂通り、大した威勢のよさだなぁ。背後の町はがら空きだぞ?』

 ソフィアを逆なでるように、若い男はいった。ソフィアは挑発には乗らなかった。

『ご心配ありがとう。でも心配いらないわ。私の子分が付いているの。きっちりと仕事をこなすでしょう。もしもできなければ、張り倒すだけじゃ済まさないわ』

『ずいぶん頼もしい子分がいるみたいだ。でも、これを見ても同じように言えるか?』

 スペクターは、8本の触手の付け根を露出させると、凶悪な嘴が姿を現した。瞬く間にエネルギーが嘴に収束し、小さな光の玉が吐き出された。

 毒々しく、禍々しい。血液のように、赤い光の玉。

 それは無造作に町に破壊をまき散らしながら直進して、モンペイユの上空に展開していた駆逐艦に直撃した。駆逐艦はあっさりと撃墜され、それどころか背後に広がる山を抉った。

『圧倒的だ! 素晴らしい!』

 ソフィアは絶句した。これ以上ないほど厄介な存在に、駆逐艦1隻を消し飛ばすほど強力な光学兵装が搭載されているとは思えなかったからだ。

『マジかよ!』

『山が消し飛んだぞ!』

『信じられない。悪魔か』

 騎士団に動揺が広がる。それを見たスペクターのアストロノートは大笑いをした。

『そうだ! それでいい! 己の無力さと絶望感を、骨の髄まで味わってくれ! 貴様たちの絶望が、この俺にとって幸福なのだから!』

 勝ち誇ったかのように高らかに宣言すると、スペクターは再び前進を始めた。

『もう、俺の敵はいない! 全て破壊してやる! 腐ったものは切り捨て、焼き払う! そして、この惑星と世界を作り変える!』

 モンペイユから首都トゥールーズまで伸びる運河は広く直線的だ。河川敷には小規模ながらも多数の集落も存在し、人家も密集している。モンペイユを突破されれば首都トゥールーズまで被害は拡大する一方だ。

 戦艦アイスフォーゲルの主砲が特殊な装甲を纏ったスペクターに通用すると思えなかった。この惑星フェストルアンの戦力を集中させても時間稼ぎにしかならない。戦力を消耗させられる前に、ルイスはある決断を下した。

「ソフィア。ここを任せる。アレを使う」

 スペクターと交戦しているソフィアだったが、ルイスの言葉は耳に届いていたようだ。

『ここは任せてください! 私たちが時間を稼ぎます!』

「すまない! 他の者たちも、任せたぞ!」

『了解しました! この場は俺たちが何とかします!』

『団長! 思いっきりやってしまってください!』

 騎士団員たちも戦う手を緩めることなく、ルイスに答えた。その頼もしさに、ルイスは状況を忘れて思わず吹き出してしまう。すぐに気を引き締めなおすと、ルイスのスツーカは戦線を一時離脱した。


 アテナは防戦一方だった。

 姿が見えないゴーストに対して、ミネルヴァが温度や気流の変化などをもとにゴーストの動きを算出し、攻撃を回避する。それだけで精一杯で、反撃などできる隙もなかった。

『上方から攻撃を仕掛けてきます。後方に回避してください』

「了解!」

 ミネルヴァの指示通り、アテナを駆るホレイショ。

 傭兵は、攻撃を回避し続けるアテナに対しても痺れを切らせることなく攻撃を続けている。

『強運なのか、それとも勘が鋭いのか。もしくはただの臆病者か。しぶといやつだ』

「こっちには心強い味方がいる。簡単に落とされるわけにはいかない」

『なるほど。でもその努力は無駄になる。終わりにさせてもらう!』

 ゴーストは再び動き出す。逃げるアテナは城下町と遠く離れた海岸線を疾走した。白い砂浜が広がるが民家や建物は見当たらない。すぐ背後には切り立った岩陰が急峻な壁となって囲い込んでくるようだ。

『進行方向7時の方角。攻撃が来ます』

 ミネルヴァの指示通り、アテナを回避させる。切り立った崖に攻撃が直撃し、岩肌が大きな音と共に崩れた。砂浜に砂塵が舞い上がる様子を見て、ホレイショの脳裏にある考えがよぎった。

「あいつを崖際まで誘い込む! どう動けばいいか計算してくれ!」

『了解しました。任せてください』

 緑柱石色のフクロウの返事を聞くと、アテナは断崖絶壁のすぐそばを駆けた。

『逃がさない!』

 ゴーストは姿かたちもないが、アテナの背後から襲い掛かってくる攻撃は、いくら逃げても迫ってくる脅威の存在を証明していた。

『計算終了しました。ここから先は広い洞窟があります。それを利用しますが、操縦には十分に気を付けてください』

 ホレイショの眼前には、崖が切り立った険しい地形が広がっていた。自然に侵食され、穴が穿たれて崩れ去った崖や、辛うじて細い岩が支えとなりその姿をとどめている崖など、それらは多種多様な姿でホレイショの行く手に現れた。

「わかった。突っ込むぞ!」

『進行方向6時から熱源を確認しました。敵機です』

 アテナは速度を落とすことなく洞窟に突入すると、ゴーストも後に続いた。

 不規則に乱立する岩石や岩壁の間をすり抜ける。ひとつでも操縦を誤れば、岩石と激突することは間違いない。

『変な場所に逃げ込みやがって!』

「付いてこられるなら来いよ! できるかどうかはそっち次第だ!」

 操縦に難儀していたのはホレイショも同じだった。上下左右から絶え間なく襲い掛かってくる岩石や、アストロン・フレームが1機やっと通れる小さな隙間など、一回り小柄でミネルヴァの支援があるアテナが有利なのは当然だった。

『左に旋回してください。この洞窟の出口です』

 アテナは加速した。狭くなっている隙間を通り抜け、乱立した岩石の合間を縫い、明るい陽の光が差し込む出口まで飛び出した。

 アテナはすぐさま振り返り、ショットを後方にはなった。

『残念だったな。ジョニー・デップ。その動きは想定の範囲内だ!』

 アテナのショットは空を切り、白い砂浜に着弾した。海水と砂が混じった大量の土砂が滝のように跳ね上がった。

「お互い様だ。俺の狙いは外れていない!」

 舞い上がった大量の土砂の中から、ひとつの塊が姿を現した。それはアテナに向かって一直線に突進してきた。

 アテナは光の槍パラスを展開した。突撃してきたゴーストのソードを回避すると、突撃してきた土砂の塊に向かって光の槍を突き立てた。

『くそ! ここまでか!』

 土砂の塊から、傷だらけのゴーストの姿は明らかになった。

 痛々しく穿たれたのは右腕が力なく垂れ下がり、ソード以外の兵装は見当たらない。装備されていた光学兵装は、狭い洞窟の中を飛び回ったときに破損したのだろう。右肩をかばうように左手で押さえていた。

「俺の勝ちだ」

『こっちはまだやれる。早合点だぞ。ジョニー・デップ』

 傭兵の声には、今までのような覇気がなかった。強がりを言って、どうにか状況を打開しようとしているようですらあった。

 アテナは掌をゴーストに向けた。

「まだやるっていうなら、付き合ってやる。でもそれはお互い望むところじゃないだろう」

『どういうことだ?』

「交渉だ。逃がしてやる。手負いの相手を背中から狙うのは好きじゃない」

 傭兵は鼻で笑った。

『その言葉を信用しろということか?』

「そういうことだ。死ぬか逃げるか、好きなほうをとれ。死ぬつもりなら相手をしてやる」

 ホレイショの言葉に対して、音声だけの傭兵は黙り込んだ。しかし、すぐに答えを出した。

『わかった。お前の提案に乗る。当初の任務は果たせなかったかもしれないが、お前さん相手に十分に時間を稼げた。俺の仕事は終わった。撤退する』

 ゴーストはじりじりと後退していった。アテナは動かない。

『じゃあな。ジョニー・デップ。次も戦場で会おう』

 アテナが動かないことを確認すると、ゴーストは背を向けて駆けだした。その姿が見えなくなると、ホレイショは緊張を解いた。

『目標消失しました。レーダーには機影がありません』

 ミネルヴァの声を聴いて、ホレイショも一息ついた。

「理解が速くて助かった。俺たちも、持ち場を離れて長い時間が経過している。宮殿が心配だ。急いで戻ろう」

『了解しました』

 いつの間にか離れてしまったモンペイユの町に向かって、アテナは駆け出した。


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