7 さみしいですか?

 翌日の昼休み――私は学校の図書室にいた。

 魔法陣の描き方を勉強するためだ。


 図書室の中は、静まり返っていた。

 人がいないわけじゃない。

 みんな静かに本を読んでいる。


 まったく慣れない場所で、私は魔法陣の描き方が載っている本を探す。

 だけどどこに何があるのか、ぜんぜんわからない。

 でもようやく、隅っこの本棚に「魔術大百科」という本を見つけた。


 これかな?

 こういうのに、載っているのかな?

 私はその本を手に取り、受付で借りた。


「魔術の説明は書いてあるけど、やり方はどこにも書いてないな……」


 運動場の例のブランコでページをめくり、私は途方に暮れていた。

 ダメだ……やっぱコレ、子ども用だ……。

 いや、もちろん、私も子どもなんだけど……。

 私が読みたかったのは、こういう説明じゃなくて、描き方なんだよ……。


 ため息をつきながら、私はブランコから運動場を見つめる。

 昨日、マボロッシーの顔があった、空中を見上げた。

 今、そこには、乾いた風がピューピューと吹く、空しか見えない。


 時間が……ない……。

 スカイは、もうすぐあの空間の歪みは閉じられると言った。


 山崎さんが転校するのは、来週だ。

 どう考えたって、本当に、時間がない……。


「何をされてるんですか、鈴木春世さん?」


 その声に振り返ると、そこには無表情のイケメンが立っていた。

 いつも通りに、彼が私のとなりに座ってくる。


「ロボくん……」


「とても興味深い本をお持ちですね。魔術の研究ですか?」


「研究……研究っていうか……」


「ひょっとして鈴木春世さんは、魔法陣を描こうとしていらっしゃる?」


「……バレバレだね。そう。私は魔法陣を描けるようになりたい。ロボくんみたいに」


「それは――山崎佳穂さんのためですか?」


「うん……そう……」


「でも……冷たいことを言うようですが……鈴木春世さんには、魔法陣は描けないかもしれません」


「な、なんで?」


「魔法陣は、本を一冊読んだくらいでは絶対に描けないものだからです。多くの勉強と、練習が必要になります。昨日サッカーを始めた人が、今日エースストライカーにはなれないでしょう?」


「そう……だよね……」


「でもボクには、鈴木春世さんの気持ちがよくわかります。ボクも昨日、マボロッシーの顔を見ました。マボロッシーは、ちょっとガッカリしてましたよね」


「うん……」


「きっと鈴木春世さんを山崎佳穂さんと勘違いしたんでしょう。だからこっちに寄ってきた。おそらくマボロッシーも山崎さんに会いたがってる」


「やっぱり、ロボくんもそう思う?」


「はい。これはボクの推測ですけど……マボロッシーは向こうの世界で、仲間がいなくて1人ぽっちなんじゃないでしょうか?」


「え?」


「つまり、あの頃の山崎佳穂さんと同じですよ。友だちがいなくて、さみしいから、海でボーッとしてた。そしたら山崎佳穂さんと出会えた。その時マボロッシーは『仲間に出会えた!』と思ったんじゃないでしょうか」


「……」


「山崎佳穂さんとマボロッシー。この2つのさみしい心が引き合って、この運動場に空間の歪みを生み出した。それが真実かもしれません。だから山崎佳穂さんに友だちができてから、時空の歪みが閉じはじめた……」


「もしそうだったとしたら……なんでそうなるの? そんなの、おかしいよ。山崎さんとマボロッシーが離れ離れになったら、逆にまたさみしさが増えるだけじゃん……」


「そうですね。でも人間って、基本的にさみしいものじゃないですか。みんな、さみしいんです。だから気が合う人を見つけて、手をつなぎ、相手を頼っていく」


「……」


「鈴木春世さんは、さみしいですか?」


「そう言われてみれば、さみしいかもしれない。一人でいると、なんだか心細いし……」


「奇遇ですね。じつはボクもさみしいんですよ。一人はイヤです」


「え? ロボくんも?」


「はい。ボクも、いつだってさみしいです。みんな同じですよ」


 そうほほ笑むと、ロボくんが私に手を差し出してきた。


「だから――困ったことがあったら、手を取り合いませんか? 頼ってくださいよ、鈴木春世さん。さみしい者同士、助け合っていきましょう」


「ロボくん……」


 私はロボくんの手を取る。

 やわらかい握手をすると、ロボくんはブランコから立ち上がり、昨日マボロッシーがいた方向を見上げた。


「時間がありません。一刻も早く、山崎佳穂さんとマボロッシーを会わせてあげなければならない。今日の放課後、山崎佳穂さんをここに呼び出してください。ボクはこれから準備に入ります」


 ロボくんが、いつになく真剣な目でそう言った。

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