9 少しの間だけ

 放課後の校庭に、私たちは歩いていく。

 運動場には、誰もいなかった。


 私、ロボくん、山崎さん。

 山崎さんは、ロボくんがいることにちょっと戸惑っている。


「鈴木さんが言ってた、こういうのにくわしい人って、ロボくんだったの?」


「はい。ボクですよ」


「ロボくんって、いつもボーッとしてて不思議な感じだったけど……まさか本当に、不思議なことにくわしかったなんて……」


「すいません、山崎佳穂さん。もうあまり時間が残されていません。この円の中に入っていただけますか?」


 運動場のブランコ。

 その前の地面に、ロボくんがいつの間にか魔法陣を描いていた。

 昨日より、もっともっと複雑な模様の魔法陣。

 まず私が中に入り、山崎さんの手を取った。


「山崎さん、こっちへ」


 私に手を引かれて、山崎さんが魔法陣の中に入ってくる。

 だけど……魔法陣は、昨日とは様子が違った。

 運動場の地面が、海にならない。

 もちろん、マボロッシーの姿も見えない。


 今度はロボくんが魔法陣に入ってきて、円の中の文字を色々と書き換えはじめる。

 ロボくんの表情も、なんだか必死な感じだった。


「やはり……この空間の歪みは、まもなく閉じられようとしています。時間は本当にもう残り少ないです。かなり危険な状態と言えます」


「じゃあ、もう見れないの? マボロッシーを?」


「いえ。大丈夫ですよ、鈴木春世さん。ボクがなんとか2つの世界をつなげます」


 そう言いながら、ロボくんが地面の上に指先をすべらす。

 魔法陣の文字や記号が、ものすごいスピードで書き換えられていった。


 すごい……。

 素早くて、ロボくんの指がぜんぜん見えない。

 ロボくん、めちゃくちゃ本気だ。


「そろそろ来ます。少しの間だけ、2つの時代の空間がつながります」


 ロボくんがそう言った直後――運動場の地面が一瞬グラリと大きく揺れた。

 私と山崎さんはお互いの体を支え合い、何とかバランスを保つ。

 すごく強い揺れだった。


「だ、大丈夫? 山崎さん」


 私は、山崎さんにそう声をかけた。

 だけど山崎さんは、返事をしなかった。

 運動場の向こうに広がっている風景を、信じられないような表情で見つめている。


「マ、マボロッシー……」


 いつの間にか――運動場が、海になっていた。

 波打つ海面の向こうに、昨日と同じボンヤリとした巨大な首長竜の影が見える。

 その首長竜は、少し離れた場所で、ボーッと空を見上げていた。

 あれは……マボロッシー……。


「マボロッシー!」


 思わず山崎さんが大声を張り上げる。

 すると、遠くにいる首長竜がハッと首の向きを変えた。

 私たちの姿を発見し、スーッとこちらに泳いでくるのが見える。


 マボロッシーの動きは、昨日とはまったく違う。

 確実に、山崎さんの姿を確認したようなスピードだった。


 私の見間違いかもしれないけど、私たちの前で止まったマボロッシーは、少しだけ笑っているような気がした。


「マボロッシー……」


 山崎さんが、涙を流しながらマボロッシーを見上げている。

 私と、ロボくんは、彼女と首長竜のそんな姿を見守っていた。

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