8 ごめんね

 昼からの授業中、ロボくんは一生懸命ノートに何かを描いていた。

 チラッと覗いてみる。

 魔法陣だ。

 たぶん、あとで運動場に描く、魔法陣の練習。


 二重丸の中にある、色んなバージョンの文字・絵柄・数字の組み合わせ。

 ロボくんは真剣だった。

 そんなロボくんから視線を離し、私は窓の向こうの運動場を見つめる。


 私は、想像してみた。

 私と山崎さんが、マボロッシーがいる時代の海に取り残された場合のことを。


 スカイは『おそらく数分で死ぬ』と言った。

 たぶん――スカイが言うことは正しいんだろう。


 マボロッシーが泳いでいた大昔のあの海は、きっと深い。

 あんなところに放り出されたら、私たちは当然おぼれる。

 水だって、めちゃくちゃ冷たいはずだ。

 時空の歪みが閉ざされた場合、私と山崎さんは、あの海で死ぬことになる。


 私は怖くなった。

 だけど「やっぱやめようかな……」と思う時、私の頭の中に昨日のマボロッシーの顔が浮かび上がる。


 あの時のマボロッシーは――私の顔を見て、本当にガッカリしていた。

 マボロッシーは、きっと、山崎さんに会いたいのだ。

 そしてそんな2人をつなげることができるのは、私だけ。

 私と、ロボくんだけ。


 すべての授業が終わり、放課後になると――私は帰る準備をしている山崎さんの席に歩いた。

 真剣に、声をかける。


「山崎さん」


「ん? どうしたの、鈴木さん?」


「あのね、私の知り合いに話してみたんだ。つまり、こないだのマボロッシーのことを」


「え? そうなの? ありがとう。で、どうだった? 私、マボロッシーにまた会える?」


「じつはね……私も昨日、マボロッシーに会ったんだ」


「あ、会った? マボロッシーに? い、いたの?」


「うん。いた。運動場が海になって、その中にマボロッシーが浮かんでた」


「げ、元気そうだった?」


「う、うん。元気そうだった。けど……」


「けど?」


「なんだかさみしそうだったよ。たぶん……マボロッシーは、山崎さんに会いたいんだと思う」


「私に……会いたい……」


 そう言うと、山崎さんの目に大粒の涙が浮かんできた。

 どうしたらいいのかわからない私は、思わず彼女の肩に手を置く。


「それでね、山崎さん」


「う、うん……」


「私は……私たちは……あなたをマボロッシーに会わせることができる」


「ホ、ホントに?」


「たぶん。でも……それは本当に危険なことなの。それに、出会えたとしても、あまり時間がない。もしかしたらほんの一瞬かもしれない。おまけに、もし私たちに運がなかったら……私たちは死ぬかもしれない」


「死ぬ?」


「そう。もちろん、死なないようにはする。でも失敗したら死ぬかもしれない。山崎さん、それでもあなたはもう一度、マボロッシーに会いたい?」


 私の言葉に、山崎さんはしばらく下を向いていた。

 だけどすぐに顔を上げる。

 流していた涙をぬぐい、私に向かってほほ笑みを浮かべた。


「それでも――私は、マボロッシーに会いたいよ。マボロッシーは私がさみしい時にいつもいっしょにいてくれたんだ。さよならぐらい言わないと、私、めちゃくちゃイヤな子になっちゃう」


 そう笑顔を向けてくる山崎さんに、私はうなづく。

 彼女の気持ちは確認した。

 私は彼女といっしょに、教室を出ていく。


 その時、後ろからの視線を感じ、私は振り向く。

 スカイが、ジーッとこちらを見つめていた。


 スカイ、ごめんね。

 あなたが私のことを心配してくれてるのは、よくわかってる。


 でも、悪いけど、私――どうしても山崎さんとマボロッシーを会わせてあげたいんだ。

 せっかく私を心配してくれてるのに、本当にごめん。


 じゃあ、行ってくるよ……。

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