4 お花見? 宴会? 昭和の運動会?

 裏山を登り、スカイの家に入ると、私は「え?」と言葉を失った。

 スカイの家、囲炉裏の周りに、ケッコーな数のぬいぐるみたちが並んでいる。


 しかもそれ、全部十二支の動物たちのぬいぐるみ!

 間違いない。

 私とロボくんが集めてきたぬいぐるみの倍以上の数があった。


「おぉ、来たか! まぁ、上がってくれ!」


 台所から振り返ったスカイが、私たちに言う。

 彼の前にある、ジュージューと音を立てるフライパンとグツグツと煮える鍋。


 マ、マジか……。

 スカイ、マジで、料理を作ってます……。


「なぁ、ロボ! 春世にお茶でも淹れてやってくれ! オレは今、手が離せない!」


「わかりました」


 ロボくんが、部屋の水屋からお茶のセットを持ってくる。

 囲炉裏にぶら下がったヤカンを取り、お茶っ葉を入れた急須にお湯を注いだ。

 茶葉が開くまで、ロボくんが急須を見つめる。


「あの、ロボくん」


「はい。何でしょう?」


「スカイが、その、料理を作ってます」


「それはそうですよ。さっき言ったじゃないですか」


「いや、たしかに聞いたけど……まさかスカイが、マジで料理を作ってるとか……」


「スカイだって、料理くらいするでしょう」


「ねぇ、大丈夫なの? ロボくんが作った方が良くない?」


「いやいや。あれでスカイは、なかなかおいしいものを作ります。もっとも料理を始めたのは、十日くらい前からですけど」


「不安すぎるよ。なんか、泥ダンゴとか入ってそう……」


「大丈夫ですよ。まぁ、ボクのレシピ通りに作っていればですけど……」


「よし! とりあえず、出来たぞ!」


 台所からスカイの声が聞こえる。

 出来上がったばかりの料理をお弁当箱に詰めはじめた。

 わりと良い匂いが、こちらにただよってくる。


 って言うか、スカイ。

 それ、お弁当箱?

 なんか大きくない?

 って、よく見ると、それはやはり重箱だった。


 お、お正月か!

 おせちか!


 でも――やっぱりこの匂い、おいしそう。

 まさかスカイ、やりきったの?

 ホントに、フツーの、おいしいお弁当を作っちゃったの?


「いやぁ、まいったまいった。ひとまず完成したよ。これでバッチリだ」


 スカイが、白い割烹着を脱ぎながらこちらに歩いてくる。

 なんで割烹着?

 昭和の、オフクロさん?

 どっこらしょと、彼が私たちの前にあぐらをかく。


「ロボ、悪ぃ。オレのお茶も淹れてくれ」


「お疲れさまでした。今日はスカイがお弁当を作ってくれたので、特別に淹れてあげましょう」


「かたじけない」


 おサムライさんか!

 私はスカイにそうツッコミたかった。

 だけど、グッとこらえる。


 だってスカイ、私たちのために、あんな重箱のお弁当なんか作ってくれたんだもん。

 わりと、おいしそうな匂いだし。

 ま、実際に食べてみないとわかんないんだけど。


「ところで春世。腹は空かせてきたのか?」


 お茶をひと口飲み、スカイが偉そうに言う。

 私は、それに肩をすくめた。


「一応、お昼ゴハンは軽めに済ませてきた。アチコチ歩き回ったから、ケッコーお腹も空いてきたよ」


「そっか。今日は一大イベントだからな。お前にも美味いもんをたくさん食ってもらおうと思ったんだ」


「でもスカイ、今日はピクニックなんでしょう?」


「あぁ。オレ、ピクニックなんかするの、初めてなんだよ。めちゃくちゃ楽しいらしいじゃないか、そのピクニックっての」


「そっか。スカイ、初めてなんだ……」


「まぁな。お前も知っての通り、オレは今までここでずっと守り神をしてきたからな。人間の文化なんて、ぜんぜん知らないんだよ」


「じゃあ、そんなスカイに一応教えとくけど――」


「おう。何だ? お前がオレに教えてくれることなんかあんのか?」


「ピクニックの料理って、もっと軽めだよ? サンドイッチとか果物とかオシャレなお茶とか、そういうの。お弁当箱も、わりと小さめ」


「え? そ、そうなの?」


「ま、ゼッタイじゃないけど。そういう軽めのやつが、一般的な感じ?」


「でもピクニックって、みんなで楽しく外でメシを食うことじゃないのか?」


「まぁ、それも間違ってはいないけど――重箱にガチな豪華料理を詰める人は、あんまいないんじゃないかな?」


「マ、マジか……」


「重箱だと、お花見? 宴会? 昭和の運動会? 本気でお腹いっぱいになるやつ?」


「ま、まさか……ピクニックにそんな落とし穴があったとは……」


 スカイが、ガックリと肩を落とす。

 あ、あれ?

 私、なんかあんま良くないこと言った?


「あ! で、でも、私、お花見とかしたことないから、うれしいよ! スカイが作ってくれたお弁当、めちゃくちゃ楽しみ!」


 私が言うと、スカイがパッと明るく顔を上げる。


「そ、そうだろ? 楽しみだろ? いや、オレはさぁ、今日お前らといっしょに、外で弁当食うのを楽しみにしてたんだよ!」


「でもさぁ、スカイ。今日のこの天気、ちょっとヤバいんじゃないかなぁ?」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。


 家の中まで、そんな空の音が聞こえてくる。

 窓辺に歩き、スカイが外を見つめた。


「うん。たしかにこれは、かなりヤバいな。今にも雨が降りそうだ」


「でしょう? だから今日はピクニックを中止にして、家の中でお弁当を食べようよ。ずぶ濡れで食事をとるとか、最悪でしょ?」


「は? 何言ってんだ、お前?」


「はい?」


 私をシカトし、スカイがロボくんに言う。


「ロボ、絶好のピクニック日和だ。天井裏にある、もっと大きな竹カゴを持ってきてくれ。ぬいぐるみたちを移動させる」


「了解です」


 床から立ち上がり、ロボくんが屋根裏部屋までの階段を登っていく。

 彼が持って下りた巨大な竹カゴに、二人がぬいぐるみを入れはじめた。


 あの、すいません。

 あなたたち、一体何を考えてるの?


 この天気だよ?

 雷だよ?

 雨が降るよ?

 ゴロゴロだよ?


 一体、これのどこが絶好のピクニック日和なの?

 こんなの、私たちもお弁当もぬいぐるみたちも、全員ずぶ濡れになるだけじゃん!


 でも私は、しぶしぶ二人の作業を手伝う。

 この人たち、やっぱなんかヘンな人だ。

 なんでこんな天気の悪い日に、一生懸命お弁当を作ったり、ぬいぐるみを一つにまとめたりしてるんだろ?


 イヤだなぁ、私……。

 こんな雨の中、山の中でピクニックをするとか、絶対ずぶ濡れじゃん!

 泥だらけじゃん!


 ねぇ、スカイ。

 ピクニックのあと、お風呂には入れるんでしょうね?

 って言うか、この家、お風呂なんかあるの?


 そこらへんの沼とか川で水浴びだったら、私、マジで許さないからね!

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